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「幸村」

「…」

彼女の火葬が明日に迫った今、幸村は、何も、話さない。
何も、聞かない。
あれほど熱中していたテニスなんて今はもう思い出しもしない。
ただすることは、最愛の彼女が眠る棺を抱きしめ、彼女の頬を撫で、涙を流す事だけ。

彼女がなくなった日には、赤也に見たこともない憎悪を向け…それを俺が殴って止めてから、こいつのなかで赤也は『いない』ものとされているよう。
だから、たまに廊下から卯月を見つめる赤也を視界に入れることはない。

本当にかわってしまった。

それでも、
もう『憎悪』を向けようとしないのは、許せないから。人間にとって一番恐れる事は自分が消される事だから。
誰もがそう思い、表面上本当にそうなのだとしても、どうしても俺は信じたかった。

『赤也が大切だから、憎しみを向けたくない』

いつもの幸村らしく、そんな事を内に秘めていることを…。



卯月が亡くなってから明日で一週間。
幸村経由で知り合っていたテニス部員はもうほとんど訪れないようになっていた。
それは、『終わった事』としているわけでは決してなく、皆、苦しいから。

もう、目を開けることも笑う事もない彼女を…
俺たちがずっと心から信頼を置いている部長の変わり果てた姿を、見ることが。

俺たちにとって、この二人は本当に大切な存在で。
そりゃ、けんかだなんだって振り回されたり、部活中にいちゃつきだしたり、目に毒ってほどいつもいつもハートを飛ばしてきたり…
うざがったりして見せていたけれど、それは本当に大切だと思っていたからこその反応。
本当に、毎日幸せな二人を見るのが俺たちにとって当たり前で、『幸せ』で、『安心』だった。
微笑ましくいつも…思っていた。

だからこそ、今、皆が辛い。

せめて、支えたかった。
また、立ち上がって欲しかった。

けれども、俺たちなんかじゃ役不足で。
もう、どうすればいいか分からなかった。

『待つ』なんて言葉は、一番危険だと思った。
今の幸村を見る限り、ただ待つだけじゃどうなるか分からない…

ただ1人、俺たちよりもこの二人に近い存在も、それどころではなかった。
寧ろあっちの方がケアが、支えが、必要なのかもしれないという状況…。

本当に、もうどうすればいいのか分からなかった。

もう、二度と戻らなくなってしまった、日常。



それは
今思うと、幸せすぎる夢だった…。





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