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小説
流れ星 (ブラック要素アリ)
白雪姫じゃないけれど、魔法の鏡があったならば、答えてほしいことがある。
 鏡よ、鏡、この世で一番美しい人は誰ですか?
 この世で一番、悪魔に近い男は誰ですか?


 この世のものとは思えない。それ位、美しい男。

 彼の後ろ姿を見つけては思っていた。早くお前を追い越したい。私のプライドは高いのだ。別にそれは悪いことではないと思う。自分に自信を持つのはいいことだ。だから、彼の存在は在ってはならない。

 流れ星が目の前を過ぎていった。あぁ、流れ星。私は目をつむって願った。儚い私の願い。


 ……単に気になるだけ、とは、違う。絶対好意では、ないんだ?

 友人にそう聞かれ、素直にそうだと答えた。だって、ずっと会っていないじゃないか。好きとずっと思っていられるか。

 ……だってそういう人もいるじゃないか。
   好意を持って、鮮明に憶えている人だって。

 その言葉に、少し苛立って机をバンと叩いた。ずっとこうやって憶えているのは、心から憎み、嫌っているからに決まっているだろう、と。悪意なしには成り立たない。

 友人はぞっとし、すぐに逃げるように去っていった。そうだ。好意などない。ましてや、良いとも思ったことも一度もない。
 彼は私を馬鹿にしていた。蔑んでいた。 

 私がまだ小さい頃、私と彼は出会った。
 第一印象は、今の印象と変わらない。まだ幼いのに冷たく、鋭い目をしていた。氷のようなきつい存在感があった。

 私は、近づいたら一瞬で凍ってしまいそうな緊張を覚えながら、勇気を出して話しかけた。友達に誘われて、遊んでいる最中だった。

 ……今から一緒に遊ばない?野球とか、サッカーとかしようよ。
 
 彼は年齢の割に、少し怖いくらい落ち着いた笑みをうかべた。そして、静かで澄んだ声で返事をした。

 ……俺は、自分のしたい遊びしかしないから。

 私は、心の奥にナイフが突き刺さったような、ひんやりと、そして苦い感じを胸に、そうか、悪かったねと謝って、走って、彼から逃げた。

 恐かった。ただ、その存在が怖かった。

 これが同い年なのか?本当に?
 認めたくなかったし、その事実がまた怖かった。


  少なくとも、彼は私を普通に友達・同級生という目で見ていない。見て、いなかった。心の中で笑っていた。私の、存在を、初対面から。
 いや、彼は周りのものを皆そういう目で見ている。馬鹿にしている。目を見れば分かる。全てが完全で完璧で美しい彼からすれば、周囲の群衆はヒトではない。



 私はその恐怖を思い出しながら、中学終わりのある日、歩いていた。急なおつかいだったので、もう真っ暗な夜だった。買いたいものは街の方にしかなく、人工的な白や青のライトにびくびくしながら、猫背で歩いていた。

 私は、夜は苦手だった。
 どこにも、温かさを帯びた光などないからだ。


 買い物を終えて、もう時計の針が十一時をさそうという時に、何か、苦手な気配を感じた。

 ……奴はいない筈だ。おかしいだろう。だって、私は引っ越したのだ。あそこから。いる筈がない。いる筈はない。
 何度も自分に言い聞かせた。

 だが、その思いも空しく、確かに見た。
 遠くからだったが、彼の姿を。

 彼は気づいていない。長い、長い、横断歩道の先に、彼は、いた。例の鋭く冷たい目、すらり とした高身長。
 ……あぁ、いつぶりだろう。彼は変わっているように見えた。
 隣に、薄着のだらしなさそうな女がいた。あの子じゃない。彼女じゃない。

 彼はいつも誰にでも冷たい目をしていた。私に対して同様に。だが、彼は彼女の前では優しかった。彼女は奴にとって特別な存在。奴も、彼女にとって特別な存在。だが、隣にいるのは違う女だった。

 彼女は何処へいったのだろう。
 そうだ。奴も、昔、恋をしていたのだ。



 小学校の時。私が引っ越す前。
 彼は音楽を人一倍愛していた。小さい頃の独特の、美しく澄んだ歌声だったのを、今でもはっきりと覚えている。今はきっと声変わりをして、低い声になっているに違いない。

 彼女もまた、音楽を愛していた。

 二人はよく楽しそうに音楽の話題で盛り上がっていた。今度あそこでコンサートがあるから見に行こう、とか、今度一緒にピアノの練習しよう、とか。
 彼の演奏は、悪魔の如く完璧だった。どんな楽器だって、彼が演奏すれば彼の魂が宿ったかのように眠った音を開花させた。完璧すぎて怖いくらいだったのは確かだ。特に彼はフルートに長けていた。先生も呆然としていた。

 だが彼女は、それに対しての恐怖は一切なかった。心から、尊敬していたのだ。

 彼は自分を認めてくれている彼女を、すごく愛していた。
 彼は、彼女といるときだけ、心から笑う。
 彼女は本気で彼に心を許していた。彼はそれを分かっていたのだ。
 悪魔の男の笑みほど、美しく恐ろしいものはない。

 
 信号が青になった。
 私は肩に力が入りながらも、勇気を出して前へ進んだ。長い長い横断歩道。彼に気づかれないよう、早足で。
 人ごみの中で、彼の所だけ何かが違った。独立した世界観。雰囲気。近くにいると分かる、彼の迫力に、ぴりぴりした。思わず、視線が下にいく。

 奴は、近い。
 もう、すれ違う所まで距離が狭まる。

 ふと、顔をあげると、私は金縛りにあったように、全身の神経が麻痺した。何故。一歩が踏み出せない。懐かしい例の目が、わたしをじっと見ている。

 目があった。それだけで、蛇に睨まれたように、私は、動けなくなって、目が離せなかった。

 ……久しぶりだな。こーんな、夜遅くに。

 奴は、皮肉のような言葉を、低く、落ち着いた澄んだ声でぼそっと呟いた。
 奴は、私を、覚えていた。

 相変わらず美しく整った凛とした顔で、私を見下し、長い足を伸ばし、私の靴を踏んだ。お前は夜の街にいるような人間ではない、一体ここで何をしている?と、馬鹿にするかのように。

 彼はゆっくり、隣の女と歩いて行った。
 すれ違った。
 周りの群衆がスローモーションのようになり、自分のところだけ不思議な空間のズレが起こった。
 振りかえった。また目があった。 

 彼はいつもゆっくり歩く。歩幅は広い。
 まっすぐ前を向いている。何か一点を……未来を、または遠い過去を見つめるように。私はまだひりひりしている足を気にしながら、走って家に帰った。
 信号の、早く渡れ早く帰れと叫んでいるような五月蠅い音を、不安とともに、かすかに抱きながら。

 彼はあの時、笑っていた。
 流れ星が一つ、冷たい夜空を駆けた。



 そして、今。

 私は携帯をいじりながら、ぼんやり考えていた。彼は今、何をやっているのだろう。
 適当なメールを送信してから、すぐに携帯を机の上にほかった。

 私は彼の事が引っかかり、そして部活はこだわりがなかったため、吹奏楽部に入っていた。そして、悪魔が好きだった楽器……フルートを、それを、やることに決めた。同じ楽器の方が会える確率が高いと思ったのだ。

 だが、実際やってみるとかなり難しく、当時小学生だった悪魔の演奏にさえ追いつく事は無理そうだった。

 奴は何故、美しい容姿と、音楽の才能を同時に持っているのだろう。天は二物を与えぬ筈だ。私は何だか憎くて、たまらなかった。奴に馬鹿にされたくない。追いつきたい。越えたい。見下してやりたい。
 ただ、奴は、あれでも、人気があった。



 彼の話には独特のセンスがあり、周りのものは皆、惹かれていた。

 面白い話、優しく和む話、真面目な話。それぞれ、自分の意見や体験を上手く交えて、周りの子に質問しつつ、上手にテンポよく話を展開させた。そして同時に、聞き上手でもあった。

 小学生の頃といったら、大体の子がわがままで身勝手で、自分のことで精いっぱいだ。女子は威張って男子に説教、男子はそれを面白がるようにふざけて遊ぶ。
 そんな中、彼はその男女どちらの心も理解して、相談にのったり、話に相槌を打ったりした。

 だから、彼の事を悪く思っている人は少なかった。

 授業の発言も、大抵、的をえていて、筋が通っている。担任も気に入っていた。教育委員会が来た時も、授業参観の時も、見ている者はほとんど感心し、彼を褒めた。そのたびに私は、胸がもやもやした。
 騙されている。
 話し上手で聴き上手。そんな奴に、皆、騙されている。彼の目を見れば分かるのだ。彼は口先だけで、心の中では皆をきっと笑っている。そうだ、私が正しい筈だ……。



 私が彼と出会って少ししたある日、彼から私に話しかけてきたことがある。昼の放課に、外に出て遊ばない彼は、読書をしていた私の所へ来た。

 ……ねぇ、何読んでいるの。

 私は下に向けていた本の表紙を少し持ち上げて、無言でタイトルをみせた。確か、流れ星の話だった気がする。

 ……流れ星って、願い事かなえてくれるやつだよね?

 彼は珍しく明るい声で言った。私はつられて、そうそう、と頷いた。
 流れ星は必ず願いをかなえる。私は昔からそう聞かされていた。実際に、叶ったという情報が沢山溢れていた。だから、人はみな流れ星を捜す。叶わない願いを、絶対的な力でかなえてもらうために……。

 ……じゃあ、亮君は、何かお願いしたい事があるの?

 彼は身を乗り出して、そう質問した。ある事はあるよ。お前がいなくなってくれたら良いと思っている。本音はそうだが、そんな事は勿論言えないので、私は、長生きできれば良いなと言った。

 それから、やけにこのネタにくっついてくるのが気になったので、お前は何か願いでもあるのかと聞き返した。
 彼は恥ずかしそうに照れながら、目だけ、斜め上を向いて言った。

 ……両想いになりたい子がいるの。

  へぇ、それって……。
 私は彼が好きでいると想定できる、例の彼女の席を指でさした。彼は当たりだったようで、また照れながら頭を掻いて、おでこに手をあてながら言った。

 ……皆には、内緒な。笑われたくないからさ。

 私は自分の顎を指でなぞりながら笑って承諾したが、すぐにその笑顔はひきつった。
 駄目だ、私も彼に乗っかってしまう所だった。私は簡単には引っかからない。私は騙せない。私は彼のもとにつかない。

 だが、私は彼の想い人の事を誰にも話す気はなかった。何故だか、そんな彼を今は、おとしめようとは思えなくなったのだ。
 いくら例の彼だって、その時だけは許せることができた。

 ……よろしく、亮君。

 彼はそう言って、笑った。小学生の、何の変哲もない無邪気な笑顔……あれ、おかしいな。私は目を疑った。彼がこんな風に笑う筈、無い。確かに見た気がしたが、少したってから、見間違いだろうという事で、すぐにその事は忘れてしまった。



 もう、高校に入ってからあっという間に時は過ぎ、春間近。吹奏楽のソロの大会が行われ、そこで、彼と会った。彼も私も、すぐに気付いた。

 ……元気そうだな。

 彼は無愛想に、そう言った。私も、少し震えた声で、お前も、と、心のこもっていない声で返した。彼は友達と一緒だった。……友達、いるのか。

 私はすごく親しそうに一緒にいる彼とその友達を見て、少し腹が立った。普通大会に、友達連れてくるだろうか。緊張が増すだけだろう。私はそう心の中で呆れながら、その友達にも挨拶をした。

 ……もうすぐ出番だ。お前にだけは負けないから。

 私は冗談っぽく、(結果を考えれば冗談になるがもちろん本気で)彼にそう言った。彼は、俺も、と言って、笑った。

 そして、私は出番が来たので控室を後にした。ふらふらと、変な汗を流し、冷静を装いながらも、動揺を隠せないまま。

 嘘だ。
 彼が笑った?
 私に向って、悪意なく、優しく。

 彼の笑顔は、振り返った時には、一瞬で過ぎ去ってしまう流星のように、あっという間に消えていた。

 見間違いだ。
 絶対そうだ。
 そんな筈、無い。無い。絶対にそうであってはならない。困る。

 だって、彼は私をいつも馬鹿にしている冷たい男。
 だって、彼は、ちょっとした冗談に笑ったり、友達と戯れるだけで、満足して、楽しそうにするような人ではない。

 そういえば、彼が友達を連れてきたのも珍しい。彼は、「そっち側」の人間じゃない。

 ぐるぐると、彼にまつわる過去が頭の中で一気に蘇ってきた。間違った記憶正しい記憶捏造真実。眩暈がした。
 今まで私が思ってきた彼を否定するようなものばかり浮かんでくる。
 彼を嫌いにならなくてはいけない筈なのに。おかしい。

 スタッフの、私を呼ぶ声でやっと我に返った。


 ……どうなの、あいつ。

 私は終わった後、彼の友達にこっそり聞いてみた。私の声が少しいやらしくなっていたのか、彼の友達は、別に悪い人じゃない、と、まず断固否定をした。

 ……ちょっと無愛想だけど、優しいし、良い人だよ。

 友達は皆、口をそろえてそう言った。

 良い人か。彼が。
 私は騙されているのに気づいていない阿呆な連中が可笑しくて、つい笑ってしまった。

 彼が、イイヒト?あはは、あの彼が。そうか。そうか。彼が。良い人なのかそうか。イイヒト。それはそれは最高だ。めでたい。すばらしい。そうだったら私はこんな苦労はしていない。恨まない憎まない。彼もまた。馬鹿だこいつら馬鹿だ。どうしようもない馬鹿だ。

 その友達の中の一人が、私の不気味な笑いに気づき、冷たい目をした。
 何を思っている?見下すのか?
 どうせ分かっていないのだから、そうやって私を見るのだろう。彼はお前らが思っているような、良い奴じゃない。私はその滑稽さが、また可笑しかった。

 奴の素顔を知ったとき、こいつらはどんな顔をするだろうか……。
 考えただけでぞくぞくする。

 彼は、夜の代名詞的人間。
 闇に生きる獣のように、冷たい氷のような表情と、しなやかで、狼のようにすらりとした体。ぎらぎらと獲物を狙うように光る瞳。細く繊細だが強い指。何か、哀愁がちらつく背中。何ともいえぬ色をした血管が少し見える腕と、大きな手。面長の顔。短いトゲのような、深い黒い色をした髪。人並よりも少し長い首。小さく、かたくきゅっと結んでいる口。鼻筋が通った、高い美しい鼻。地面にある、自分よりも小さいものを全て踏みつくしてしまいそうな、迫力のある長い脚。

 彼には、悪役、という言葉がよく似合う。

 研ぎ澄まされた日本刀のように、白く光り、あるもの全てを切り裂くような、そんな、存在感。



 私は出番を終えて、家に戻ろうとする彼を呼びとめた。彼はきょとんとしてから、すぐに真面目な顔をした。

 ……今日の優勝者は俺だから、文句はナシだからな。

 ……いや、そういう意味じゃないさ。

 私は彼の冗談をすぐに退けた。私は確かめたかった。今はちょうど、夜。もしかしたら本当の彼は、今、ここにあるかもしれない。『あの時』の彼は夜にいた。私は真面目な顔で返した。

 ……お前、今どうしている?

 彼は少しふっと笑ってから、にたりとして、答えた。

 ……お前は俺に、何て言って答えて欲しいの?

 私は、見破られたという事からの動揺を必死に隠して、空を見上げながら言った。

 ……俺は、お前の恋の行方が知りたいだけだよ。

 その私の問いに、恥ずかしそうに彼は、はにかんで、私の目を真っ直ぐにじっと見つめた。本当に真っ直ぐだった。逸らせることができない。彼の眼が赤くなり、少しずつ潤んできた。何となく意味を知った。

 ……あいつはもう、いないよ。

 彼の顔がどんどん、元気がなくなっていった。いないというのは、もう、彼女は……。
 そうかそうか。そうなのかそうなのか。私は鼻息が荒くなるのを抑えることが出来なくなっていた。瞳孔がグググと開いていくのが分かる。唇が震える。

 ……可哀想に。だから、夜に出歩くようになったんだ?

 図星です、とでもいうように、彼は苦笑いして、頭をかいた。やっぱりあの時会ったのは、こいつだったのだ。あの時の足の痛さがよみがえってきた。

 私を馬鹿にするように笑う彼の笑み、思わず鳥肌が立ちそうな位に冷たい表情。その事実をかき消すように、夜空を駆けた流れ星。

 悪魔は苦しんでいる。私が苦しんでいたように、いや、それ以上に。彼は苦しんでいる。あの彼が。絶対で完全の彼が。失った。無くした。大切なものを運に消されてしまった。
 嬉しい。嬉しい。笑うな。抑えろ。帰ったら、笑おう。大声で。万歳するか?祝福を。彼の不幸に。彼のこの横顔に。

 ……亮君。

 彼が何か言おうとしていたところで、夜空に何かが光った。

 ああ、流れ星だ。

 真っ暗な空を、すごい速さで端から端へ渡って行く。
 願い事を言わなくては。
 いや、言ったら聞かれてしまう。私は思わず冷や汗が出るくらいに興奮しながら、喜びで震える体を抑えて、心の中で願いを叫んだ。流れ星を追う目以外の機能はすべて消え去った。

 悪魔よ、消えろ。消えろ。消えろ……。

 言い終わったところで、流れ星は消えた。
 突如、不自然に信号のない交差点が現れた。
 長い長い横断歩道。人通りの無い暗い横断歩道。

 ここだ。
 きっとここで、この悪者は、悪魔は、消えるのだ。

 流れ星は悪魔以上に絶対なのだから。やつも逆らえないのだから。

 きっとここに車がすごい勢いで突っ込んできて、奴の全てを呑み込み、引き裂く。最高の、孤独の刑場で一人。そうなったら私は笑いながら逃げてやろうか。私は思わず、笑い声が口から漏れてしまった。はぁはは、ふひは、ひぁぁああははは。

 静寂な夜の町が、その人間とは思えない声の不気味さを際立たせた。私はそんなのお構いなしだった。笑えばいい。今は浮かれていい。最後なのだから。悪魔の表情は硬かった。

 交差点の所まで来た。
 奴は、何も言わない。
 何も言わずに、車が来ないかどうか、お利口さんに右・左・右をした。そして、さっき言いかけていた言葉の続きを言った。また、まっすぐ前を見ていた。私の方じゃなく、横断歩道の、先を、とある一点を。

 ……お前はずっと俺の存在に振り回されていた。俺が在ることで、お前が、在る事はなかった。可哀想に。

 私は思わず顔をしかめた。

 どういうことだ?

 お前に振り回されていただと?絶対にそんな事はない。自惚れだ。馬鹿なのではないか。本当、分かっていない。可哀想にと言う前に、お前は私を嫌っている筈だ。同情か?お前が、かわいそうだ。私と今、このタイミングで歩いていて、私なんかに無残であろう最期を見られて。

 遠くから猛スピードで走ってくる車の音がかすかに聞こえた。

 ふふ、あと、少しだ。
 悪魔の最期の時が、刻々と近づいているに違いない。
 私の希望の光かのように突然現れた流れ星が頭の中によみがえる。私の勝利は、近い。

 ……どうだろう?

 私は、彼の言葉にわざとらしくとぼけてみせた。彼の心情を探るつもりだったが、暗くて、奴の表情はよく見えない。少しの沈黙の後に、彼はまた重たい口を開いた。

 ……俺は昔、亮君と会ったとき、良い奴だなって、思っていた。楽しそうに遊んでいたり、本読んでいたり。自分の好きなこと見つけて、一生懸命で。……でもさ、何か、変わっちゃった気がする。俺はそれがちょっと、気になって。

 意外と、彼の声は優しかった。余裕だな。私は、ふうん、と適当に答えて、下を向いた。指で鼻頭をいじりながら、右足で地面をこすった。

 そうか。

 私が彼を憎んでいたのは、ただ憧れていたからだったのかもしれない。

 あの足の痛さも、彼が踏んだのではなく、彼に気を取られていたその時にほかの人に踏まれたからなのかもしれない。

 完璧すぎて怖かった。

 恐怖心は、ただ、それだけの事だったのだ。私の弱い心。私の身勝手で、醜い心。自分の負けを認めたくなくて、ただ、嫌っていただけのこと。私は恥ずかしくなって、笑われたくなくて、上着の裾を引っ張りながらふらふらと早歩きで前に進んだ。彼を追い抜いた。彼は後ろから、きょとんとした顔で黙ってそれを見ていた。

 私の負けだった。私は確かに、彼に振り回されていた可哀想な男だったのだ。彼は知っていたのだ。分かっていたのだ。でも、流れ星には逆らえない。私は勝つのだ。ズルだが、それでも私は彼を越えたい。

 ……ねえ。待ってよ。

 珍しく必死な声で、彼が呼び止めた。
 私は彼から少し離れたところで、振り向かずに止まった。緊張で手が震える。冷や汗がおでこでにじむ。体が重く感じる。冷や汗が出る。歯のガチガチが私の舌を狙う。

 ……さっき、流れ星が、降ってきたよね。

 それが何なのだ。私は今更かと呆れて、黙っていた。遠くの方の地面が、赤色と黄色の眩しい光で輝いていた。足がひくひくとなって、動けなくなっていた。

 ……俺は、醜いものが嫌いだ。亮君みたいな、ね。

 彼の言葉の直後、その光は、地面を削るにぶい高音と低音とともに、私の目の前にあった。

 ……願い事、したよ。消えれば良いのに、って。最高の刑場も用意してもらった。

 私は爆音とともに訪れた激しい痛みと、オーバーヒートした体を転がして、真っ白になった目の前の世界を睨みながら必死で彼の言葉を聞いた。

 地面に広がる、自分の命を作る赤いモノのどろどろとした感触を感覚が麻痺した手で握りつぶしながら、私は、確かに、遠ざかる意識の中で彼の満足気な笑い声を聞き逃さなかった。

 自分が大好きだった彼女の死を知り、笑っていた、幸福を見出した、悪魔の魂の抜け殻を指差して、遠ざかって消えていく光と音を感じながら、あわれ、あわれと笑っていた。


 悪魔に天罰を。
 流れ星はタダシイ選択をした。


 長い長い横断歩道の先に、懐かしい彼女の笑顔があった。














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