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慈郎編10



「氷帝に盗聴器仕掛けといて正解だったな」
そういって、じりじりと僕らに近づいてくるその人たち

なんで…?

意味が分かってないのに、僕はその人たちから距離を起きたくて後ずさる。
後ろではなぜか、悔しそうに唇を噛み締めてる彼女。

「でも、どっちだ?
featherの子供ってのはよ」

「確か男も女もいたよな…。
まぁ、でも両方連れていっちまえばいいさ」
その言葉に、やっと僕は理解する。

そっか、
彼女があんなに拒んでた理由…

どうし、よう
どうしよう…っ

僕のせいだ



…っ守らなくちゃ



僕は、恐怖に染められた瞳を、きつくしてそいつらをにらみつける
「僕が」
「私よ。featherの時期代表の一人娘。
名前は卯月海里。公表はされてないけれど、調べれば出るわ。」
僕が言いかけた瞬間に、彼女は僕の腕を振り払って前へでた。
その瞳は、あの、『princess』のもので…大人たちも恐怖を感じたようにビクッと肩を跳ねらせた。

そして、
「わっ」
思いっきり、僕を後ろへ突き飛ばす
一瞬何が起きたのか分からなくて。僕は不安な瞳を彼女へ向けた。
でも、帰ってきたのは僕の知ってる彼女じゃない、『princess』の瞳。

「この子に無理やり外に連れ出されたの
貴方たちの仲間?」
そう、大人たちに語りかける彼女
それに戸惑いながらも、固まった表情をだんだんと笑みへと変える大人たち

「へぇ、よくやってくれたじゃん君」

僕は固まったまま、動けない
『無理やり』
その言葉は確かに真実で。
でも、僕はこんな事を望んでたんじゃない。違う僕は…!

彼女に言葉をかけたいのに、僕の口からは何も出てくれない。
ただただあふれるのは、大粒の涙だけ

「まぁ、でも…?
こいつも連れて行って損はないでしょ。
氷帝に通ってるって事はそれなりに、なぁ?」
そういって、1人が僕に近づいてくる。

怖くて。
でも、それ以上に彼女に嫌われたのが、誤解されたのが、…あの笑顔にもうあえないのだと思うと悲しくて仕方がなかった。

そのとき、

「チッ」

「ぐあっ」
彼女が僕の前に立ちふさがって、その男を思いっきり蹴り上げる光景が目の前いっぱいに広がった。

「逃げて」
はじめて見る、真剣な、思わずかっこいいと思ってしまう彼女はそう、低く僕に告げた。

「え、で、でも」
「いいから!大人の足じゃ追いつかれるから、今のうちに!はやく!」
僕の言葉にかぶせて彼女はそう伝える。
ここにいても、僕は足で纏いになる。
でも、…でも、彼女をおいていくなんて、
僕のせいなのに…っ

「お願いだから!私、そんなに強く…」
言いかける彼女の前に、五人の大人が怒りをあらわにして近づいてくる。

どうし、よう
どうしよう

自分の無力さをこれほどに恨んだことはなかった。

「っ」
僕は一回唇をかんで、自分を現実に引き止める。
そして、息を大きく吸った。

さっき、名前は公表してないって、言ってた。
だから、きっと顔もしてないはず。

もしかしたらもっと立ちの悪い人が来るかもしれない。
でも、一か八か…!

「たすけてくださあああああい!!」

思いっきり、初めて出すほどの声。
それは思いっきりそこにこだまして。
学校からそう離れていないここなら、きっと警備員さんにも聞こえるはず。

僕の声に、驚いて目をつぶった大人たちを瞬時に見て、僕は彼女の手を引いた。
でも、すぐに大人たちは追いかけてきて…

「あぶなっ…
…い…っ」

え…

僕が殴られそうになったのをすぐに気づいて、彼女が僕の目の前に倒れた。

なんで、
なんで?
僕のせいでこうなったんだよ?
なのに、なんで、僕なんか…っ

ぐったり、とした彼女

今、この人思いっきりグーで殴った。
僕ら子供に、ましてや女の子に取ったら…っ

だんだんと、僕の顔から血の気が引いてきた

やだ、
やだよ

そんな、だって…っ

そんな僕の手を、かすかな力で彼女は振り解いた

意識が…!

そう、明るくなったのは一瞬だけ。
彼女はかすれる声で、『逃げて、』と僕に告げて、瞳をうつろにしていく

「や、だ。やだよ!ごめ、なさ…っごめっ」

一回押し込めたはずの涙がぼろぼろと頬を零れていく
もう、どうしたらいいかわかんないよ

「ふ、え」

ペタン、とついたひざ
目の前に大人たちがいる。
目の前に、笑ってくれない、大切だと思った女の子が、倒れている。

僕は、ギュッと彼女を抱きしめて、ただただどうしたらいいか分からずに涙を流した。


そのとき


「うちのお嬢に何してくれてんだああ」

目の前を、深緑色の髪が駆け抜けた。
一瞬驚いて、彼女を抱きしめたまま僕はその姿を追う

僕らより少し上くらいの背格好の少年
でも、大人五人を相手してもまったく負けてなかった。
ううん、負けてないなんてものじゃあない。
どっちが大人か分からなくなるほどに、強かった。

そして、あっという間に彼はそいつらを地に転がして、携帯を取り出した。

「もしもし、優斗です。
校門の裏門から少し行った路地です。…はい。
記憶にないやつらですので、身代金目的の輩かと。はい。
それと、至急車をまわしてください。それから倉野先生をお嬢様の部屋へ。
はい。えぇ、お任せください。…では、お待ちしております。」

それから少しだけ言葉を発すると、その人は携帯をしまって、瞬時に僕の目の前に膝をついた。

「触るな。頭を強く揺らしたはずだ」
その言葉に、僕は手を広げて、彼女をその人へ託す。
この人がいい人なのかは分からないけれど、今僕には彼女をどうにかするすべがない。
だからこの人に頼るしか選択肢がなかった。
それに、
さっきこの人は彼女のことを『お嬢様』って呼んでいたから…きっと、大丈夫。

「お嬢、お嬢!意識あるか!」
少年がそう呼びかけると、彼女はうっすらと瞳を開く。
そして、震えた手をその人の頬へ持っていった

「遅、い」

「お嬢!」
辛いのに、その人を目にしたとたん優しく笑った彼女。

「来てくれるの、知って、た」

「たりまえだろ。
…遅くなって、ごめん、な」
その彼の言葉の最後にまた微笑むと、彼女はまた長いまつげを伏せた…

「みっ」
思わず近づく僕に、少年は手を出して近づくな、と合図をする。

「骨は平気だから多分中度程の脳震盪。
それと顔左面の腫れ。倒れたときの肩の打撲。」
その人は内ポケットから冷却材を出すと、それを叩いて彼女の打った部分に当てていく

「お前は今のうちに学校に帰れ」

冷たく向けられる言葉に一瞬息を呑みつつも、僕は身を乗り出して背を向けたその人に言葉を発する
「やだ!だって僕の…」
「ゴタゴタ言ってないで帰れって言ってんだよ!!
後で傷つくのはこいつなんだ。
こいつの事を大切に思うんだったらお前は裏庭で昼寝してたみたいに周りに顔を出しとけ。」
一瞬向けられた目
それに僕は唇を噛み締める。

「本当に?
本当に、それがこの子のためになるの?」
涙をこらえる僕に、そいつは冷たい言葉を少しだけ軽くした。

「あぁ。
絶対にこの事を他言するな。」

「君を信用してもいいんだよね!?
海里ちゃんの知り合いなんだよね?!」

「そうだよ。
俺はこいつにとって世界で一番大切な人間で、俺にとってもこいつは世界で一番大切な人間だ」

それを聞いて、小さく安堵を見せると、
僕は学校に向かって駆け出した。


『世界で一番』

すごく気になったけれど、僕はそれをあの少年の勝手な妄想だって自分に言い聞かせて、その場は考えないようにした。

…本当は、あの朦朧としていた意識の中に見せた彼女の微笑みで分かっていたから…
僕はそうやって自分に呪文を唱えたんだ…





「うぬぼれてんじゃ、ないわよ」

「本当のこと、だろう」
聞き取るのがやっとの声に、俺はそう涙をこらえながら言い返した。




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あきゅろす。
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