[携帯モード] [URL送信]
29.fullter cherry




『戌の刻、陰陽の長も出席すべし…か』





神羅からの攻防線が続くさなか、やっとおさまりかけた頃、ウータイの長から命令が下った。

長の命令は絶対。

陰陽の長ごときが口出しや指図することは出来ない。
内容は戌の刻に正装をした後貴族の娯楽会合に出席しろとのことだ。

…手紙の内容や流れから察しどうして出席しなければならないか大体は検討がつく。




『陰陽もナメられたもんだな…』




スバルは規約事項を書かれた紙をクシャリと丸めると手の平から炎を出し消し炭と化した。

戌の刻まで一刻半。




(…仕方ない)








『…マオ、湯の準備を。トラ、袈裟と舞の衣を』





静まり返る部屋に響く声。
姿は見えずとも3人は近くに必ずいる。
これは昔から変わらぬこと。

立ち上がり長く垂らした服を翻す。すると以前よりも白く青みがかった髪が揺れた。
ラヴォスに、魔晄に侵された身体はスバルを蝕んだ。
髪を浸食し瞳の色をあの憎い敵達の色へと染めたのだ。





『定め……か…』





誰にも聞き取られない声は悲しく部屋の空間へと響いた。









































キラキラと煌めく宝石をじゃらじゃらと身に纏う少々ふくよかな女性や燕尾服をピシリと身に纏い白い手袋を嵌め立派な髭を生やす清楚なる男性がグラスを片手にオーケストラの演奏をバックにし談笑する声。
香水が取り巻き天井からは巨大なシャンデリアが吊され華やかかつ豪華な料理がテーブルへと並べられ幾人ものウェイターがシャンパンの乗ったトレーを片手に令嬢や淑女へと応対する世間とは掛け離れた空間。

…間違っても招待されないであろう空間に彼らは二人佇んでいた。




「スゲー…なんか童話とかの世界に来たみたいだ」

「まぁね、貴族達の娯楽も兼ねての催しだから普通のパーティーとは桁違い過ぎるわ」





ザックスもミッションで潜入捜査は何度も熟してきたがこの規模は初めてのことであった。
お蔭様、着慣れないタキシードに身を包み髪を固め正装を着るはめになったのだ。





「意外と似合ってるわよザックス」

「…なんか嬉しくねー」





女性らしいミニドレスを身に纏う彼女は予想通りの答えにクスクスと笑いを零した。





「ターゲットはなんとなく目星がついているの。あそこ…ダークブラウンのスーツに葉巻を加えてる中年の男性…間違いなく彼がキーマンね」

「さすがタークスは仕事が速いな」

「仕事ですから」





シスネはウェイターからシャンパングラスを一つ手に取るとウィンクしその場から去って行った。
目的の先にはターゲット…ではなく、ターゲットの補佐をしている幹部の元へと歩み寄り話を始めた。
場数を踏んで来なければ出来ない対応策…その迅速かつ確実にターゲットの情報を掘り出す能力はさすがと言えよう。




「さて、俺はどうするかな…」




さすがに何もせずに佇んでいれば周りに怪しまれる。
情報収集も男性からもぎ取るには些か部が悪い。こういう華やかな場所では女性の色香が優位だ。
それに彼女の計画を邪魔するにはいかず今回は出る幕でもなさそうだ。





「パーティーねぇ…」





ザックスはテーブルに羅列された料理に目も暮れず、ウェイターからワイングラスを一つ貰うと壁へもたれ掛かり広間を一瞥した。

華美な空間。
しかしザックスの心はそんな華やかかつ陽気な気分とは程遠い色に染まったままだ。

親友であるアンジールを亡くした今、浮かれることなど出来るはずがなかった。




(シスネが気を使ってくれてるのはわかるんだけどな……)




暗い闇の中から這い上がるのは容易ではない。
気付けば一人俯き、ワイングラスの中に広がる赤を見詰めていた。




















………………………リン………
















…………………リン…

















こだまする鈴の音。

オーケストラの演奏や談笑の声が一気に静まり、人々の視線はただ一点に降り注がれる。






…………リン……






「月下…舞いおりたる憐れなトリ、とくと御覧あれ」




マイクにて男性の声が広間中に響いた。
すると照明が全て落とされ暗闇の中一人の少年の姿が浮き出た。

金色の屏風を背にそれは身体から柔らかな光を発し、身纏い、周りに蛍のような光を連れて現れた。




「…嘘、だろ」




狐の仮面を付け手元に扇を持ちゆっくりと滑らかかつしなやかに舞う姿。
それは間違いなく自分が今一番会いたい人物。


ひらりひらりと花びらが舞うように舞うその様は扇についた鈴の音のみの異様な奏の中不思議と惹きつけられる力があった。




(綺麗……)




ウータイは民族としても独特の文化や美的意識があったが目の当たりにする機会など極稀だ。
いわれるまでもなく皆、魅了されていた。














…スバル………








お前がいなくなってからいろいろあったよ……









アンジールが死んで、ソルジャークラスが1stになって、それで…それで…


















―――…ホント、ザックスは泣き虫だな










「!!」






暗闇の中舞い続けるスバルからの声が聞こえた。
舞台から軽く150mはあるこの距離からして直接話すことは不可能。これはきっとスバルの不思議な力だ。








―――久しぶりに会えたな…






スバル…







―――…だから泣くなって







泣いてないし!!!







―――瞳じゃない…心が、泣いてるんだよ…








……っ!!
















リンっ、

鈴の音が一際大きく鳴り響く。
するとそれと共に広間が暖かな優しい風に包まれその風に乗るかのように彼の身体は浮き…唄を紡ぎだした。

その声は軌跡の声…癒えてるモノを癒す声。

柔らかく、優しく、儚く、切なく…哀らしく












――…なぁ……スバル…俺はどうすればいい








俺は、どうすれば……















唄の節目。
広間内の全員の視線を引き付けたままスバルは足元から現れた薄桃色の花びらに溶け舞い上がる中姿を消した。

消えた後にはひらひらと花びらが舞う。

それは幻想的な景色のよう…


一秒ともたたぬ瞬間、
スバルはザックスの手前へ舞い降り彼を抱きしめると再び花びらと共に消えていった。










それはまさに神隠しの如く…



end

[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!