秘密 「ねぇ、『feather』って知ってる?」 「!多分知らない人はいないと思うよ?」 そう『feather』は世界的に有名な財閥で、世界では権力と財力で1位、2位を争うといわれる財閥である。 「そう…かな? それじゃぁ、それがグループ名であって、本来は卯月財閥であるって事は…?」 「うん、知ってる。 結構有名だよね」 「じゃぁ…その会社の当主…代表は…?」 「確か卯月作哉ってゆうおじいさんだった…かな?」 「そう。よく知ってるね。 それでね、その人……私の祖父なの」 「………え!?」 幸村君は息を呑むように、なんとかそう言葉を搾り出して、思わずといったように急に足を止めた。 私はそれに振り返って彼の表情を伺う。 すると、目を限界まで大きく見開いた…言葉を失ってしまうほどに驚いている彼がそこにいた。 そりゃ、そう…だよね。 「やっぱ、、驚く…よね」 「! うん。 …確かに驚いたけど、大丈夫。 ごめん、だからそんな不安な顔、しないで?」 そう言う彼に、思わず、眉を寄せつつも笑顔を見せることができた。 そしてお互いに、もう大丈夫だと確認するとまた足を一歩ずつ前へと出していく。 そもそも私が『一般』の人間になって人にこの事を話したのは初めてだけれども、今までそんな風に言ってもらえたことは氷帝のみんなを除いてなかった事だし、なにより、自分自身の反応に対して見て取れるほど後悔していて…私なんかより何倍も不安そうな表情をしている彼に、知り合ってまだ日も浅い上に、完全に信用できる人間だと言いきれるほどにお互いを知っているわけでもないのに、私だけのことでは済まされないほどのトップシークレットを言ってしまおうとしている事を、言葉には出来ないけれど…理解できた気がした。 「ありがとう…。 『feather』についてそこまで知ってたら次期代表も分かるよね?」 「孫娘…海里ってことかな?」 「うん。 …変だと思わない?」 多分一般の人からしたら、多分、それほど変でもないのだと思う。 …だって、お兄ちゃんの公式な継承宣言はされる前の事、だっただから…。 それを理解したうえで口にするあたり、私がどれほど彼を見込んでいるのかが分かってしまう。 「変…何で息子や娘を通り越して孫娘なのか…ってことかな?」 そして、それにいとも簡単に答えてくれる彼がどうしようもなく嬉しかった。 「うん。 実はねそれ、お母さんとお兄ちゃんは私を置いてどこか行っちゃったからなの」 なんで、こんなに簡単に言葉が出てくるのだろう…。 自分が一番不思議だった。 『もしかしたら』自分の家を、大切な人間を危うくしてしまうのかもしれないのに…。 「…え」 先ほどとは違う、トーンの下がったその言葉に、私はただ苦笑いをする。 そんな私に彼は困ったように一度視線をさらしてから、今度はちゃんと私の目をまっすぐみて伺うように声を発した。 「…聞いて良い?お父さんは…?」 予想していた言葉だったのに、なぜか瞼の裏を、辛い過去がフラッシュバックする。 でも、それを押し込めて私は小さく笑顔を見せた。 「…死んじゃった。」 もう、けじめはちゃんとつけたつもりだから、涙をこぼさない事くらい出来る。 ただ…少しだけ胸が痛くなった。 そんな私に、彼はなんとも言えない表情をする。 それを見て、こんなことを話してかわいそうなことをしたな…と、内心眉を寄せた。 「そんな顔しないでよ。 もうずいぶん前のことだから」 そう、出来る限り優しく言って。 私は一度目を閉じると、視線を幸村君から目の前の、少しずつ流れていく道へ向けて、口を改めて開いた。 「お父さんには、弟が1人いたんだけどね、その人も二人と一緒で、お父さんが亡くなってから数日たったある日に、どこかへ消えちゃったの。」 隣で幸村君は視線を私に向けたまま黙って話を聞いてくれる。 そんな彼の視線を受けて、 そういえば…家の事については氷帝の子たちは知っていたけど…このことについてはちゃんと自分から言うの、はじめてかも。 なんて、少し遠くで思った。 「いなくなった日にちが違かったから、お母さんとお兄ちゃんとおじさん…父さんの弟は別の場所に行っちゃったんだと思う」 “もう我慢できない…こんな家” “お母さん…待って!置いていかないで!” “さわらないで!あんたなんて産まなきゃ良かった!!” 「お父さんとお母さんは、同じ車に乗っていて交通事故にあったの。それでその時お父さんはとっさにお母さんを抱きしめたんだって。 だから…お母さんはほとんど怪我がなかった。 それは、お母さんを好きな私たちにとったら不幸中の幸いだったけれど、お父さんを溺愛していたお祖母ちゃんにとっては…」 “なんで…なんで…庇ったりしたの…あなたじゃなくてあの女が死ねば良かったのに!!” 「許せない事だった。」 嫌な光景を思い出し、私は思わずきつく瞳を閉じる。 するとそんな私に、幸村君が肩が触れるくらい近寄って歩いてくれる。 それがなぜかどうしようもなく温かく感じてしまって、涙が押し寄せそうだった。 でも、それを押し込めて、私はまた口を開く。 「お祖母ちゃんはお父さんが亡くなったって事だけでも、知らない人のように狂ってしまっていたものだから…それが更に狂わせてしまったの。 元々、お祖母ちゃんとお母さんはそんなに仲が悪かったわけじゃなかったんだけど、お祖母ちゃんがそうなってしまったものだからどんどん家庭は崩壊していった…。 そして、日がたつにつれ、おばあちゃんがやることがエスカレートしていって、『貴方が死ぬべきだった』って、毎日、毎日、母さんに言って、仏前でも『あの女さえかわりに死んでいれば』って…。 今まで家の中は優しさであふれていて、お祖母ちゃんもいつも優しかったの。 だからその豹変ぶりには、家の人間全員が驚きを隠せなかったんだけど…どれほどお祖母ちゃんがお父さんを大事にしていたかを知っているから、誰も何もいえなかった…。」 それに、よその血の嫁なんかより、featherの血を元々継いでいるうえ、取り締まり代表役として一族だけではなく世界に近い人間を纏め上げているお祖母ちゃんのほうが、つくに有利で、権力もあるものだから、お母さんを味方しようとする人なんて…ほんの人つまみだった。 そう、鮮明にその時の家の様子が思い出されていく。 それにしても…過去の話だというのに、過ぎてしまった事だというのに…思い出すと、まだこんなに胸が、痛むものなんだ、ね。 表情が意識せずとも眉がよせられた、苦しいものになってしまう。 「お祖母ちゃんはね、何でも良いからお母さんを追い詰めたかったの。本当に、…何でも良いから攻撃したかったんだ…。 でも、お兄ちゃんは勉強でも何でも完璧にこなしちゃう人だったから否の打ちようが無いし、時期跡継ぎとしておばあちゃんも可愛がっていたから、豹変してしまって冷たく酷くなってしまっても、そんなには攻撃の対象にはしなかった。 …だから私が勉強をしないでテニスばかりしてるのを見て、対象にされてしまった。 私自身は周りがいっぱい守ってくれたからその時はそんなでもなかったんだけど、お母さんは、私の事で色々と言われていたみたいなの。 それで…お母さんは、なんとかまず私にテニスをやめさせようとして、 私を、階段から突き落とした。」 隣で思わず幸村君が息を呑むのが分かった。 それでも、私はそのまま続ける。 「その時の私は、テニス一筋で、大会とかでも結構名前を収めてきていて…テニスが出来なくなる事なんて想像ですらしたくなかった。 だから、階段から落とされるだなんて…怪我をさせられるだなんて、憎んでしまう行為…だったはずなんだけど…その瞬間のお母さんの顔を、私は見てしまって…お母さんを憎めなかった。」 その時の彼女が、今も鮮明に、思い出せてしまう。 申し訳なさそうに涙をボロボロと流していて…見ているこっちが苦しくなるような…あの表情が。 あの時、お母さんは支えがなくちゃ立ってすらいられなかった。 それほどまでに追い込まれて、心を壊されていた…。 なのに…私は…。 「そうしてお母さんは、足、または腕を故障させてテニスをやめさせようとしたみたい。 だけど…その時お母さんの顔を見ていたら嫌ってほど気持ちが伝わってきたのに…私は何があってもテニスをやめなかった。 母親の幸せより…自分の気持ちを優先させたの。」 自嘲気味に笑って、私は幸村君の方へ一度視線を戻した。 「そしたらお母さんは“あんたなんか産まなきゃ良かった”って言っていなくなっちゃった」 こんな話をしながら笑ってしまうのは…自己防衛、なのかな…? それとも、やっぱり私が冷たい人間ってだけなのかな…。 「お兄ちゃんはずっと私を支えてくれていて、お母さんがいなくなった日、自分を責め続ける私をずっと、抱きしめてくれてた。 でも…数日して、お兄ちゃんまでも姿を消してしまったの。」 いなくなる前日も、いつもと変わらぬように、あの家庭で唯一、私を可愛がってくれた…。 大好きで、大好きで、大切な存在だった。 だから、目が覚めて家がばたついている理由を耳にしたとき…涙を流す事すら出来ずに…目の前が真っ暗になった。 「お兄ちゃんのいなくなってしまった理由の方は、未だに分からないんだ。 考えられる事としたら、みんなに大切にされて、歓迎されていたから、それがプレッシャーだったのか、またはあの家に愛想を尽かしてしまったのか…。 変わってしまった家庭の中、私は邪魔者扱いだったけど、お兄ちゃんは私の味方でいてくれたの。 だからこそ、私はおにいちゃんがいる間、そこまで攻撃を受ける事がなかった。」 「2人がいなくなってから私はただ1人、おばあちゃんの標的になった。 行動も制限されて、毎日、毎日…心が壊わされていくのが分かったよ。 使用人のみんなも私を手のひらを返したように、いないものとして扱ってきた。 正直、それが一番答えたかも」 なんて、苦くも笑えるあたり、あの日から月日がたっていることが分かる。 いや、あの生活は、まだ私にとったらよかったのか…。 アイツが…いたんだから…。 アイツがいれば、 “あなたこそ出て行けば良かったのよ” “陸斗はあんなに優秀だったのに” “なぜあなたがここにいるのよ” あんな言葉、どうってこと、なかった、もの。 「それから…お兄ちゃんがいなくなって数日してから、私は今まで生活していた本邸へ入れてもらえなくなったの。」 “あなたなんて必要ない” “ここのみんなはあなたなんて歓迎していないのですから” “顔だって見たくないわ” “次期代表だって表面だけです” 数々浮かぶ、言葉たち。 でも、それが本当に攻撃力をもったのは、この頃からだ。 …この時が、何より、…辛かった。 思わず涙が、浮かぶ。 でもこぼすまいと、自分に『泣くな』と言い聞かせた。 そして、また瞳をきつく閉ざすと、瞼に『あの』嫌な光景が蘇る。 世界が、終わりだと…世界なんか滅びてしまえば良いと叫べてしまうほど、『あの』事は、私にとって最大に恐怖を、怒りを感じるものだった。 「もちろん庇ってくれる人はいたよ。 でもその人はアメリカの会社に連れて行かれちゃった」 声が、心なしか、震えた気がした。 簡単に終わらせたのは、家が見えてきた事と、このことについては、まだ深く話す気にはなれなかったから。 多分、後者の方が、強い…。 というか、この事については、本当の意味で近い人間以外に話すつもりは…なかった。 「まぁ…そんなところかな」 暗い雰囲気を消し去ろうと、私はわざと明るくそう話を終わらせて見せるけれど、自分で分かるほどに手が、震えていた。 そんな自分が情けない、と嫌になっているとふいにその手が温かくなった。 思わず顔を上げると、幸村君は真剣に、でも安心させようとした表情を浮かべていた。 そんな彼の表情に、優しくきつく手を握ってくれる彼の手に、私の涙腺は徐々に緩んでいく。 (どうし、よう。 私の、選択は間違っていなかったのかもしれない。 彼は…信用して良い、人…だ) 確信にもにた、感情。 否、彼を信用したいと、思った。 近くに、いて欲しいと…思った。 思わず立ち込める涙を絶えていると、彼は真剣な、でも伺うような口調で口を開いた。 「もう1つ聞いて良いかい? …その、お兄さん達を探す方法はなかったの?」 その言葉に、私はまた笑って答えるのだけれど、その笑顔は、今までほど辛いものではなかった。 なぜ、こんな表情になったかなんて、自分が一番分からない。 …でも、彼の嫌でも伝わってくる優しさが、嬉しくて仕方がなかったのだ。 「あったよ。でもお祖父ちゃんが“一度出て行った者を探す必要はない”って」 そう告げると、彼は、眉を垂らして、なぜか悔しそうに、返事をした。 彼のことでは、ないのに。 赤の他人の、私の、事なのに。 それが不思議に思う反面、彼に対してなぜか安心を覚えた。 なのに、なぜか一向に止まる気配のない、手の震え。 それに気づかぬフリをしようとしたら、ギュッと、一層強く彼が手を握ってくれた。 「!」 それに驚き、思わず、私は勢いよく彼の方へ顔を向ける。 すると、彼は、眉を寄せ、垂らしながら、私に笑いかけてくれた。 その笑顔が、なぜか私の鼓動を早める。 ときめきとかそうゆうのだけでは、ない。 一瞬、アイツが、消えたのだ…ずっと、幸村君と重ねてしまっていた、アイツが…。 思わず驚いてしまっている自分にはっとして、頭を振ると、私は今思ってしまった感情を埋もれさせ、純粋に幸村君に向き合った。 ありがとう。 今、言葉にしてしまったら涙が出てしまいそうだから、言えないけど…、 ありがとう。 大好きだよ。幸村君。 「あっ、その角曲がってすぐだよ!」 テクテクと歩き、見えていた家…というか敷地が大きくなってくる。 この家…もとはただの別荘なんだけど…言えとしては多分きっと普通の人から見るとかなり大きいと思う。 庭にテニスコート3面あるし、3階建てだし…。 でも…本邸とは比べ物にはならないほど小さい。 だけど、ここには私1人。 召使いやメイドもいなければシェフすらもいない。 家の前について、幸村君の手を離そうとしたら逆に強く握られた。 「家に誰かいる?」 急に幸村君が優しく笑って言った。 「え…あ、いない」 そんな笑顔に、思わず素直に答えてしまって、そのまま私は俯く。 すると、幸村君が私の顔を上げさせて、また笑いかけてくれた。 「じゃぁさ!お邪魔しても良いかな?」 その笑顔は私が一目惚れしたあの笑顔で… ううん、それだけじゃ、ない。 うまく言葉には出来ないけれど、なんだか、断れなかった。 だから、 「いいよ」 そう言って私は門の鍵を開けた。 [→] [戻る] |