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小説
白紙
 白い紙を見ているとゾクゾクする。
 きっと、勉強で疲れている時や、本を読み過ぎて目の裏が文字で埋め尽くされているとき以外でも、だろう。

 無限の可能性。ゼロ。
 僕はそういうものが大好きだ。

 人間は弱い。だから、強いものを求める。
 人間は飢えている。だから、美しいものを常に求め、想像し、創造し、そして笑う。

 僕はそういう「人間」が嫌いだ。
 本能に操作されて、未来を描かれた所を、ただその通りに無表情に楽して歩いていく「奴等」が。
 「奴等」には「可能性」……「ゼロ」という名の美しさが無いのだ。
 だから、僕は、飢えている。

 面倒になったのだ。
 積み重ねられたノート、教科書、プリント、たまり続けるメール、似たり寄ったりの人の言葉、表情、情報。
 すべてにおいて、僕を満たすモノなど無い。
 適当に友達も作ったが、それでも今「楽しい」とは言えない。
 それはただ社会の中に居場所を作っただけの事。
 僕を満たす「求めるもの」が無いからだ。

 逆らいたい。太陽の光が僕をせかすように体を射す。
 月夜の晩、僕は家を出た。

 もともと一人暮らしだから特に何も変わらないが、住む場所を変えるのは結構勇気がいるものだ。
 だが、その安心感も人間の「甘え」に思えて嫌になったのだ。

 新しく仮に住む事になった田舎のアパートの隣には、同じような古臭いアパートがあった。
 
 近所とかも面倒なので、周りをうかがいながら、外に出る時は誰もいない時間帯を選んだ。
 だから自然と、家から出るのも少なくなった。

「こんばんは……」

 食料品を買いにスーパーへ行った帰り、隣のアパートに住んでいるある女性と出会った。
 クールな目つき、きゅっと結んだ口。きりりとした眉。綺麗な鼻。長いまつ毛。
 メイクは、はっきりとした「赤」の口紅だけだった。
 勿論第一印象は「綺麗な人」だ。でも、求めているモノとは限らない。

「あ、こんばんは」

 僕は軽く頭を下げて、早足でその場を去った。
 彼女はゆっくりと、けれどもたしかに、一歩一歩静かに足音を立てて、後ろに遠ざかって行った。
 そして階段を上り、並ぶドアの一つの中へ入って行った。

 何だろう。この感じは。
 どこか、他の人と違うのだ。
 僕は思わず振り返って、彼女の跡を目で追っていた。

 彼女の部屋は、僕の部屋から少し見えた。
 彼女の部屋にはカーテンが無かった。

 それから、僕は気が付くと彼女の部屋を見ていた。
 クールな彼女。誰かが彼女の部屋へ、来る気配はなかった。
 いつもうつむいている彼女。
 顔をあげると一瞬表情が和らぐ彼女。
 その顔は虚を見つめながらも優しく、美しかった。

 夕食はいつも手作りらしい。
 僕は冷めたくどい味のカップラーメンをすすりながら、今日もカーテンを少し開けて彼女の部屋を見ていた。
 僕が求めているのは、あの人、なのか?
 よく分からない。
 何にしろ、分からないのは素晴らしいことだ。

 ある日、彼女が外へ出るのを見計らって、僕も同時に外へ出た。
 これではストーカーだ。
 でも、僕は彼女を見ていたかった。

 大人っぽい雰囲気を隠すような、淡いピンク色のマフラー。
 余計に彼女を美しくした。
 
 彼女は色々適当に行ったり来たりして、結局どのお店や建物にも入らなかった。
 ただ、歩いて、通り過ぎる「人間」を眺めていた。
 僕の中である希望がわいた。
 彼女も僕と同じ目をしている。
 僕の理解者はきっと彼女。
 彼女の理解者は僕だ。


 彼女がアパートに戻る前に、僕は話しかけた。

「あの……あなたは……?」

「私は。私の居場所を探しているの。」
「え?」
「世間としてじゃないのよ。『私』を欲しがってる所。」

 そう言って、僕の目を見て口の中でフフっと笑った。
 何となく察した。彼女は僕がしていることを見透かしてる。
 少し低いが、とてもはっきりした声だった。

 しばらくして、彼女の元へ訪問者が来た。
 若い男、だった。

「あの人は『女』としての私が欲しいの。違うわ。」

 次の日問いてみると、彼女は珍しく取り乱してそう言い放った。
 僕は違うのか?
 僕はどうなのか。
 彼女はまだ『僕』について触れたことが無い。

「僕は、あなたが、欲しい。あなたばかり見てる。
おかしいと思う、はっきり言ってストーカーだと思う。
どうしたら良い?僕じゃダメか?嫌ならいい。」

「あなたはダメよ。
あなたもどうせ私を『女』として見ている。そうでしょう?」
「違う……僕は……」
「じゃあ」

 彼女は黒い鞄から、平気な顔で漆黒の銃を取り出した。
「これで『女』としての私を殺せるかしら」

 僕は銃を言われるがまま受け取ってしまった。
 無理だ、そんなの。
 この時になって、やっと分かった。
 彼女は生きること、安定、世間に対する欲がない。
 だからそこらの『人間』から浮きたっていたのだ。

「あなたは美しい。あなたに愛されて私はしあわせ」
 静かに彼女は眼を閉じた。

 制服姿で不器用に銃を握る男子高校生がそこにあった。
 だがそれは全て「白紙」に出来る。
 そんなのナイし。
 常識的に、ありえないし。
 ならな、片づけてしまえばいいのだ。
 常識的にありえなかった今までの日々を。

 僕はポケットの中のま白のメモを握りつぶした。

「『人間』になろう。二人で。」

 可能性を奪ってゼロにする。
 新しい世界の幕開け。
 目の前の彼女は初めてヒトらしい眼差しを僕に向けた。
 僕は銃を微笑みながら自分の通学カバンへ入れた。
 彼女はやめてと叫んだが聞かなかった。
 
 『創造』したい欲がある限り、僕も人間であり、僕の欲を『満たすモノ』を悲しませても生かしたいのだ。
 馬鹿馬鹿しくてくそ真面目で汚くて弱くて泥にまみれたこの社会の中で、初めてよく生きたいと思った。
 彼女の幸せが何かなど知らない。
 彼女の気持ちなど知ったこっちゃないのだ。
 知らないコトに酔っているのだから。

「そうね」

 彼女はそれだけ言うと、涙をぽろぽろと流した。
 期待しただけ無駄だったでしょ?
 ただのアホな高校生だもの。

 鞄の中でひんやりとした銃を弄びながら、
 今日から日記を書こうと思った。













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ブログの方にも載せた小説です。
けっこう短め。



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