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The last wars
第一話

ことの始まりは3日前のことだった。

魚釣島沖の経済水域内で操業中だった民間の漁船が行方不明になったのだ。

地元の漁協や海保は当初事故として扱い海保は巡視船とヘリコプター、海上自衛隊は飛行艇を出して捜索を行ったが発見できず逆に海保のヘリコプターが付近を航行していた中国海軍艦艇からミサイル攻撃を受けて撃墜された。

さらにその直後に中国国営放送から全世界に向けて行われた宣言により事態は急速に動きだした。



曰く
『現在日本国が“オキナワ”と呼称している地域の領有権は本来我が国に帰属するものであり、同地域は日本国が不法に占拠しているのであり日本政府が誠意ある行動を起こさない場合、中国人民解放軍はあらゆる手段によってこの地域を解放するものである。』


当然のことながら日本政府は大混乱に陥った。
何かの間違いであるとして外交ルートで中国との対話を図ろうと努力したが中国がそれを受け入れることはなく、逆に
『24時間以内に日本政府が具体的な行動に出ない場合、我が国はあらゆる手段を講じて主権と領土を守る』と通告してきた。


もともと尖閣諸島を含む沖縄周辺の領有権などはつい最近まで中国はもちろん台湾もまったく主張しておらず当然のように日本国の領土だった。

だが十数年前に尖閣諸島の海底に有益な地下資源があることがわかると一転して中国と台湾がそれぞれ領有権を主張しだした。
今回の行動もそういった領有権を主張するためのデモンストレーションにすぎないと、このとき日本政府内部では判断していた。
また大国というのは多聞に幼稚なところがある。中国然り旧ソ連然り、そしてアメリカ然りである。

尤も大国であれ小国であれ、愚かな国というのは歴史上なくなることがないのは一つの真理である。


たださすがに日本政府も中国の行動に対して何のリアクションも起こさないでいるわけにはいかず上嶋史彦内閣は海上自衛隊に海上警備行動を命令した。

ちょうどこのとき鹿児島沖で洋上訓練を行っていた呉基地所属の第4護衛隊の《はたかぜ》と《はまぎり》が現場海域へ急行した。
さらに佐世保基地からも第6護衛隊のイージス護衛艦《ちょうかい》と護衛艦《はるさめ》が出港して、4隻の護衛艦は沖縄県の久米島沖で合流と果たすと展開海域である魚釣島に向けて進路をとった。


2013年10月7日
AM 3:40 東シナ海 魚釣島西方30海里(日本国経済水域内)
護衛艦《ちょうかい》艦橋
先行していた第4護衛隊との合流を果たした《ちょうかい》だったが、その艦橋には重苦しい空気が立ちこめ艦橋にいる操艦クルー達は重苦しい空気に耐えながらそれぞれの職務に励んでいた。

この空気の原因は艦橋の前方右側にあるキャプテンシートに座っている深谷毅一等海佐だった。
出向前に今回の任務の内容を護衛艦隊司令から聞かされた深谷は任務の性格から非常時の武器使用許可をほしいと要請していたが出港して2日、護衛艦隊司令部からそのことに関する返信はなく、通信で直接問い合わせても
『別名あるまで専守防衛に徹せよ』
というような定型文が帰ってくるだけだった。
その為出港してから深谷のイライラは頂点に達していた。


もちろん指揮官である以上は部下にイライラをぶつけるようなまねはしないが愚直な人物であるだけに感情を抑えきることができず、ピリピリとした空気が艦内に広がっていた。
そしてついに待ちに待った返信が通信士の手で深谷のもとに届けられたが返信電文を見た深谷は「ふざけるな!」と一喝して電文の書かれていた用紙を握りつぶした。


深谷は愚直な軍人であり自他ともに認める堅物であった。酒を飲めば大声で騒ぐし普段の任務でも声の大きい男だが、それゆえに帰って来た電文の内容が許せなかった。
「通信士!」
「はい艦長!」
「防衛大臣宛に打電しろ。
内容『隊員の生命安全の保護に必要な武器使用許可を求む』だ!」
「イッイエス、サー」
深谷はできる限り怒りを抑えるようにして通信士に命じると通信士は逃げるように艦橋を出て行った。

深谷が握りつぶした電文用紙には
『武器使用は警告においてのみ許可する。
護衛艦隊各艦は専守防衛を徹底し、別名あるまで武器使用を認めず』とあった。
これでは護衛艦は射撃訓練の標的と同じでただ動き回ることしかできない。
それこそいざとなったら敵の進路上に割り込んで体当たり紛いの方法でしか了解を守ることが出来ない。

そもそも相手がやる気なら体当たりをする暇もなく対艦ミサイルではるか遠方から攻撃されてしまう。
そうなれば護衛艦隊の八百有余名は海の藻屑となってしまうだろう。
通信士が逃げ出すように艦橋を出て行ったのと入れ替わりに別の士官が入ってきた。
「艦長、CICより報告です」
「おう、斉藤一尉か」
斉藤と呼ばれた士官はイライラしている深谷をものともせず近づいて行った。斉藤隆博一等海尉、《ちょうかい》の砲雷科に所属する幹部自衛官で艦長付き副官の一人として航海科出身の深谷と砲雷科の中継役のような事をしていた。
「〇三二〇時に那覇基地所属のP-3Cが発見した目標の分析が完了しました。レーダー及び赤外線カメラの画像を分析した結果中国艦隊の先遣艦隊は駆逐艦4隻、フリゲート4隻です。駆逐艦はおそらく旅大級2隻と杭州級2隻、フリゲートは053型といった所でしょう」
「駆逐艦4隻とフリゲート4隻、勝負になると思うか?」
「勝負にはなると思いますが、勝ち目はありませんね」
深谷の問いかけに斉藤は即答した。本当にすぐ答えたので質問した深谷の方が逆に驚いていた。
「理由は?」
「我々が勝つにはロングレンジから対艦ミサイルの先制攻撃を行うことですが、それは許可されていません。
そうなると接近してクロスレンジでの砲撃戦になりますが、そうなると隻数、砲門数、口径どれをとっても中国艦隊に対抗できません」

斉藤の言ったことは単純明快で憲法という制約からくる戦力の不足だった。護衛艦は基本的にロングレンジでの戦闘を前提に設計されているためクロスレンジで砲撃を行うことは専門外だった。
逆に中国海軍の艦船は日本側のどの艦船よりも大口径砲を積んでいるため正面から打ち合えば中国側に軍配が上がることになる。

「専守防衛の限界か・・・・」
深谷はそう呟きながら環境の窓越しに前方の水平線を見つめた。
もしも、もしもだが専守防衛などという題目を無視できればロングレンジから対艦ミサイルを叩きこめる。またロングレンジでもミサイル戦なら防空能力においてイージス護衛艦を有している点から日本が圧倒的に有利であった。






同刻 東京都千代田区永田町 
  総理大臣官邸

東シナ海で護衛艦が領海線上に展開を終えるころ東京都永田町総理大臣官邸地下にある危機管理センターには上嶋総理をはじめとする閣僚の関係省庁の官僚が集まって緊急の対策会議が開かれていた。

この危機管理センターは総理官邸の地下にあり独立した電源と空調設備などを備え東京が核攻撃を受けても耐えられ救助が来るまで中の人間を守れる構造だった。


「―――以上のように護衛艦隊は展開しています。また現場の護衛隊旗艦《こんごう》の艦長から武器使用許可を求める通信が届いています」
防衛省の官僚が状況をまとめたスライドを映しながら説明をした。関係する省庁の官僚が状況を説明するが早朝ということもあり、眠そうな顔で聞いている官僚もいた。

特に環境省の官僚などは大臣が出てきているために出席しているが事実上すべき仕事は無く分けのわからない説明が延々と続くことに嫌気すら漂わせていた。

「状況は分かった。だがまだ攻撃を受けていない上に中国から正式な返答が来ていない以上は武器使用許可を出すことはできんよ」
「こういった政情不安定な時に軽率な行動を行えば野党にみすみす責任追及の材料を与えるようなものですからな」
「それに下手なことをすれば支持率の低下も気になります」

上嶋の言葉に外務大臣や文部大臣が追従した。ほかの大臣たちも沈黙で支持に変えた。


「それはどうでしょうか?」

だがその中で上嶋の後、総理大臣秘書官の席から声が上がった。総理大臣秘書官の横内康平だった。
「どういうことかね?」
「こういう時には事なかれ主義よりも何かしらのアクションを示すべきだと思います。
政府が国民を守るというスタンスを示さない方が支持率を低下させます。
それに現実問題として海上警備行動では対応できない事態に陥る可能性もあります。
ここは防衛出動命令を出すべきではないでしょうか?」


それを聞いて上嶋は隣に座っていた辻本防衛大臣と相談した。
「しかしなぁ、康平君。防衛出動命令を出すには国会の承認がいるぞ。後々国会の承認が得られなければ部隊を撤収させなければならん」
ちょうど康平のいる側と円卓を挟んで反対側の席に座っている天野財務大臣が言った。彼は康平の父親と個人的にも親交があったため幼いころの康平を知っているため、公式な場以外では康平のことを康平君と呼んでいた。
「国会の承認は後からどうにでもできます。
ですが現場の自衛官は今この瞬間に命の危機に瀕しているのです。
それも自らの保身の為でなく日本の国民や領土を守るためです。
そんな彼らを危険にさらしておいて自分たちが安全な所にいてはそれこそ支持率の低下を招きます」
康平は席を立って円卓に座っている閣僚を説得するようにうったえた。

“支持率低下の可能性”という言葉を使ったお陰で閣僚の何人かは康平の意見に賛成を示した。

「辻本君、防衛出動命令無しで自衛隊は対応できんかね?」
重要なポストにも関わらずこの会議であまり存在感が感じられなかった辻本一馬防衛大臣はしばらくアレコレと考えたから後ろに座っていた自衛隊の制服組と言葉を交わした後正面に向き直った。

「難しいようです」
それだけ言って理由が続かなかったので後ろに控えていた制服組の幹部が出てきて補足を加えた。
「理由は3つあります。彼我戦力、エアカバー、法律上の問題です。」
そうは言っても防衛大臣の辻本や軍事関係に詳しい天野以外はポカンとして、何を言っているのか分からないようだった。
それを見て山本はスライドを使って説明を続けた。

まず彼我戦力の開きは単純に数の差であった。
中国海軍の前衛艦隊は8隻、たいして護衛艦隊は4隻
日本の護衛艦がアメリカ譲りの高性能艦でも倍の数を相手に勝てるほど軍事の世界は優しくない。

次にエアカバーの問題とは航空支援の受けやすさだった。
護衛艦隊が航空支援の上空援護を必要としたときは航空総隊司令を通じて那覇基地から航空隊が発進するわけだが魚釣島の周辺だと中国空軍の方が早く到着する。つまり護衛艦隊は常に中国本土からくる航空驚異に晒されることになる。
最後に法律上の問題とは今この場で問題になっている先制攻撃についてだが、これは防衛出動命令さえ出れば今回は解決できる。もっとも頭の固い保守派政党では防衛出動命令などよほどのことがないと出されないだろう。


説明を受けた閣僚たちはやっと理解したようだった。だがそれでも防衛出動命令の発令にはほとんどが消極的でなお且つ実りのないやり取りが繰り返されていた。
「いい加減にしていただきたい!」

そしてとうとう一人が声を張り上げた。だがそれは閣僚ではなく康平だった。

「このような意味のない議論を続けて何になるのか!?」

普段物静かで理知的な印象があるだけに声を上げる姿が珍しく、周囲の人間はみな一様に驚いていた。
ただ一人天野だけは康平の幼少期を知っているためそれほど驚いてはいなかったがそれでも動揺を隠せていなかった。

「今この瞬間にも命をかけて国を守ろうとしている人
間がいると言うのに、国を守る責任を彼らに負わせて恥ずかしくないのですか!
 『責任は政治が取る』と言って送り出してやるのが本当でしょう。なのにあなた方は!!」

そう言って康平は目を丸くしている閣僚達をにらみつけた。


「あなたがたは・・・・・卑怯者だ」


それまでとは打って変わって静かになった康平は黙って自分の席に座った。
場には一瞬妙な空気が流れたがすぐに議論は再開された。
康平の一喝で多少防衛出動賛成派が増えたがそれでも消極的なのに変わりはなく何より発令権限を持っている上嶋総理や辻本防衛大臣が反対しているのが痛かった。




同日 am4:10

結局、防衛出動命令は出されず佐世保基地から増援を派遣し空中給油機を那覇基地に派遣して航空支援を行いやすくするということで決着がついた。
会議の参加者達が国会出席のため一度議員宿舎や自宅に戻ろうと散っていく中康平だけは席を立たず座ったままだった。


「辛いかもしれんが、これが政治だ」
最後まで残っていた天野はそう言い残して会議室を出て行った。
「俺は無力なのか・・・・・」
誰も居なくなった会議室に康平は一人で残っていた。

本来総理の秘書官である康平は総理とともに行動しなくてはならないのだが、ある理由により康平にはかなりの自由行動が認められていた。

「横内秘書官」
ただいつまでも会議室で考えことをしている訳にもいかず会議室を出て一階部分の廊下を歩いていると、後ろからSPの一人が声をかけられた。
「何か用か」
「源三郎様から『緑影荘に来るように』とのご伝言です」
「分かった。荷物を取ったら直ぐに向かう、車を回しておけ」
「はい」
先ほどの事から少なからず機嫌の悪かった康平だったが、そうもしていられない状況になった。
そう、康平が今この立場にいるのも、秘書官という役職でありながらかなりの自由行動が認められているのも、今から会う人物に関係があった。
そう実の父親であり、数年前まで官房長官や総理大臣などの重職を歴任し今なお政財界に大きな影響力を持つ横内源三郎である。


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