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ダイヤ・錻力の小説
逆行した降谷暁in桐湘1

【逆行そして青道野球部との再会】


 気がついたら、僕は中学三年生に戻っていた。

 僕は、ついさっきまで東京の青道高校の一年生で、選抜高校野球のマウンドに立っていて、沢村とピッチャー交代してレフトの守備についたはずなんだけど、なんでまた中三なのか訳が分からない。


 受験もう一回やるの嫌だな。

 僕は成績がそんなによくない。

 でもどうしても雑誌で見た御幸センパイに球受けて欲しいから・・・天才捕手の御幸一也なら僕の球を受けられると信じて、両親やおじいちゃんにお願いして北海道から東京に住むおじいちゃんの家へ上京して青道を受験することを許してもらった。

 ただし、それには一つ条件があった。

 僕の成績で単願受験は危ないし、受験は一発勝負で何があるか分からないからどこか別の学校にも願書を出せと言うのだ。

 僕は青道しか考えてなかったんだけど併願受験しないなら青道も受けさせないって言われ併願先もそれなりに悩んだ。

 選択肢はいますんでいる苫小牧市内か東京か神奈川。

 神奈川にはおじさんおばさんが住んでいる。

 僕が中学で球を捕れる捕手がいなくて試合にほぼ出られなかったことを知っている親戚のおじさんが、神奈川ベスト8の桐湘も公立だけど二年生エースが豪速球投手だと教えてくれたのと、桐湘高校の場所を調べたら、そのおじさん家の近くだったので桐湘も受けることを決めた。

 滅多に電話をかけない僕が電話で、桐湘に入学することになったらおじさんの家に下宿させて下さいとお願いしたら、暁が自分から連絡してきたと神奈川のおじさんおばさんはすごく喜び、頑張ってと激励してくれて、年上のいとこが前に使っていた今は空いている部屋を貸してくれることを快く請け合ってくれた。

 それはいいんだけど、青道を受験する前日、僕はインフルエンザでダウンしてしまい、受験出来なくなった。

 青道に入学した時はたしか、青道入試の六日後にある桐湘入試の当日にインフルエンザでダウンしたはずだから、感染が一週間早まっている。

 何がどう変わってしまったからそんなことになったのかまでは分からないけど一発勝負の一般入試を欠席してしまった以上、僕は青道高校には入れない。

 こうなったらなんとか体調を整えて桐湘だけでも受験して是が非でも合格しなければ浪人することになってしまうかもしれない。

 二次募集をやっている学校を見つけて応募するとかだと野球が強くて条件面もいいところはもうないかもしれないけど一年間棒に振る訳にはいかない。

 不幸中の幸いで、桐湘には無事合格を決めて浪人はしなくて済んだけど、青道に入れないのはやっぱりショックだ。

 ただ全力で投げることしか知らなかった未熟な僕を投手として大きく成長させてくれた御幸センパイ、クリスセンパイそして片岡監督。

 たくさん励ましの声をかけてくれて、コミュニケーションが苦手な僕にチームの絆というものを教えてくれた結城センパイ、伊佐敷センパイ、小湊くんなど、頼りになるセンパイやチームメイト達。

 あの人達と同じチームで戦えないのは寂しいけど、併願受験する高校を適当に決めず、ちゃんと僕の球受けられそうなキャッチャーのいる高校を選んでおいてよかったと思う。

 僕は一人じゃない。

 僕のわがままを聞いて道外の高校受験を許してくれた両親、僕を気にかけて野球が強くて学力や立地的条件面のあう所を探して教えてくれたおじさん、布団を干したり部屋を準備して待っててくれたおばさん、受験前日、東京に来て早々にインフルエンザでダウンした僕を病院に連れて行ってくれたおじいちゃん、僕のためにおかゆを作ってくれたり優しく看護してくれたおばあちゃんもいる。

 支えてくれたみんなの期待に応えたいから新天地で絶対頑張る。

 負けない。


 そう決意した僕は春休み中、青道高校の近くまで来ていた。

 練習しているところを一目見ておきたいって思ったんだけど、あれ?

「御幸センパイ?」

 なんでこんなとこ私服で歩いてるんだろう。

 いつもなら練習してる時間のはずだけど・・・・

「御幸、知り合いか?」

 近くにいた結城センパイが御幸センパイに聞いた。

「あ、キャプテン」

 僕は思わず言っちゃった。

「いや、知らないヤツです」

 ずき。

 知らないって言われて、胸が痛んだ。

 青道に入学しなかったら僕はこの人達と知り合いになれないんだということを思い知らされる。

 僕達には野球しか接点がなかったんだから当たり前だ。

「中学か小学の後輩か?センパイって言ったし」

 あれ?

「伊佐敷センパイ・・・・」

 なんで野球部がこんなにぞろぞろ歩いてるの?

「は?お前、誰?俺の何を知っている?」

 伊佐敷センパイが怪訝そうに言う。

「えっ?もうすぐ三年生でセンター守っていて、初球から積極的に打ちに行くタイプで、右打ち上手くて肩も強くてバックホームの返球がストライクだってことくらい?」

 お姉さんの影響で少女漫画が好きなのも知ってるけど道端で趣味を暴露されたら怒るかもしれないので野球のことだけ

に限って僕が知っていることを答えると伊佐敷センパイは気味悪そうに言った。

「なんだ、お前・・・!」

「純さん、こいつレギュラー覚えてんのかも。哲さんのこともキャプテンって言ってたから。なあお前、俺のことも知ってんの」

 目付きのよくないセンパイに聞かれて僕は素直に言った。

「倉持センパイ。鉄壁の二遊間のショートで、俊足の一番バッター」

 プロレス技が得意とか言うと技をかけられそうだからそこでやめた。

「お前、青道に今度入学する中学生か?さっきからずっとセンパイ呼びしてるな」

 坂井センパイに声をかけられ、僕は珍しくテンションが上がった。

 レフトの守備につく時、野手用のグラブを持ってなかった僕に自分のグラブを貸してくれた坂井センパイ。

 本当にいい人だ。

 自分のポジションを脅かす一年生に大事にしているグラブを貸すなんてなかなか出来ることじゃない。

「坂井センパイ!・・・青道ではないんですけど、四月から高一です」

「坂井さんまで知ってるってこれガチなヤツだな」 

「よその学校のヤツが顔を一目見ただけでよく分かるよな」

 白州センパイと川上センパイがひそひそ話してる。

 二人に話しかけようとしたらその前に小湊センパイに話しかけられた。

「お前、どこの学校?」

「桐湘です」

「去年の神奈川ベスト8じゃん。中学は?」

 小湊センパイは神奈川出身だから神奈川の中学のことに詳しいのかも。

「苫小牧中です」

「ハア?!北海道の?」

「ハイ。親の仕事の都合で」

「桐湘は公立だから神奈川県民じゃないと入れないよね?こんなとこでなにしてんの」 

「今ですか?小湊センパイと話してます」

 僕の返事はみんなの爆笑と苦笑を巻き起こした。

 どこが面白いのか僕にはサッパリ分からないけど。

「質問変えるよ。お前、どうして国分寺にいるの。神奈川からわざわざ来たんだろ」

「青道の練習を見学しようと思って来ました」

「え、なんで?」

 御幸センパイの声が冷たい。

 青道で初めて会話した時の御幸センパイの態度は温かくも優しくもなかったけど今のように無関心ではなかった。

 御幸センパイは野球にしか興味ないっぽいからチームメイトでもエース候補でもない相手にはたぶん興味がないのだろう。

 かつて御幸センパイに球を受けてもらうことだけを期待して青道野球部に入部した僕には、初めてバッテリーを組んだ相手に全然相手にされないのはショックだしつらい現実だ。

 でも受け入れないと僕はこの先一歩も進めない。

「あなた方は、僕を成長させてくれた恩人なので」

「?事情を話してくれないか」

 結城キャプテンに言われて僕は青道と僕の関わりについて話し始めた。

「中学では誰も僕の球捕れなくて、部活で浮いていて。悩んでいた時、雑誌で御幸センパイの特集記事を見ました。その時初めて、今のチームに僕の球を捕れる人がいないなら、捕れる人がいるところへ僕が行けばいいと気づいたんです。僕は引っ込み思案で自分から誰かに働きかけたりするのは苦手だったけど、御幸センパイと青道野球部のおかげで小さな世界に閉じこもっていた僕は殻を破ることができたんです。親戚にも自分から連絡して下宿させて下さいとかお願いしたら、今までの僕なら出来なかったことだってすごく褒められました」

 人と話すのはあまり得意じゃない。

 僕がこんなに喋ったのは今までに一度もなかったことだ。

 青道のみんなが、コミュニケーション能力の足りなかった僕を鍛えてくれたから今こうしてなんとか喋れてる。

「そこまで言うならウチを受ければよかっただろう」

 丹波センパイの突っ込みが的確過ぎてつらい。

「願書は出したんですが、インフルエンザで受験出来ませんでした。それで第二希望の桐湘に入学する前に一目皆さんの姿を見ておきたくて」

 青道にいた頃の一年ぶんくらい喋った気がする。

 さすがに疲れた。

「お願いがあります。僕は桐湘に入ったら夏の予選までに必ずベンチ入りします。そしたら監督さんにお願いして練習試合を申し込んでもらうつもりなので、どうかベストメンバーで試合して下さい」 

 三年生と試合出来るのは夏まで。

 このチームとは夏までしか戦えない。

「たいした自信だな。俺らお前のこと何も知らないんだけど?名前とポジションくらい教えろよ」

 御幸センパイの反応が無関心じゃなくなった。

 試合で戦うかもしれないから、かな。

「降谷暁、ピッチャーです」

 青道のみんなと一緒に戦うことが出来ないのは寂しいけど。

 全国制覇を目指して努力を続ける気持ちはきっと同じだから。

「丹波センパイ・・・、同じ投手として、いろいろ勉強させていただきたいので。どうか、怪我しないで下さい」

 丹波センパイが怪我で離脱するのは夏直前合宿最後の試合だったはずだから、もっと詳しく忠告できればいいんだけどこれ以上言うと変な人だと思われそうでうまく言えない。

「は?あ、ああ」

 丹波センパイが一周目と同じで怪我で離脱した場合、代わりに先発していた僕もいない青道では誰が先発するんだろう。

 川上センパイ?それとも沢村?

 僕が一軍に入らない場合、東条くんが投手を続けるのかな。

 ややこしすぎて僕のキャパシティーを越えている。

 あまり先のことは考えてもしょうがないと割り切るしかない、一応忠告はしたし。

「失礼します。また会える日を楽しみにしてます」

 ペコリとお辞儀して後ろを向くと、僕は駅へ走り始めた。

 神奈川までは電車で結構かかるから、早く帰らないと夕食の時間が遅くなっちゃう。

「おい、待て!ちょっ、アドレスとか交換しなくていいのか?」

「まさかの無視!言い逃げかよ・・・マイペース過ぎるだろ、アイツ」

「なんでアイツ丹波だけ名指しで怪我するなとか言ったんだ?ピッチャーなら川上もいるのに」

「エースだからか?」

「天然つうか不思議ちゃんつうか。練習見に来た割にはUターンしてさっさと帰っちまうし、なんだったんだ?」

 後ろでなんかいろんな声が聞こえた気もしたけど、僕は夕食がかに玉だったらいいなと思いながら走り去っていった。

【神奈川県立桐湘高校入学、入部初日】


 桐湘高校野球部副主将の三年生、宇城センパイが新入部員を前にして説明を始めていた。

 坊主頭でガタイのいい宇城センパイは去年の夏から桐湘の正捕手として試合に出ていた人だ。

 豪速球投手で現主将でもある三年生エース・之路センパイの球を受けていたから、僕の球もきっと受けられると信じて桐湘を受けたので彼の顔と名前くらいは当然チェック済みだ。

「去年の夏の予選の後、三年が抜けてからは戦力が落ちて秋の大会では成績を残せなかった分、今年の夏に全てをぶつけるためトレーニングを重ねてきた。目指すなんて言葉に甘えずに目標のためにひたすら勝ち続けるだけだ」

 青道のかけ声も目指すは全国制覇のみだった。

 そういえばあの試合、どうなったんだろう。

 僕は春の選抜のマウンドからレフトに下がった直後に逆行したから全国制覇出来たのか出来なかったのかもさだかじゃない。

 でも。

 僕は青道の一員として最後に投げた、あの選抜のことは頭から追い出した。

 青道を受験出来なくて桐湘に進学した僕はもう桐湘の生徒だから、桐湘の投手としてレギュラーになって、そして今度こそ真のエースになる。

 過去を懐かしんでいる暇はない。

 入部希望の一年生は15人くらいいた。

 出身、名前、希望ポジションとか言うよう言われて順番に言っていく。

「池戸中出身吉田勉、よろしくお願いします!」

「緑西シニア出身田村誠、投手希望です!」

「宮丸シニア出身、清作雄!四番希望!」

 一見不良っぽい見た目の人が元気よく大声で言ったら、急に周りがザワザワした。

 今までの僕なら全然気にとめなかっただろうけど清作くんの物怖じしない態度がどことなく沢村を思い出させたから、ちょっと気になって周りの声に耳を傾けてみる。

 シニアでガンガンホームラン打ってたクソチートがなんでこんなところに、とか言ってる。

 宮丸シニアは去年関東大会で優勝したチームらしい。

 彼はそこの四番だったそうだ。

 筋肉モリモリな体型のセンパイがなんか怒ってるみたいだけどどうかしたんだろうか。

(一年生が四番希望なんて図々しいってことだったみたい。希望を言えと言われて言ったら怒られるなんて変なの)

「苫小牧中学出身、降谷暁。投手希望、頑張ります」

 いつもより声を張ってみたつもりだけどみんなみたいな大声は出ない。

 桐湘高校のエースである之路センパイは僕と同じくらいかもしかしたら僕より速い豪速球を投げる人。

 僕も投手だから分かるけど、投手は練習メニューが野手とは別だから他のチームを見てもなかなか投手のキャプテンはいない。

 九番を打っているから投打の主軸って訳ではないみたいだけど、このチームはそれでもあえて之路センパイをキャプテンにしているんだからなにかしら理由があるはず。

 丹波センパイが故障明けにまた故障して、絶対的なエースが不在だった青道と違い絶対的なエースがいる桐湘でエースナンバー争いをするには僕はまだあまりにも未熟なので真面目に決意表明したつもりだけど、清作くんの四番宣言のインパクトのせいか誰も聞いてなかった気がする。

 僕の自己紹介が終わると二年生の喜多センパイっていう眼鏡をかけたイケメンが自己紹介して、練習の前に神奈川の夏の県予選の出場校の数を清作くんに聞いた。

 西東京はたしか120校くらいだった気がするけど、神奈川は知らない・・・

 清作くんも知らないって言ってる。

 あれ、でも北海道から来て、西東京の青道に通ってた僕は知らなくてもしょうがないだろうけど、神奈川のシニア出身の清作くんが知らないってありなの?

 あ、正解は190校。

「参加は190校で甲子園に行けるのは優勝した一校。つまり夏の暑い時に最大七試合勝たなきゃいけない。レギュラーを掴むためにも試合を戦い抜くためにも体力づくりが必要だ、しんどくてもついてこいよ」

 理由をこんなに丁寧に教えてくれるなんてこの眼鏡のセンパイすごくいい人だと思う。青道の眼鏡をかけたイケメンはこんなに丁寧に教えてくれるタイプじゃなくて、もっと意地悪だったけどそれはともかくとして。

 西東京よりずっと多い学校の数に僕はビックリした。

 去年は之路センパイが一人で投げたので四連続完投で疲れたところを打たれて負けてしまったためスタミナ重視の練習に変わったのだそう。

 青道では夏は四人、秋は三人の投手の継投で戦っていたから、僕が体力の限界まで投げたのは秋の鵜久森戦と成孔戦くらい。

 八回七失点とか七回三失点といった数字はエースとして決して誉められたものじゃない。

 その鵜久森戦と成孔戦の間には沢村が王谷戦で完投していて僕は投げてないから、エースナンバーを背負っていたくせに僕は完投したこともなければ長いイニングを連投したこともない。

 夏の予選の頃はまだ体力がなくて四回くらいまでで交替させられていたし。 

「スタミナとコントロール・・・スタミナロール」

 中三に逆行してからなるべく身体作りに努めてきたけど、北海道では冬場は路面が雪や凍結で東京にいた時みたいにはとても走れないからチューブ買って体幹鍛える系のトレーニングとかやれるものをコツコツやる感じで。

 正直、一周目より目に見えて体力が向上しているとは思えない。


「やれやれだな、これじゃ先が思いやられるぜ」

 僕らの練習を指導してくれていた二年生で四番打者の弐織センパイがため息をついた。

 一年生全員がへばって動けないのだ、練習前に体力つけるのは投手だけでいいんじゃないかとか四番希望だから打撃の練習したいとかワガママ言っていきなり目立ってた清作くんも僕も含めて。

 僕も決して体力に自信ある方じゃないけど仮にも強豪青道のエースとして甲子園に出たんだからみっともないところは見せたくない。

 そう思い、歯を食い縛って最後まで練習についていこうとしたけど、高校に入学したての頃は体力が全然なかったからちょっと強化した程度では焼け石に水で身体がちっともいうことをきかない。

「お前ら高校野球ナメてんのか。それとも桐湘が公立だからってもっとラクだと思ってたか?」

 高校野球をナメてた訳じゃない。

 夏の決勝でその厳しさを知って地道に練習して秋の大会で優勝したし、甲子園のマウンドにだって立った。

 でも、たしかに桐湘のことは実は少しナメてたかもしれない。

 私立の強豪ならいざ知らず公立でここまで厳しい練習させてもらえるとは正直予想してなかった。

 嬉しい誤算だ。

「ナメてません。・・・ありがたいです」

 身体能力を引き継いでいればそんなに苦労せずに練習についていけるはずだけど、残念ながら身についているのは知識だけだ。引き継いでいない身体能力は、コツコツ練習して経験値を上げる以外に方法はない。

 僕がゲホゲホ言いながらお礼を言うと弐織センパイはちょっとだけ笑った。

 この人、ものすごく分厚い筋肉だけど顔は結構男前・・・?

「夏のクソ暑い中戦い抜くためには体力は絶対に必要だ。投手に連投させんなとか練習量多いのははやんねーとかうるせえヤツもいるけどよ、体に悪い食物がうまいのと一緒だ。自分の夢のためにイカレられるなんて最高だろうが?ゴチャゴチャ言うヤツは体力と根性でねじ伏せる、それが桐湘の野球だ」

 難しいことをゴチャゴチャ考えずに力でねじ伏せるのは僕も嫌いじゃない。

 桐湘の野球は僕に合っているかも。

 青道は投手陣に人がいっぱいいたから僕は今まで長いイニングを連投したことがないけど、人が少ない公立では連投が当たり前なんだろうなと思う。

 夏に稲実に負けた公立の桜沢もエースのナックル投げる人がめった打ちされてもピッチャーを変えなかったから、公立の課題は選手層の薄さかもしれない。

 今それはどうしようもないけど。

「1人がへばればそこを狙われる。チームのためにも体力つけろ」

 いいこと言うなあ。

 さっき清作くんは体力つけるのは投手だけでいいんじゃないかって言ったけど投手の立場からすると、野手がへばって走れなくなると、守備範囲が狭くなるので打ち取った当たりでアウトを取れなくなる可能性が高くなる。

 本来ならアウトのはずの打球をヒットにされたら投手はたまったものじゃないから死活問題だ。

 ウンウンと頷いて全力で同意する僕の横で清作くんが言った。

「倒れた時、助けてくれるヤツなんか俺にはいなかったスよ」

 もしかして彼もぼっち?

 僕達、似た者同士かな。

 すごく親近感を感じる。

 僕も青道に入るまでは助けてくれる人なんていなかったから。

 手を差し伸べたいと思うけど僕も一緒に倒れてるので助けられない。

 こういう時、どうしたらいいんだろう。

 僕が困惑していたら、弐織センパイが言った。

「桐湘は即戦力がゴロゴロ入ってくる私立とは違うからな。テメーら自身が諦めねえ限り戦力外だと見限るつもりはねえ。それに俺は高校ナンバーワンの打者になる男だ、お前が倒れても猫つまみ上げるみたいに片手でラクに引き上げてやる。お前の周りにいたザコと一緒にするなよ」

 すごく頼もしい。

 格好いい・・・!

 さすが四番。

 青道の四番は結城センパイも御幸センパイもヒットが欲しいここぞという場面でいつも打ってくれる勝負強くて頼りになる人達だったけど、身長は僕より大きくはなかったしどちらかといえば中距離バッターだった。

 それに対して弐織センパイは縦も横も厚みも僕よりもずっと大きくていかにもパワーヒッターという印象だ。

 誰も突っ込まなかったけど喜多センパイを背中に乗せて腕立て伏せをごく普通にこなしてた弐織センパイの腕力なら、本当に片手で持ち上げちゃいそうな分かりやすい安定感がある。

 バテている僕達一年生が休憩している合間も惜しんでバッティング練習していた弐織センパイは、高校ナンバーワンを目指しているだけあって本当にすごい人でこんなセンパイがいるチームに入れたのはものすごく幸運なことだったような気がしてきた。


【高一四月、入部三日後】


「なんか人、減ってる・・・?」

 入部して三日経ち、新入部員が五人くらい減った気がする。

 二・三年生の人数はベンチ入り人数を下回っているから石にかじりついてでもやめずにいればベンチには入れる可能性があるのになんでやめちゃうのか僕には分からない。

 中学時代は幽霊部員だった僕が言えた義理じゃないけど。

「厳しいよね、練習・・・」

 どことなく川上センパイを思い出させるような小動物系の外見の一年生に声をかけられ、僕は頷いた。

「うん、でも楽しい」

 北海道では一緒に野球してくれる人がいなかったから仲間と一緒に練習なんか出来なかったし。

 しかも、嬉しいことに、センパイ達対一年生で紅白試合をやらせてもらえることになった。

 学校帰りに作戦会議と称して中華料理屋さんに入ったのもすごく新鮮だ。

 寮生活していた僕は学校帰りに寄り道なんてしたことないからほくほくして、かに玉を食べ始めたけど。

 みんな食べるの早い・・・!

 清作くんと伊奈くんが特別早いなあと思って見ていたら明日の試合で四番打者をどっちがやるか早食いで決めようとしてたらしい。

 それは言ってくれたら僕も参戦したかったけど食べるの遅いから無理だと諦める。

 エース争いなら簡単には引き下がらないけど、エース争いじゃないし。

 早食いの決着がつかなくて大食い対決してるのを見ただけでお腹がいっぱいになってきた・・・。

 青道で厳しく言われていたご飯をどんぶり三杯食べるというのはやり方を少し変えて今でも一応続けている。

 北海道の自宅から神奈川に無洗米を送ってもらい、毎晩タイマーをセットしてご飯を炊いて朝食で食べきれなかった分はおむすびにして練習の後や休み時間にちびちび食べてる。

 お腹がすいて早弁をする訳じゃなく、身体を大きくするために食べたくないのを我慢して詰め込んでるだけなのでノルマ以上にわざわざ食べたい人の気持ちは僕には分からない。

 かに玉は好きだけど、かに玉があればどんぶり三杯食べれますとかいうことはないので大食い勝負では勝ち目がない。

 寮では疲れたらすぐ寝られたけど親元から離れて親戚に下宿している僕は親戚にあまり迷惑はかけられないので多量に消費するお米くらいは自分で炊くとか、洗濯物もなるべく自分でやるとか多少は気をつけてるので通学してそういうこともこなすのは寮生活より大変だと思う。

 しょうがないけど。

「ポジションはなんとかなりそう?」

 みんなもう食べ終わっていて、まだ食べているのは僕だけだ。

 名前と希望するポジション、前に経験のあるポジションを書いておいたものをまとめ始めたみんながすごく気になるけど、かに玉を残すなんてあり得ないからこれでも自分としてはかなりハイペースで詰め込んでいる。

 ちなみに僕は、希望するポジションはもちろん投手だけど、レフトの経験もあることを一応書いて出した。

 10人中、ポジションがかぶっているのは投手希望の僕と田村くんだけと分かったので揉めないで済んだのはいいけど、中学時代にほとんど登板した経験がない僕は満場一致で二番手にされちゃったのが個人的に納得いかない。

 でも青道野球部のエースとして甲子園に行った後逆行しました、なんて言っても信じてくれる人がいるはずないから、明日の試合で結果を出してみんなを黙らせるしか方法はない。

 青道でも一軍入りを決めた上級生との練習試合に僕が投げたのはかなり後だったからもうこういう役回りなんだろうと割り切ろう。


【一年生対二、三年生の練習試合】


 初回、いきなり打者一巡の猛攻で先発の田村くんが五点取られ、二回にも大量失点。

 一年生チームが打者一巡した次の守備の三回裏から僕はようやく二番手としてマウンドに立つことが出来た。

 一年生の大半が死んだような目をしている。

 このままだと五回コールドゲーム確定だから無理もない。

 青道の二・三年生対一年生の練習試合の時も初回に東条くんが炎上してこんな雰囲気だったことを思い出す。

 あの時はシニアで実績があった東条くんでさえ抑えられないならもう駄目だとお通夜のようなムードになっていた。

 僕はキャッチャーが球を取れないから一球投げただけで一軍昇格を決めたけど自分は交代させられてしまったから打席には一度も立てなくて、あの時、お通夜ムードを振り払ったのは沢村と小湊春市だった。

 九番の田村くんのところに入った僕はこのまま走者が出なければ打順が回ってこないまま試合が終わってしまうから、投げることでアピールする以外にない。

 でも、野球留学者が半数を占めていた名門青道の一年生に取れなかった球を公立の桐湘の一年生に取れるだろうか?

 之路センパイの豪速球を受け止めている宇城センパイなら普通に取れるだろうけど、権田くんに取れるかな・・・

「低めに丁寧に投げるから、低めに構えて頑張って取って」

 青道で初めて投げた時は自分が投げることしか考えられなくてキャッチャーが取れるかどうかなんて考えもしなかったけど今は違う。

 宇城センパイが引退した後、代わりに球を受けてくれるキャッチャーのことも考えないとダメだ。

 闇雲にいきなり全力で投げたとしても僕の球威は誇示できるかもしれないけどキャッチャーが取れなかったらそもそも試合にならない。

 僕はセットポジションから権田くんのミットをめがけて投げてみる。

 ドンって音がして権田くんが恐る恐るミットの中を見た。

 入っている。

 取って、くれた・・・!

 嬉しい。掘り出し物かも。

 権田くん、やれば出来る子なんだ。

「ナ、ナイスボール」

 インコース低めのストレート、見送った七番セカンドの楠瀬センパイはほう、と一息ついた。

 権田くんが投げ返してくれる。

 ポコ、とグラブの土手に当たり、ボールがマウンドを点々とする。

 久々にやってしまった、恥ずかしい。

 僕はボールを追いかけてしっかりつかむと権田くんのミットを見た。

 キャッチボールが下手くそな自覚はあるけど、人と練習しないといけない系の技量は自主練だけでは上がらないから、これから頑張る。

「打て、楠瀬ー、一年生ビビってんぞー」

 ありがちな野次にむっとする。

 ビビってない。

 次はアウトコース低め、ストレート。

 やっぱりセットポジションだと球威はかなり落ちるけど、コントロールはしやすい。

 夏の大会初期の頃と比べても、コントロールがよくなってる気がするのは体幹を強化したおかげで以前よりフォームが安定しているからなのか。

 成宮さんみたいに器用に手を抜いて七割の力で打たせて取るような芸当は今の

僕には出来ないから、制球重視ならこれしか選択肢はない。

 アウトコースに目付けした後、インハイの全力投球でねじ伏せるのが僕の本来の組み立てなんだけど、権田くんに僕の全力はまだ取れないだろうからウイニングショットには使えない。

 ならばもう一球アウトコースを続けるか。

 きわどいところが外れてカウントワンボールツーストライク。

 権田くんはインコースに構えた。

 インコース、低めいっぱい。

 楠瀬センパイを見逃し三振に打ち取り、僕は一息ついた。

 下位を打っている八番の喜多センパイと九番の之路センパイは打撃が苦手なのか、多量点を取っている打線の中で二人だけヒットを一本も打っていない。

「すいません。タイム」

 僕がタイムを要求すると権田くんが駆け寄って来た。

「変化球のサイン出して。上位打線にいきなり変化球投げるのは(後逸されそうで)怖いから、今のうちに投げておきたい」

 昨日、一年生同士で作戦会議した時に持ち球のことは教えたんだけど今のところ全部ストレートしか要求されてないので、もしかしたら忘れられているかもと思い、催促する。先発した田村くんが炎上して苦心のリードをしている間に忘れたのかもしれないし。

「変化球、俺取れるかな・・・・」

 自信なさそうな権田くんに僕は言った。

「ランナーいないから後ろにそらしても被害少ないし、点差が開いてるから決勝点になる訳じゃない。大丈夫、頑張って」

 喜多センパイの初球、真ん中低めにスプリットを落としてワンストライク。

 二球目はインコースに縦スラ、ストライクでツーナッシング。

 三球目はアウトコースにスプリットで三振。

 之路センパイへの配球はチェンジアップ。沢村と握り方を情報交換して試していた球で、一周目の試合ではまだ一度も投げていなかったけどこのチェンジアップをなんとかものにして緩急を覚えないといけない。

 僕のフォームは沢村みたいなタイミングが取りずらいタイプではないのでタイミングを外す球を習得したい。

 一周目の大阪桐生との対戦でスプリットを習得したように、秋大中の紅白戦で縦スラを練習したように。

 チェンジアップを五球連続で投げたけど、之路センパイは結局一度もバットを振らず見逃し三振だった。

「ねえ」

 一年生チームはまだ一度もランナーを出していない。

 四回表、先頭打者の伊奈くんを呼び止めて言った。

「四番打ちたいんでしょ?三者凡退の後の攻撃だから、ここで先頭打者の君が出ればムード変わるよ。こういう時に打つのがいいバッターの証明じゃないの」

 スイングを見た感じ、一年生チームで之路センパイの球を打てる可能性があるのは僕以外では伊奈くんと清作くんくらいかなと思う。

 他の人はまぐれでバットに当たってもたぶん球が前に飛ばない。

「お前、自分には打順が回らないと思って言いたいこと言ってやがるな」 

 伊奈くんはやる気を煽ったのが裏目に出たのか力んで三振した。

 一年生チームの攻撃がすごく早く終わったので僕は再びマウンドへ。

 一番児島センパイの打席、初球スプリットから入り、低めのストレートを内外へ散らして最後は縦スラで空振り三振に仕留める。

 二番柊センパイには一転、低めのストレートで押した。

 神宮大会でリリーフした時もそうだったけど、一巡しか投げないのなら、球種が少ない僕でも的を絞らせないピッチングが出来る。

 ストライクをいつでも取れると無駄な四球は減るし組み立てもしやすいことを実感する。

 三番の頭木センパイには初球チェンジアップをインコース低めへ。明らかにボールだったので振ってもらえなかったけど、次の縦スラはコースは甘かったけどタイミングが合わずに空振り。もう一球外角に縦スラを続けるとこれはさすがにファールされた。

 外ばかりだと目が慣れてしまうから、インコース低めにストレートを投げる。

 サードファールフライを伊奈くんがつかんでスリーアウト、チェンジ。

「ねえ、僕、弐織センパイと勝負してみたいからこの回で三点以上取って五回コールドを回避しよう?三人塁に出てくれれば僕まで打順回るから振り逃げでもいいから塁に出て」

 僕は五者連続三振を取ったので気分が良くて清作くんを煽ってみる。

 たった二イニングしか投げてないのでそれっぽっちじゃ全然物足りない。

 打つ方もせっかくだから之路センパイの豪速球を打ってみたいし、四番の弐織センパイとも勝負したいし。

 この回三点以上取るか三人塁に出れば僕まで打順が回り、之路センパイの球を打てる。

「みんな打席に立たせてもらってるのに僕だけ之路センパイと勝負させてもらえないのはズルいから、頑張って打ちなよ」

 沢村だったらこんな時、息するように自然にチームを鼓舞してくれるのに。

 僕は一年間一緒にプレーしたけど沢村ならこういうチーム状態でどう言うのか分からないし真似も出来ない。

 でも、今までは飲み込んで言えずにいたことをなるべく言うようにすることは出来る。

「お前、スゲー自己中だな」 

 清作くんに呆れたように言われたけど周りからはお前が言うなってツッコミが入った。

 僕は今までおとなしくしていたし三点以上取れば五回コールドを回避出来るのも、三人塁に出れば僕まで打順が回るのも間違ってはいないので他の人はそんなに気を悪くしなかったみたいだ。

 良かった。

 前は青道の食堂でいきなり大言壮語してしまったせいでしばらくみんなの視線が冷たかったから言動に気をつけなきゃいけない。

「あの豪速球とわざわざ勝負したいって、お前変わってんな」

 同じ投手の田村くんに言われて僕は首をかしげた。

 僕も逆行前は甲子園準優勝投手で最高148キロの球を投げる稲実の成宮さんをはじめ、帝東の向井くん、成孔の小川くんといったライバルと対戦してきた。

 彼らの球と之路センパイの球を比較すると速度と球の威力はたしかにすごい。

 でも、僕自身成孔に自慢のストレートをはじき返されて失点を重ねたからこそ分かるんだけど、速球だけでは重量打線はなかなか抑えられない。

 タイミングを外す変化球があればいいのだけど僕の持ち球は空振り取る速い球中心で緩い球は秋の段階ではまだなかったから緩急を使えなかったのだ。

「そうかな。球は速いけど緩急使ってないからちゃんと自分のスイングで振り抜けば僕は打てると思う・・・。それに」

 言ってる間に清作くんは三振した。

 一打席目のファールはいい当たりだったけどまだ一年生だから之路センパイの豪速球が実際より速く見えているのかもしれない。

 精密機械というあだ名の明川のエース楊さんはピッチング練習兼ねてバッティングピッチャーやってたって新聞記事にたしか書いてあった。

 速球派に慣れてもらうために僕もバッティングピッチャーやってみようかな。

 沢村がバッティングピッチャーをやると言い出して変なフォームで投げた時、片岡監督は怒ったけどあの時とは状況が違うし、僕は自分のフォームを変える気はないから球数さえ守れば問題ないかなと思う。

「実戦に近い練習させてもらえるのは貴重だからもっとマウンドに立ちたい。僕が打ってコールド回避出来ればもっと投げれるなら打ちたい」

 思わずオーラを出してしまってみんなにギョッとされたけど、一年生チームは結局僕の打順まで回せず負けた。

 ペナルティで練習量を10倍に増やすと言われて一年生一同が青ざめるまであと少し。




























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あきゅろす。
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