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39.from the end








ドクン…




ドクン…




規則正しい心音。
耳の奥に優しく響く。

この音を知っている。
まるで母親のお腹の中にいた頃のような、
羊水の記憶。

丸まって、ただただその優しい音を聞いていた。




ドクン…




ドクン…




息をする事さえ忘れてしまう。
この温もりにずっと触れていたい。
ずっとこのまま…

丸まっていた掌に力を入れる。
まだ起こされたくないと駄々をゴネる子供の様に。
体を丸め温もりにうずくまる。

ふと、何か暖かなモノに頬を撫でられた。
まだ寝ていたいのに…
一体誰だ?




―――起きなさい…スバル





優しい声が耳を擽る。
この声、どこかで聞いたことがある。
幼い頃、そう…あの人の声によく似ている。




―――まだ眠っちゃダメよ…




酷いな。
もう疲れたんだ…安心してゆっくり眠りたいのに。




―――アナタにはやらなければならないことがあるでしょう?

アナタにしか出来ないことが…




俺にしかできないこと?
そんなモノないよ。
俺は一族の中で落ちこぼれだ。
なんも取り柄がないし、いつも…守られてばかりだ…。




―――ならば、今度はアナタが守りなさい?




俺が…?
できないよ、俺なんかに…




―――アナタは私達の誇り、最期の末裔

立ち上がりなさい、アナタは独りではないのでしょう?




独りじゃ……

あぁそうだ、セフィロスを助けなきゃ。
あの人は今独りで怯えている。
前の見えない現実に絶望している。
…行かなきゃ、今は俺しかあの人の元には行けない。


ゆっくりと重い瞼を開く。
日射しのような光りが眩しい。
手で覆い隠しスバルは身体を上げた。
そうだ、寝ている暇はない。
俺には、俺にしかできない事がある。





誇り――――





もしさっきの声が母さんなのであれば、
胸の奥にあった古びた頑丈な足枷は綺麗とまではいかないが外れることになるだろう。

長年背負ってきた落ちこぼれの肩書き。
確かに他の陰陽師より力は劣るかもしれない。
霊力だってずば抜けているわけでもない。
でもただ一つ、俺には違うものがある。

それは、“仲間”がいるということ。




『母さん…もう迷わない、俺は俺の信じる道を歩む。だから見ていて下さい、…』




脚に力を入れ立ち上がった。
何も無い真っ白な空間は徐々に色付き緑に輝き始め。幾重にも宙を硝子が浮遊する小さな浮遊神殿に変化した。
見渡す限り何もないシンプルな外装。
その階段で一人の男性が俯き座っていた。

ねぇ、そんなにあなたは絶望に打ちひしがれてしまったの?




『これは……』




スバルは彼の隣に座り緑に輝く空を見上げた。
空の硝子には彼の記憶の欠片が映し出される。

アナタは何を怯えているの?
アナタは突き付けられた現実に絶望してしまったの?
だからみんなを敵としか思えないの?
…ねぇ、前が見えなくなってしまったの?

俯き瞳に輝きを失った様は誰が英雄と歌うことができるだろう。
彼は英雄である前に一人の人間だ。
一人の弱い青年だ。
今まで寄り添い戦ってきた心を許せる唯一の仲間が相継いで天に召され、気持ちを閉じこめ耐えてきた彼に更なる悲劇が舞い降りた。
もしこの世に神がいるのならば、彼に一体何を望んでいるのだろう?
こんな酷な話があってなるものか。

神はその人間が耐えきれる程の試練を与えるという。ならば、彼はこの試練に耐えきれるというのか?

どちらにせよ、今俺にできることはただ一つ。
この人に光を与えなければ……




『…だけどもう終わりが来る
  突き刺さる、笑顔も消えた
  明日を嘆きいま何処へ
  向かうのかも解らないまま
  歩きつづけ泣きつづけ
  何も変わらないけど…

  枯れ落ちるあの日の赤
  焼き尽くす炎もまた歩く

  護るために血は流れ、護るために殺し合っている
  そんな日々が続いてた
  終わらないと思っていた…

  Through to the end from now,
  take by your hand, gaze into Last rays.
  If I can be reincarnation,
  if the day will come when find your again.
  I wish to talk by this hand once again.

  終わりを投げかけて消えた
  澄み渡る蒼い空
  強い光、闇を焦がし
  僕らは消えてしまった
  手を重ねたふたつの影だけが
  今でも其処に
  絶え間ない祈り時を超えて
  叶わなかった願いは…

  護るために血は流れ、護るために殺し合っている
  叫び続け泣き続け
  何も変えられなくとも

  二度と来ない…明日を願う』




透き通った声。
スバルは一つ一つ吟味しながら歌う。
拭えるのなら拭いたい傷。
長年に渡り深くなっていった傷は簡単には染み渡るかさえわからないけど。
浸透して少しでも軽くなるのならいくらでも俺は歌うよ。

きっと君に届くと信じて…




















どれだけたった頃だろうか。
ふわり、綺麗な羽根が中を舞う。


ゆらゆらと舞い落ちる羽根を見つめていると同じ色に染まった翼に身体を包まれた。




『何寝てんだよ…ズルいぞ』

「…良い歌だな」

『これはね、悲しいことが終わるように、そう願った唄…かな』

「悪くない」

『なんで上から目線かなー…』




ゆらゆらと羽根が揺れ頬をくすぐり、ちょっとくすぐったい。
アナタはきっと色を気にするかもしれないが、綺麗な翼を授かったんだね…。




「俺は、死んだのか?」

『それは星のみぞ知る、かな』

「そうか…」




ゆっくりと音を立てて宙に浮かぶ硝子、神殿が崩れ落ちる。
もう、記憶の中に居る必要がなくなったってことかな?




『セフィロス…』




緩やかに首を動かしスバルは穏やかに微笑む。
セフィロスは一瞬戸惑うも視線を合わせ。
口元を少し上げた。




『お帰りなさい』

「……ああ」




キイィィィィィンッ――――


突如緑の空間に亀裂が入り頭上に光が差し込む。
神殿は崩れ落ち、緑に輝くライフストリームがまるでもうここは必要ないだろうと二人を光へ導く。
セフィロスに抱かれ、二人はその光へ飛び込みこの非現実的な世界を後にした。




『さぁ、帰ろう…俺達の進む道へ』




ジェノバの首の行く末は不明。
だが、今はそれでいいと思えた。
それよりも先にやらなければならないこと、きっとあると思えたから。




end

添え付け歌詞:from the end / lynch.







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あきゅろす。
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