小説
詐欺師の女
「さあ、たんと話してもらうわよ」
「もう、そうやって構えないでよ。話しにくいじゃない。
リラックスリラックス。そうそう。そうしてくれると助かるわ」
「そうやって、騙してたのかしら?」
「ふふふ、どうやってかしらね。
まあ、話す気があるんだから黙って聞いててよね。
あなた、良いと思わない?自己愛に満ちてる人って。愛しいわあ。とっても愛しいと思うわ。とっても歪んだ気分になるのよ。彼ら、ズルいもの。自分を守ることに必死。周りがどうなろうと全くかまわない。ああ、ホント可愛い。
手を差し伸べてあげるとねえ、しがみついてくるのよ。よだれでも垂らしちゃうんじゃないかって勢いで。
その顔の気持ち悪いことと言ったらこの上ない。
その顔を見るたび、好きだなあって思うのよ」
「よく分からないわ」
「最後まで聞けばわかるように話してるわ。
それでね、彼らのしがみついてくる手を優しく引き上げてあげるの。まるで女神のように優しくね。微笑みを忘れずに。
彼らは愛に飢えているの。いや、愛されすぎて欲だけぶくぶく太らせた人もいたわね。だから、優しく引っ張ってあげるのよ。彼らは優しい人が大好きなの」
「そうなの」
「まあ、そう、そうなのよ。つまらない相槌ね」
「別にいいでしょ。あなたの方が立場悪いんだから、さっさと言ってちょうだい」
「あらあら、邪魔してるのはどちらかしら。でもまあ、この辺で彼らへの抽象的な愛の告白は止めにしておきましょうか。
彼らの手をこっちへ引っ張るのは、何も知らずにお菓子に釣られてはしゃいでる子供を、手中に無抵抗なまま招き入れる魔女みたいな気分よ。
彼らには、お菓子の代わりに褒め言葉を上げるの。
褒めて褒めて、讃えて讃えて。その繰り返し。私自身に対しては、自虐を繰り返すの。そうすると彼らは有頂天になるの。無防備になるの。
やがて、私のことも罵るようになるわ。私はそこでまた彼らを褒めるの。優しい言葉をかけるの。彼らと上手くやっていくには、我慢と妥協が必要なのよ。彼らは、自分の中の醜いものを全てさらけ出してしまうわ。誇らしく、虚構の優越感におぼれて。
その時の気持ち悪くて汚くて不細工なあの笑顔と言ったら!
その笑顔のまま地獄の底へ突き落したくなるわ!
その衝動のままに地獄の底へ落してやったわ。
その時のぞくぞくするあの興奮と言ったら!
愛すべき悪を成敗してやったあの気持ちは、他では味わえないでしょうよ。やみつきになってしまうわ。
彼らは泣いてまた汚い指を伸ばしてくるけど、ハイヒールの先でぴっと追い払ってやるの。その時の絶望のどん底みたいなあの顔!
彼らは、本当に、本当に可愛いの」
「サイテーね。
その人たちも、あなたみたいな人に愛されて、運が悪かったわね」
「違うわ。むしろ幸運よ?
虚構の誇りや優越から現実へ引っ張り上げただけじゃない。どちらかと言えば、総合的に考えれば、むしろラッキーじゃないかしら?」
「愛されるなら、純白な心の人のほうが良いに決まってるでしょう。
あなたは、おかしいもの。何かズレてるもの」
「だから、違うのはあなたよ。
そもそも、歪んでなくて純粋な人なんて、この世にいるのかしら?
彼らは素直に黒くて馬鹿なのよ。心が白い高貴な人は、彼らに近づくのを極力避けたがると思うわ?
そうね、きっと、本当に心か純粋で真白な人なら、そんな彼らのことを愛してあげられるかもしれない。
でもね、心が白い人は弱いの。純粋だから。黒を知らないから。知らないのに、知っている気でいるから。イイヒトだから、顰蹙を買うの。敵にされてしまうの。彼らはイイヒトが大好きで大嫌いだから。
彼らはイイヒトにイイコトをされても、きっとその恩を忘れて、自分の自己愛だけ太らせて、イイヒトを踏みつけるわ。醜いあの足で。考えるだけで気持ち悪いわね。
彼らは見下すのが大好きだもの。手当たりしだい、自分に返ってくる被害が少なく、見下せる人がいるものなら、彼らは見下す。そんなご身分じゃないってのにね。
かわいそうな人よね。
イイヒトは傷ついて、ボロボロになっちゃうわ。
そんなボロボロのイイヒトを、彼らは奴隷の一つでも手に入れたかのように扱うわ。イイヒトはきっと、それでも彼らを信じるのでしょうね。イイヒトが一番馬鹿かもしれないわね。
やっぱり、私は、そんな彼らが愛しいの。
さあ、あなたは、どう思って?
誰からも愛されたくて、他人はどうでもよくって、誰よりも自分が大好きな彼ら。それなのに、自分を愛する人が自分しかいない彼ら。
彼らを愛して何が悪いのかしら?」
「……ねぇ、その、彼ら、って、誰のことなの?
あの被害者たちのことなの?」
「誰かしらねえ。
もしかしたら人間みんなそれかもしれないわねえ。
でもきっと、私みたいな人は、彼らには含まれないわ。
だって、人を愛することができるものね」
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