ダイヤ・錻力の小説
逆行した降谷暁in桐湘5
西東京地区代表の青道高校のエースとしてセンバツのマウンドに立ったはずの僕、降谷暁はレフトに下がった途端に気が遠くなって、気づいたら北海道の自宅にいておまけに何故か中三に戻っていた。
この現象の原因はわからないし状況を説明しようとしても誰も分かってくれないけど、どうやらSFとかでよくある逆行というものをしちゃったらしい。
二周目だろうがなんだろうが、やるべきことは決まっている。
チームのために精一杯投げ、チームを勝利に導く。
それはインフルエンザで青道受験を棒に振り、第二希望の神奈川県立桐湘高校に入学した今でも変わらないはずだ。
入部早々に行われた上級生対一年生の紅白戦の二番手として登板し、先輩達を二イニング無失点に抑えた僕は春季大会から背番号20を背負い、三回戦で一度先発を経験し、打点も稼ぎ、着実に経験を積んでいる。
はやいもので、チームはもう春の神奈川県大会準々決勝まで駒を進めた。
対戦相手は豪腕投手の蛮堂さんを擁する蔡理高校。
【春季大会準々決勝・桐湘対蔡理】
保土ヶ谷球場で行われる準々決勝のオーダーは今までと変更になっていた。
一番ライト 児島壮太(2年)
二番ショート 柊瞠(2年)
三番センター 清作雄(1年)
四番サード 弐識敏(2年)
五番レフト 頭木武志(3年)
六番キャッチャー 宇城丈吾(3年)
七番ファースト 安保力矢(3年)
八番セカンド 楠瀬強(2年)
九番ピッチャー 之路拓人(3年)
予選二試合でホームラン二本打っている清作くんを七番から三番に抜擢、逆に結果を残していない安保センパイを七番に降格というオーダー。
蔡理のエース蛮堂さんは三試合連続完封でチームもコールドゲームを続けている強敵なので調子のいい者を積極的に使っていこうということらしい。
「之路拓人、彼女はいるか?」
蔡理のエース、蛮堂さんが之路主将に話しかけてきた。
「いない」
ふーん。之路主将は美形だけど彼女はいないらしい。
練習が忙しくて彼女作る暇がないだけかもしれないけど。
「ならばキサマはここで散る運命だ。桃ちゃんの愛の補食によってつくられたこの体の前に敗れ去るがいい」
桃ちゃんというのは蔡理の記録員でベンチ入りしている女子マネージャーのことだ。
四回戦の最中も桃ちゃん桃ちゃんとマウンドでうるさく吠えまくっていたのを観戦して見ているから、蛮堂さんがそのマネージャーさんのことを好きなんだなということは恋愛に疎い僕でも分かる。
「蛮堂・・・・」
之路主将が困惑している。
それはそうだ。
蛮堂さんの話は奇想天外すぎてリアクションに困る。
マネージャーさんがおにぎりとか補食を作ってくれるのはマネージャー業の仕事としてやっていることで、それを愛の補食とか言うのは意味が分からない。
「意味わかんねえこと言ってんじゃねえ。アンタは俺が叩いてやるよ。ホームラン打ってな」
マウンド以外ではおとなしい主将に代わって清作くんが宣戦布告するとなぜか蛮堂さんはおとがめなしで清作くんだけ審判に怒られた。
声が大きいから目立つんだろうか。
「アンタも見てろよ蔡理の四番。どっちが四番として上か、この試合でハッキリ・・・・」
清作くんは審判にまた怒られ、弐織センパイに殴られ、発言を強制終了させられた。
「チームを引っ張っているのはエースの三年蛮堂睦。ストレートで打者をねじ伏せて前に飛んだ打球もほとんどない」
ベンチでの喜多センパイの解説に僕は俄然やる気になってオーラを燃やした。
怪物と言われていた一周目の僕でも結構点取られているけど、蛮堂さんは今大会無失点だから、神奈川以外では無名だけどすごい人だ。
球の速さだけなら選抜で151キロ出した時の僕と互角だろうか。
今の僕は球速だけなら出せば出ないこともないかもしれないけど、150キロを狙ったらたぶん四死球がすごいことになりそうだ。
一回表、桐湘の攻撃。
一番児島センパイは過去4試合で18打数7安打8盗塁と優秀なトップバッター。
でもストレートに手が出ずに見逃し三振。
マシンを使って練習しただけでなく僕と之路主将がバッティングピッチャーもして対策は万全だったはずなのにおかしいなあ。
二番柊センパイはショートライナー。
次は三番センター清作くん。
「ホームラン狙え〜!!」
「ぶちかませよ〜〜!!」
観客の声援がものすごい。
いつの間にかファンが大勢できたみたいだ。
もともとシニアでも有名だったそうだし、一年生ですでに二本塁打打っているから目立つんだろうな。
「ビーケアフル、サクちゃん。奴のパワーは並じゃない。まだ手がシビれているくらいだ」
柊センパイが手を擦りながら言った。
「クソ天然、アイツをシバキたいのはお前だけじゃねえ。俺に打席回さねえとシメるからな」
柊センパイと弐織センパイの言葉に送り出された清作くんは、愛は無敵と叫ぶ蛮堂さんの前にピッチャーライナーに倒れた。
清作くんは蛮堂さんに何か言われて睨んでいる。
「初回に点取れなかったのは春季大会五試合目で初だよな」
「しかもたった五球でスリーアウト・・・」
伊奈くんと栗原くんが心配そうに言った。
見たところ、コントロールはそこまでよくないようだからボール球は振らない、くさいところはカットする小湊センパイ方式が有効そうだけど、僕より球が重いみたいだからカットするだけでも手がしびれちゃうかもしれない。
秋大会決勝の川上センパイみたいに手がしびれて感覚なくなるのも困る。
どうしたらいいかな。
「桃ちゃん見てくれたか?」
「ナイスリード、山脇くん!」
どうやら蛮堂さんの桃ちゃんさんに対する気持ちは一方通行みたいで、蔡理のしっかり者のマネージャーはよく通る声でキャッチャーを誉めている。
相手のベンチの声が桐湘のベンチにまで聞こえるってのもすごいけど。
でも之路主将も負けずに先頭バッターを三振、二番バッターをサードゴロに仕留め、三番バッターも抑えてみせた。
二回表、四番の弐織センパイがセンターフライに倒れ、打席から帰ってくると栗原くんや伊奈くんがもう少しとか惜しかったとか声をかけるなか、
「アイツの球をあそこまで飛ばすなんてもしかして弐織センパイ彼女いるんスか?」
って清作くんが聞いて
「愛の力とか真に受けんな。いねえの知ってて言ってんならシメるぞ」
と弐織センパイに拳骨を食らう場面も見られた。
この回は五番、六番もあっさり凡退し、チェンジ。
二回裏、四番蓬莱さんはセンターオーバーのツーベース。
五番の蛮堂さんがバント、六番キャッチャーの山脇さんがスクイズを決め、蔡理が先制点を取った。
三回表、桐湘の攻撃は、七番八番があっさり凡退。
先制点を取られた之路主将は責任を感じていたらしい。
バッティングは苦手な人だし、九番だけどなんとか出塁しようとして内野ゴロを打ったら走塁で足を痛めてしまった。
僕も一周目の秋大会でやったことあるけど一塁ベースを変な角度で踏むと走塁で怪我するんだよね。
「・・・喜多君、投球練習お願いします」
監督の指示で喜多センパイが背番号16の控えキャッチャーのセンパイと急遽ブルペンで投球練習を始めた。
三回裏、蔡理は八番からの攻撃。
足を痛めてしまった之路主将の球は明らかに球威が落ちている。
八番は弐織センパイのファインプレーでサードライナー、九番はキャッチャーゴロ、一番は気迫で三振に仕留めたけど今までの之路主将の球を見た人なら誰しもおかしいと気づく状態とあっては投手交代もやむ無しと言えた。
「ナイスピッチングです。之路君、今ブルペンで喜多君に肩をつくってもらっています」
気力だけで無失点に抑えてベンチに戻った之路主将に監督が声をかけると之路主将は静かに言った。
「交代ですか?足なら大丈夫です」
「責任感が強いのは結構ですけど、一人で何とかしようだなんて思い上がらないでください。それじゃあまるで清作君みたいですよ。之路君も皆を信じて頼って下さい、弱みを見せるのは恥ずかしいことじゃありませんよ。チームなんですから」
リードを許したままマウンドを下りられないと悲壮な顔つきの之路主将を監督が優しく諭すと之路主将はやっと納得したようだった。
四回表、三回までパーフェクトに押さえられている桐湘は円陣を組んだ。
「皆、足超痛い。後は頼んだ。まずは一点!!逆転するぞ!!」
三年生はすごく大人っぽく見えることが多いんだけど、超痛いとかいう言葉使いを聞くと、センパイも普通の現代っ子なんだなと思う。
先頭バッターの児島センパイがデッドボールで出塁すると大きなリードで牽制球を誘い、それが悪送球となってランナー二塁。
柊センパイが見事な送りバントでワンアウトランナー三塁。
三番清作くんは何を思ったか
「桃ちゃんさん、愛してま〜す!!」
と叫びながら打ってショートライナー。
いったい何をしたかったんだ・・・・?
「之路主将より球のスピード上ですけど、之路主将と同じでストレートしか投げれないスよー!! 」
凡退してベンチに戻ってきた清作くんが弐織センパイに声援を送っているけど、これじゃ之路主将をディスっているようにしか聞こえない。
僕は之路主将がかわいそうになってフォローしようと口を開いた。
「之路主将はスライダーも投げられるよ。あまり曲がらないから、僕場外ホームラン打ったけど」
之路主将をふと見ると何故かうつむいてプルプルしている。
怪我した足が痛いのかもしれない。
「之路主将、大丈夫ですか」
心配して聞いた僕の耳は、チームメイトの
「天然こええ」という声を拾っていた。
うん、たしかに清作くんの天然発言はこわいよね、僕もそう思う。
まさか桐湘のチームメイトに自分が天然と思われていようとは知るよしもない。
弐織センパイは初球ストレートをファール、二球目は変化球を空振り。
蛮堂さんはこの試合変化球を投げたのは初めてだ。
「今の球は・・・・」
「スプリットか?フォーク程の落差はないがスピードがあって腕の振りもストレートと同じ、厄介な球だな」
之路主将が顔を上げて言った。
まだ一球しか見ていないから初めてみる蛮堂さんのスプリットの軌道に慣れてないかもしれない。
でも。
「弐織センパイ、僕のスプリットと縦スラを練習でさんざん打ってるから打てるんじゃないですか?」
「俺にはまだ投げたことないよな・・・・」
清作くんが歯ぎしりして睨んできたけど、弐織センパイに打ちたいって言われたら先輩命令には逆らえない。
監督や主将が球数制限してくれているので
弐織センパイに投げたら他の人にはちょっとしか投げてあげられないため、清作くんにはまだ投げていない。
大会中だからスタメン、特にクリーンナップ優先だし、今日初めてクリーンナップの清作くんは今まで優先順位が低かったからしょうがない。
「二球続けてスプリット!」
態勢を崩されながらも三塁線へファール。
蛮堂さんが蔡理のベンチに向かって帽子を取って頭を下げてる。
たぶん、ベンチの指示に逆らうことをしようとしているんだろうな。
結果はレフトフェンス直撃のタイムリー二塁打。
三塁ランナー児島センパイは打球をみながらゆうゆうホームイン。
「さすが四番!弐織先輩!!」
「あの投手ランナー背負うと脆いすよー!!ギョロ・・・頭木先輩!!」
頭木センパイは初球打ちで見事な逆転タイムリーで二点目が入る。
六番宇城センパイが空振り三振でこの回は二点どまりに終わった。
四回裏からは之路主将に代わって喜多センパイがマウンドへ。
「頼んだぞ、喜多」
「はい、之路主将」
之路主将は手すりに掴まって身を乗り出して声をかけている。
「蔡理の攻撃は二番から。四番の蓬莱まで回るからな、気合い入れてけよ」
弐織センパイも声かけている。
「分かってる」
キリッとした顔で答える喜多センパイに女子の声援が多数送られている。
「之路主将の時より女子の声援が大きい」
栗原くんの呟きを気にしている様子の主将を気遣って僕は声をかけた。
「女子の人気は気にしない方がいいですよ。イケメンがモテるのは当たり前だし」
喜多センパイ、イケメンだからなあ。
之路主将もハンサムだけど喜多センパイと比べたら少し落ちるから仕方ない。
「あれで慰めてるつもりなのか・・・?」
言ってるそばから初球のスライダーを引っかけた二番ライト宮野さんをショートゴロに打ち取る喜多センパイ。
「ナイス柊!」
「イヤァオ!!」
喜多センパイの声かけに応える柊センパイは気分よさそうだ。
「何だか之路主将の時よりのびのびしてますね」
栗原くんが僕も思っていたことを言う。
春っちが沢村の後ろを守ってて楽しいとか言ったアレと同じだよね。
同じ打たせて取るタイプだからなのか投球のテンポの問題なのか、タイプが違う僕にはよくわからないけど。
「速球派はどうしても球数増えるから。守る側からすると打たせて取るタイプの方が守ってて楽しいのかな」
守ってて楽しいとか言われたことない僕は同じ立場の之路主将の方を弁護したくなって言ってみる。
「それもあるだろうけど、之路主将より投球が丁寧だからかなぁ」
うっ・・・・。
たしかに喜多センパイは三番ファースト杉山さんにも丁寧にコーナーをついてるけどね。
でもそんな之路主将が雑みたいな言い方をしなくても・・・。
まあ栄春戦でひたすらど真ん中へ投げ続けていたのは擁護出来ないけど。
「一年生、天然多すぎだろ・・・・・・」
栗原くんの天然ぶりに先輩達も困惑を隠せない様子で嘆いた。
追い込んでからクイックモーションで投げたカーブで三番打者を空振り三振。
これで恐い四番をランナーなしで迎えることが出来た。
しかし、四番蓬莱さんにはソロホームランを打たれ、試合はふり出しに戻った。
だが五番の蛮堂さんをキッチリ抑え、被害は最小限に食い止めた喜多センパイのメンタルは強いと思う。
左腕のアンダースローという希少価値もあって今のところ蓬莱さん以外タイミング合ってないからしばらくは喜多センパイで行けるだろう。
問題はアンダースローは体力を消耗するらしいので体力がどこまでもつか。
二回戦では完投しているけど弱小チームと今大会全てコールド勝ちの強力打線とでは比べ物にならない。
「権田くん、キャッチボール付き合って」
僕が同じ一年生の控えキャッチャーの権田くんをブルペンに連れて行こうとしたら待ったがかかった。
「降谷、まだ早い。お前肩作るの早いしスタミナないんだからベンチでおとなしくしてろ。喜多の後ろはお前しかいないんだ」
待ったをかけたのは之路主将だった。
実際問題投手はいないこともないけど、蔡理の強力打線と渡り合えるのは桐湘では多分之路主将と喜多センパイと僕だけだ。
僕は今までの数少ないリリーフ経験を思い出す。
一イニング限定といわれた秋大会決勝の薬師戦ですら逸る気持ちを抑えきれずに小野センパイに受けてもらって準備してたっけ。
怪我のことを悟られないためには早めに準備しておくのはよかったとは思っているけど。
「お前しかいない・・・・」
僕はじいんと感動していた。
同じ投手でエースの之路主将に言われると重みを感じる。
三年生エースというと丹波センパイのまぶしい頭を思い出すけど。
「・・・・あ」
丹波センパイで思い出した。
コップにドリンク注いで渡してくれたっけ。
立ったついでに紙コップ取って7分目くらいまで注ぎ、之路主将に渡す。
「どうした、急に」
足が痛くて自由に汲みにいけない之路主将は全部飲んでから言った。
「ベンチにいる時にやること、教えてくれたセンパイのこと思い出したので、ちょっと」
そんなことやってる間に五回表、七番からの攻撃は三者連続三振で終わった。
蛮堂さんはマウンドでもベンチに戻ってからも、桃ちゃん桃ちゃんと吼えまくっている。
「喉裂けちまえ馬鹿野郎」
と悪態をついた弐織センパイが喜多センパイに
「喜多、女の声に振り回されてる奴に負けんなよ」
って発破かけた瞬間、喜多センパイに女子の声援が溢れんばかりに降ってきた。
二年生の先輩達がそのことで微妙な雰囲気になりかけたのを見て、之路主将が言った。
「・・・皆、試合に集中しろよ」
その一声で最敬礼して主将に詫びる二年生達を見ると僕はエースではあったけどこういう猛獣使いのスキルはないなあと思う。
主将の御幸センパイが沢村にタメ口使われていたくらいだから、青道の主将は猛獣使い能力とか人心掌握はあまり期待されてなかったのかもしれないけど。
五回裏、六番からの攻撃は三人でピシャリと締め、同点のまま六回表の攻撃を迎える桐湘はベンチ前で円陣を組んだ。
「今まではコールド勝ちしているため長いイニングを投げきるスタミナがあるかは未知数ですが、球威が落ちる可能性はあります。 元々コントロールには難のある投手ですから、じっくり待って球数を投げさせていきましょう」
久澄監督の指示に聞き入る桐湘ナイン。
ここまでの三試合の球数は5回65球、7回81球、5回72球。
蛮堂さんの覇王みたいな体型の筋肉で投げる投球スタイルは独特だけど速球派はどうしても球数がかさむし、僕のようにスタミナロールとか考えて投げるタイプでもない。
つけいるすきはある、はず。
「蛮堂ブッ潰すぞ!!」
弐織センパイの怒号に応える桐湘ナイン。
御幸センパイが怪我して倉持センパイがキャプテン代理をした時もそうだったけど仕切る人が変わるとチームカラーもガラッと変わるんだよね。
之路主将が仕切っていた時より確実にガラが悪くなっている。
一番児島センパイは七球ねばって最後は見逃し三振。
「どんまいコジ、ナイス粘り。だがやはり愛の力無くして奴は打てないようだな」
柊センパイがあんまり奇妙な日本語使わないだと?
大丈夫かなと思ったら弐織センパイが言った。
「お前彼女いるんだったなくたばれ」
「シャラップ脳筋!!」
あ、いつも通りだ。
弐織センパイすごい。
一般的には右投手には左打席の方が有利と言われているけどスイッチヒッターの柊センパイは何を思ってか右打席に入る。
流し打ちで一塁線にファール。
蛮堂さんの重い球をファールするだけでも力がいるから、かな。
それか、さっきの打席でショートライナーをファインプレーされてるから左打席で流し打ちするのを嫌って右打席に立ったのか。
結果はセカンドゴロ、ヘッドスライディングでセーフ、ワンナウトランナー一塁。
「サクちゃん、テイクミーホーム!!」
「おいクソ天然、蛮堂はランナーを背負うと崩れるし球威も落ちる。勝ち越しのチャンスだ」
柊センパイと弐織センパイの激励を受けて打席に入るのは三番清作くん。
「しゃあ来いオラァ」
清作くんの気合もじゅうぶん。
「リピートアフターミー!カモナウ!」
「かもなう!」
「言わなくていいんだバカ野郎!!」
自分の出てない試合なんて興味ない、つまんないと思っていた昔の自分に教えてあげたい。
試合は出るのが面白いのは当然だけど、見るのも面白いよって。
僕、表情筋はあまり仕事しないけどさっきから腹筋がつりそう。
さて、清作くんは初球ストレートをファール、二球目インローの厳しいボールを空振り、三球目スプリットをファール、四球目もファール。
何を思ったかベンチやスタンドをきょろきょろしている。
「コラァクソ天然、余計なことゴチャゴチャ考えてんじゃねーぞ。テメーのスイングに集中しろ」
弐織センパイに叱られ、背すじをスッと伸ばした清作くん。
あ、今のフォームいい。
「弐織センパイ愛してまーす!!」
ライト線へヒット。
さっきの打席では桃ちゃんさんに愛してますって言ってなかったっけ?
たまに宇宙すぎて清作くんにはついていけない時があるけどこれでランナー一、三塁。
次の打者は四番弐織センパイ。
今日は1打席目にセンターフライ、2打席目はレフトフェンス直撃のツーベースを打っている。
ここで蔡理は蛮堂さんをライトへ下げ、ショートの蓬莱さんがピッチャー、ライトの宮野さんがショートというシートの変更をしてきた。
初球インハイにストレートはストライク、二球目アウトコースに緩いカーブはボール。三球目アウトローにボール。四球目インハイに速球はファール。五球目アウトコースはボール。
フルカウントからの六球目インハイの速球を右中間へ打ち返し、ライト蛮堂さんからの返球がそれる間に二人生還、四対二。
元のポジションに戻した蔡理。
五番頭木センパイはフォアボールを選ぶも、二者連続空振り三振でこの回二点どまり。
六回裏蔡理の攻撃は九番セカンド須長さんがヒットで出塁、一番サード金崎さんがサードゴロの間にランナー進塁でワンナウト二塁、二番ライト宮野さん、三番ファースト杉山さんが粘って連続フォアボールで満塁。
ここで迎えるバッターは四番ショート蓬莱さん。
喜多センパイは力んでいるらしくストレートがシュート回転する悪いくせがでているらしい。
地球が滅亡するかのような悲壮な顔つきで投げている喜多センパイを心配して監督が伝令を送り、タイムを取ったけどあまり変わらないみたいで僕はたまらずブルペンに行こうとしたけどまたも之路主将に止められた。
「だめだ。六回、まだ二巡目だぞ。喜多にはまだ投げてもらわなきゃ困る」
ベンチを気にしてしきりに視線を送ってくる喜多センパイは僕がまだブルペンに入ってないのを見てベンチの続投させる意思を感じ取ったらしい。
「喜多は元々左のオーバースローだったが、中学の頃にサイドスロー、高校に入ってからアンダースローに転向したんだ。球速がないのを補おうと自分だけの武器を身につけるため必死に努力してきた。まだ投げられるはずだ」
之路主将がよくやるボールを自分の胸にたたきつける仕草を見せた喜多センパイは今までと立ち位置を変えた。
インコースのストレートで蓬莱さんをショートゴロに切って取り、五番の蛮堂さんもフライを打たせ得点を許さなかった。
「三塁側に立ち位置をずらした分、シュート回転してもインコースに厳しく入る。自分の弱みを逆に利用したんだ」
僕に解説してくれた之路主将は喜多センパイの活躍を自分のことのように喜んで解説していた。
七回からブルペンに入って肩慣らしを始めた僕にお呼びがかかったのは八回裏だった。
得点は四対二のまま。
八回裏の状況はこうだ。
打順は一番から、一番は三振、二番はサードファールフライ、三番がセーフティーバントで出塁。
三巡めを迎え、球数は70球を超えたところで投手が僕に交代。
とはいえ、僕がダメだったら後がないので七番ファースト安保センパイの打順に僕が入り、喜多センパイがファーストに変更という采配。
「紅白戦を思い出せ。強気で行けよ、一年」
「之路主将に託されたマウンド、お前に託すぞ、降谷」
センパイ達の激励を背負い、投げた初球はデッドボール。
たまらずタイムを取った宇城センパイ、集まる内野陣達。
いきなり弐織センパイの拳骨が降ってきて涙目になる。
清作くん、こんなのしょっちゅうくらっててよく生きてるよね。
「いたい」
僕が頭頂部をさすりながらこぼすと、今度は柊センパイから蹴りが入った。
宇城センパイからも。桐湘は全体的に乱暴だよなと思う。
「ランナーいるんだから落ち着いてセットで投げろ、しっかり腕振れ、バカ野郎」
「俺の球と速度差20キロ以上あるだろ。俺の球に目が慣れたバッターにはお前の球は実際より速く見えてるはずだ。バックを信じて投げろよ」
桐湘の良心、優しい喜多センパイの言葉に気を取り直して蛮堂さんに投げる。
これで四死球なんか出したら命がいくつあっても足りない。
低めに丁寧に。
センターフライを打たれてヒヤッとしたけどなんとか抑え、四対二で九回の攻防へ。
九回表、桐湘の攻撃は一、二番が連続三振であっという間にツーアウト。
三番清作くんはセンターへライナーでフェンス直撃、当たりがよすぎてシングルヒットになってしまったけど痛烈な打球。
そして四番弐織センパイはレフトフェンス直撃の打球を放った。
ツーアウトだから自動的にスタートを切っていた清作くんは、レフトがクッションボールの処理にもたついているのを見ると三塁コーチャーの制止を振り切って本塁へ突入したが、アウトで追加点ならず。
九回裏、蔡理は六番からの攻撃。
僕が三人でピシャリと締め、試合には勝ったけど、之路主将の怪我、清作くんの暴走もあってチームの雰囲気はよくない。
あとひとつ、横浜翔西戦に勝てば関東大会だけど、多くの課題を残しての勝利だった。
【つづく】
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