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はじまり

「…あつ、」

お風呂上がり、そう呟いてクーラーのリモコンに手をかける。
すると、ふと…窓の外に見慣れた人物を見かけ…私はスイッチを押さずに部屋を出た。




「っ、」
走ることはさすがに無理で…
だから頭を使って寮の門へと早周りをする。

「白石君!」

そう、少し大きめに呼び止める。
そして、それを聞いてその人物は驚いたように振り返った。

「海里ちゃん、」
小さく言うと、白石君は私の方へゆっくりと近づいてくる。
あたりは暗くて、彼の表情は見えない。

「これから帰るの?」

「せや。
って、海里ちゃん髪まだぬれとるやん」
言いながら私の肩にかかるタオルに手を伸ばす白石君
それを私は「大丈夫」と、笑顔で制す。

「それより、
…よろしく、ね」
言いながら、自然と眉端が下がった。

「…。
あぁ、まかせとき」
白石君がそう言ったとき
丁度通った車のライトで彼の顔が照らされた。

その表情は…


え…?

何故か、切なく見えた。


「白石く…」

「ほな、俺行くわ
はよ室内入って風邪ひかんようにな」
そう言って白石君は私の肩にあるタオルをとり、軽く頭を拭いてくれた。
声色から、きっと表情はいつも通りに戻ってる
でも、

さっきの表情、は…

そう疑問に思っている間に白石君は「ほな」と言って
最後に私の頭をなでると門から足を進めて言ってしまった。

なぜ、だろう。
あの表情が、妙に頭に残っていた。



部屋へ帰ると、ブン太はまだいなかった。

「……」
机の上にあった合宿のしおりを手に取り、一度白石君のことから頭を切り替える。

私は、マネージャーとしてここにきたのだから。
そう、自分に言い聞かせて。

昨日の試合で、みんなそれぞれ自分の課題ができたはず。
そして、今日の練習でそれを集中的に改善できるようにした。
残るは、後二日…

最終日はできるだけみんなに羽を伸ばしてほしい…から、両校ミックスで紅白戦をやるとして
明日は…うーん

なんて、メニューについて考えていると……

「なーに難しい顔してるんだよぃ」
トンと、眉間をブン太に小突かれた。
そして、机をはさんで私の目の前に腰を下ろし、机にひとつの缶が置かれる。
ふと、視線をブン太に戻せばもう片方の手には飲みかけのペットボトルが握られていた。

「ほい、お土産」
一度置かれた缶を差し出すブン太に、少し驚いてから
「ありがとう」
私は笑顔でそれを受け取る。

ブン太が「飲み物を買いに行ってくる」といって出て行ったのは覚えていたが、まさか自分の分まで買ってきてもらえると思っていなかったので、なんだか喜びを感じてしまう。
そして、その飲み物の種類を見て、さらに喜んでしまう自分がいた。

「なにニヤついてるんだよぃ」

「いや、あたしの好みよくわかってるなって」
不思議そうに聞くブン太に私は缶を開けながら答えた。

その飲み物は、よく私が飲んでいるものでこの頃マイブームの品。
普段何気なくみんなでコンビニによったり、自販機で買ったり…そん中でもなんとなくは私はみんなの好みがわかっていて…
それを、みんなも…ブン太も知っていてくれていることがすごくうれしかった。

そんな私の言葉を聞いて、ブン太は一瞬頬を赤らめてからそっぽに視線を移す。
でもすぐ話題をそらそうとしたのか、私の手元にあるノートに目を向けた。

「メニュー?」

「うん」

「え、でも合宿の栞に明日のも明後日のも、もう書かれてたぜぃ?」

「うん。…でも、なんていうか…
やっぱり、できる限りはみんなの身につく…よりよいものにしたいじゃない?」
そう、困ったように片眉をたらして笑うと、ブン太は優しく笑った。

「そっか。
ありがとな」
そうまたさらに優しさをこめて笑うブン太に、私も微笑む。

部屋を纏うは、ほんわかとした優しい雰囲気。
どこか、和むものがあった。

やっぱり、同室がブン太で良かったな。

なんて、心の中で呟いてみる。

「そういえばさ、ダブルス初戦の最後のゲームで決めてたボレーすげえかっこいいな。決める時までペアを信じて待って……ってプレイスタイル、目、奪われた。」
きらきらとしていた目は一転し、ブン他はとても真剣に
つぶやいた。

「ああゆうのって、どうやればできるようになんの」
まっすぐとみられ、私も真剣に答えねばと思った。

多分この質問はこれからのブン太を大きく左右する。
しかし、伝える言葉が、難しい。
ありふれた言葉しか浮かばない自分が嫌だ。しかし、今はそれを素直に伝えなくてはと思った。

「集中、かな」
私の言葉を、ブン太も復唱する。
その真剣さに応えられるように、前衛をしている時の自分を思い浮かべた。

「初めてつくるシュークリームみたいな。
どれくらい火を通せばいいのかな。って不安になりながらも成功しろって唱えながらオーブンを覗き込むじゃない?」
言いながら『今の私みたいに』と内心でつぶやいた。
伝われ、伝われ、と思いながら一生懸命言葉を探してる、今の私。
あとどう伝えたら、伝わるだろう。私はどうやっていた?

どう、教わった……?

「あと、瞬時に見極める洞察力とか。
過ぎ去る電車の中にいる人の表情をみるようにすると良いって言われたな」

そこまで言って、一度口を閉じた。
そしてすぐに、ブン太に「これは私の意見だけど」と前置きをして、話し始める。

「ブン太は向いていると思うよ。
結局は体力も必要だけど、体力で技術をカバーするよりも、技術でカバーするこのスタイルの方が」

優しく自分の意見を述べると、ブン太は「どうして?」と尋ねてきた。
それに私は少し微笑みながら答える。

「だって、ブン太はお菓子作りするでしょう?
お菓子ってひとつ失敗すると全てがぱぁじゃない。
特に、最後の飾りつけとか。おいしいものができても、見た目が悪かったらがっかりするでしょう?
ひとつひとつのことを大切に丁寧に集中してできるブン太はこうゆうスタイル向いていると思う」

素直な意見だった。でも、この言葉だけで、ブン太の中の意見や選択肢を狭めたくなかったから、最後にもう一度だけ、「まぁ、私個人の意見だけどね」と、付け足した。

私の言葉を聞いて、ブン太は「そっか」と何かを考えているようだった。
その姿を見て、ほっとする。

余計な心配をする必要はなかったみたいだ。




ブン太が自分にあった選択をしてくれますようにTLDR



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あきゅろす。
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