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The last wars
第二話


2013年10月7日AM 4:40 
東京都杉並区 緑陰荘 (横内源三郎私邸)
東京の中心部から少し離れたこの場所に都心にしてはかなり大きな邸宅がある。周囲を林に囲まれたその邸宅は無言のまま存在感をかもし出していた。
そしてその玄関に一台の車が止まり中からコートを着た男が降りてきた。
「親父殿は?」
「はい、書斎でお待ちになっております」
玄関に立っていたSPに父の居場所を聞くと、コートを預けて邸宅の奥へと歩を進めた。
この緑陰邸は康平も幼少の頃を過ごしていた。池のある庭で遊んだり、屋根裏部屋に忍び込んだり、曽祖父の集めたコレクションの置かれている部屋に目を輝かせたりと幼いころの記憶が今でも鮮明に蘇ってくる。だがある時期を境にして康平はこの家を避けるようになっていた。だが正確にはこの家の主を避けるようになったと言ったほうがいいかもしれない。
邸宅の廊下を奥へ奥へと進んだ康平は立派な樫のドアの前に立ち、そのドアを叩いた。
「入れ」
中から直ぐに返事があった。扉を開けて部屋の中に入ると天井に届きそうな高さの本棚が壁一面に並べられているその一番奥、窓に面した机の椅子に老人が座っていた。いや、老人というには活力に溢れ、見た目には40台後半といった風貌であった。また身につけている服装もしっかりしていることが彼を若く見せていた。この男こそ康平の父親であり、政界を引退した今なお政財界に太いコネクションを持ち日本の政治を影で操る横内源三郎だった。康平が異例の若さで総理大臣秘書官の立場にいるのも源三郎の差し金であり、ゆくゆくは自分が登りつめたのと同じ椅子に康平を座らせるつもりだった。
「康平、会議でひと騒ぎ起こしたようだな」
「はい、父さん」
肘掛け付きの椅子に座ったまま康平のほうを振り向いた源三郎は顔を顰め不機嫌そうにしていた。源三郎としては何が何でも康平には総理大臣になってもらわなくては困る。それは親心という意味ではなく自分の権力地盤をより強固にし、日本の政治を操る久傀儡としての能力を求めているからだ。事実現在の内閣は上嶋総理を始めとし3分の1は源三郎の息がかかった人間だった。そして天野財務大臣は源三郎の大学時代の後輩であり友人でもあったため康平の目付け役として登用されていた。もちろん本人に財務大臣をこなすだけの能力はあったし、金融恐慌の被害を最小限に押させたことからもガチガチの無能官僚というわけでもなかった。
「そんなに慌てて動こうとせずとも時期が来ればお前には相応のポストを用意させる。だからそれまでは大人しくしていろ」
「僕は別に昇進のために行動したのではありません。現実問題として今この瞬間にも戦火にさらされようとしている自衛官の事を考えれば必要なことです」
それを聞いて源三郎は一瞬驚いたような顔をしたが直ぐにクスクスと笑い始めた。
「なんだ、そんな理由か。だから青二才だといわれるのだ」
「そんな理由って」
「よく考えろ。お前のいる自由民正党の、保守派の役目とはなんだ?革新などではなく政局を安定させ自民党政権を維持することであろう」
いすに座っていた源三郎が立ち上がると、部屋の中の空気が明らかに変わった。突然部屋の中の空気の質量が何倍にもなったかのようなそんな感覚だ。
「忘れるな康平、お前の今の立場が誰の手によるものか。お前はわしの言う通りに行動していればよいのだ」
「・・・・・・・・分かりました」
部屋を出て玄関に向かう廊下で康平は己の無力さをかみ締めていた。この若さで内閣総理大臣の秘書官を務めていることでそれなりに自分の実力を信じていた。だが今の立場も所詮は源三郎によって用意されたポストに過ぎなかった。






2013年10月7日 AM4:25 
東シナ海 魚釣島沖西方42海里(自衛隊作戦展開ライン上)
護衛艦《ちょうかい》CIC(戦闘情報指揮中枢)
「OPS-28(対水上レーダー)に新たなコンタクト!」
「7隻目を捕捉、S-7(シエラ-セブン)としてシステムに設定!」
領海線を越えて経済水域内の作戦展開ラインに展開を完了したがその直後から護衛艦に搭載された対水上レーダーはしきりに接近する目標を探知していた。そしてついに7隻目をレーダーが捉えた。さらに距離が徐々につまりすでに相対距離は60kmを切っている。このままいけば後わずかで視認距離に入るが、それは攻撃手段を制限された護衛艦隊にとって一番避けたい状況だった。
「斉藤一尉、君が中国海軍の指揮官ならどう動く?」
CIC後方のメインコンソールの席に座っていた砲雷長の坂井二佐が後ろに立っている隆博に問いかけた。武器管制を行う砲雷科のトップは砲雷長だが基本的に砲雷長の下には副砲雷長が置かれている。《ちょうかい》の場合は斉藤隆博一尉が副砲雷長の任にあった。
「武器使用許可が出ていないことを知っているのなら主砲の射程圏内まで接近します。その上で包囲を固めたのちに一斉に砲撃を行います」
「それに対して我々が取りうる策は?」
「主砲の射程内に入っては勝ち目がありません。主砲口径・砲門数・隻数すべてにおいて我々が劣勢です。正面から撃ち合えば勝機はありません」
自分がその勝機が無い側にいるというのに隆博はまるで人ごとのように淡々と語った。こういったタイプの人間は軍人としては必要な能力を持っている。死と隣り合わせの戦場にあって正気を保つ方法はいくつかあるが大抵は大きく3つに分けられる。
一つ目は“自分は死なない”と思い込むタイプ。これは世に英雄と呼ばれる人間に多くみられ敵の攻撃を恐れず勇猛果敢に行動するがそのために部下に無用な損害を与えてしまう事がある。二つ目は自分の信じる対象のために命を捨てる覚悟を決めるタイプ。この信じる対象というのは往々にして宗教の絶対神である事が多い。典型的な例でいえばイスラム圏のイスラム原理主義組織の一部が行ったような自爆テロや太平洋戦争中に日本軍が行った体当たり攻撃などがあげられる。これは自分が死ぬことが神へのこれ以上ない信仰であると信じるから死ぬことを恐れない。こいった人間は興奮によって痛みを感じなくなることがあるため恐ろしいが、未熟な人間は信仰よりも恐怖心が勝り動けなくなってしまう。また信仰対象とは異なるものの家族や愛する人のために戦うことで恐怖を克服する者も居る。そして三つめは自分の命を突き放して考えることのできるタイプの人間だ。これは例え「今から5分後にここに核が落ちる」と伝えられても取り乱すことなく行動できるような人間、言ってしまえば自分の命に無関心な人間である。だがこんな事が出来る人間は稀で、大抵の人間はこれをやろうとしても恐怖に負けてしまうし咄嗟の判断ができない。しかしそれができるのが隆博の強みだった。同僚の命でさえ突き放して考え自分の死すら損失1で計算できる人間だった。これは指揮官向きの性格で感情を表に出さず淡々と指揮を執ることができる。逆に深谷は直情的で思ったことがそのまま顔に出る。指揮官向きとは言えないが、だからこそ部下も親しみを持ち付いてくる。深谷が持つ部下を引っ張っていくカリスマ性も斉藤が持つ自分の命を付き放して考える特性も指揮官として必要な能力であった。
「ならば、どうすれば勝てると思う?」
「対艦ミサイルによる先制攻撃しか無いと思います。幸いロングレンジでのミサイル戦ならばイージス艦を有する我々が防空能力において圧倒的優位に立ちます。このアドバンテージを生かすしか勝機は無いでしょう」
「私も同じ考えだ」
坂井砲雷長はそういうと艦内電話の受話器を取った。
「CICより艦橋、前方の中国艦隊との相対距離30マイルを切りました。間もなく視認距離に入ります」
『艦橋よりCIC、SPYレーダーは中国艦隊からの砲撃に注意しろ。敵が発砲した場合は主砲とCIWSでこれを撃ち落とす』
「アイ・サー」
深谷は無茶苦茶な命令をしてきたが、護衛艦隊が生き残るには発砲されたら飛んできた砲弾に砲弾をぶつけて撃ち落とすしかなかった。
第二次大戦中のようにレーダー射撃管制が未発達ならばランダム回避運動を行うことで被弾率を下げることができるが、現代のようなレーダー管制全盛の世の中では着弾の誤差はほとんどなく正確に着弾する。この場合長距離砲撃ならばミサイルで撃ち落とすことは比較的容易だが目視距離で砲撃されればミサイルを飛ばす余裕はない。
『それから、阿部二尉はCICの持ち場を航海長と交代して艦橋に戻れ』
艦長にそう言われた阿部二尉とは航海科の阿部克哉に二等海尉だった。彼も隆博と同じく艦長付きの副官であり、航海科と艦長との間の連絡や調整を行っていた。
「阿部二尉了解しました。航海長と配置を交代し艦橋に戻ります」
ちょうど艦橋から降りてきた航海長と敬礼を交わすと阿部二尉はCIC後方の出口に向かった。
「艦橋配置か?」
「あぁ、艦長の命令を聞いていただろう」
阿部がCICを出ようとするとき、メインコンソールの側にいた隆博が話しかけた。
「俺がこんなことを言えた義理ではないが、死ぬなよ。景子さんと子供が悲しむぞ」
「当たり前だ。もうすぐ子供が生まれるんだからな、そう簡単に死んでたまるか」
阿部はそういうとCICを出て行った。隆博と阿部は江田島の幹部候補生学校で同期であり、そのころから交友があり、二等海尉への昇進も同時だった。だが配置転換で別々の舞台に赴任したことで交流は一時途絶えたが再び佐世保基地の同じ艦に配属されたことで再び交流を持てた。隆博の境遇を知っていた阿部は隆博を宮古島にある自宅に招くことがしばしばあり阿部の奥さんである景子とも知合いであった。その為もうすぐ克哉と景子の子供が生まれることも知っていた。そして同時に水上艦の戦闘において艦橋は機関部と同様にもっとも狙われやすくそして露出部が多いため最も危険な部署の一つであることも知っていた。
「斉藤一尉、第一戦闘配備中だ。私語は慎みたまえ」
「はい、もうしわけありませんでした。砲雷長」
隆博が私語を窘められたそのとき、艦橋の見張員の報告がCICにも聞こえた。

『水平線上に艦艇多数を視認!中国艦隊と断定』

ついに、中国艦隊が目視距離に入った。
もはや逃げる場はどこにもない、目の前にいるのは間違いなく敵であり自分たちを殺そうと向かって来ているのだ。

撃たなければ撃たれる。

この海域を支配するのは崇高な理想でもなければ信頼でもない。ただ単純で、逆に単純であるだけに小手先の手段で抗うことのできない【力の論理】が支配する空間、それが戦場であった。
どれだけ「戦うつもりが無い」と叫ぼうとも戦場に戦力を有して存在する、それだけで排除されるには十分すぎる理由がある。そして中国側はこちらが撃てないことを承知しているのだ。


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