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バスケ漫画小説(年齢制限なし)
【赤黛】超能力者がいる春
 タイトルは「超能力者がいた夏」というラノベのもじりで、黛さんが生まれつき超能力者。
 キセキの世代がカラフルな髪色なのはたぶん斉木くんが世界を変えたせいという、超能力者黛千尋の災難のセルフパロです。
 黛千尋の災難は腐向けではないというスタンスで書いてましたが、やれやれ系チート超能力者受けの話を書いてみたくなったので似てる世界のパラレルワールドネタを書きました。
 未遂ですがモブ黛あり。
 モブと赤司くんが痛い目にあいます。
 パラレルワールドの黛さん(女性)が出てくるので女体化嫌いな方はすみません。
 視点人物がコロコロ変わりますが、赤黛なのに何故か実渕くん視点あり。超能力者でも天才でもない普通の人の視点をはさみたかったので・・・・それでもよかったらどうぞ。



Side:C
 
 黛千尋は超能力者であり、霊能力者でもある。
 だが、彼はその事実を他人に明かしたことはない。

 そもそも黛千尋の超能力は、テレパシー、サイコキネシス、透視、予知、テレポート、千里眼、石化能力etc.と種類こそオーソドックスなものが多いが他人の前では使えないものばかりだ。

 例を上げると、テレパシーは半径200メートル以内の人間全員の心の声を聞いてしまう。ただ喧しいだけで、たいてい誰が言っていることかまでは聞き分けられない。

 サイコキネシスは力加減が出来ない。
 どの程度かというと、ほんの少しだけジャンプの補助に使おうとしたら間違えて体育館を全壊させたくらいである。危なくて使いたくない。

 透視。
 ちょうどよく透かすのが難しい上に、使うと目が痛い。
 これは透視だけに限ったことではないがそもそも観測者が多ければ多いほど、超能力の制御は困難を極める。
 例えるならショベルカーで砂場の棒倒しゲームに参戦するようなもので、少しだけ砂を取るのは極めて難しい、ほとんど無理と言っていい。

 話が脇道にそれたが、予知は予知夢のみ。
 夢なので忘れてしまうこともあるし、見たいものや知りたいことを選んで見る機能はない。その上、半年以内のいつ起こるのかも分からない。

 テレポート。
 誤差は最低でも二、三メートル。しかも遠ければ遠いほど誤差も大きくなる。
 超能力の消耗が著しい上、自分が行ったことのある場所にしか飛べない。一度テレポートしたらしばらく休憩しなければならず、連続使用出来ない点もマイナスだ。

 千里眼。
 疲れるが人前でも使えないことはない。ただし、千里眼中の顔を鏡で見たらアへ顔みたいだったことに気づいたので最中の顔を見られたくないから人前では絶対に嫌だ。

 石化。
 裸眼(魔眼)で睨んだもの全てとそれを見たもの全てを石に変える。
 見たもの全て、というのは文字通り全てで目撃者はもちろん、撮影機材さえももれなく石にしてしまう。
 石化された人々は石になっている間は何も見聞き出来ないため、石化されたことになど誰も気づかない。たんに記憶が飛んでいるとしか認識しない彼らにその間石になっていた証拠を見せるすべはない。

 霊能力。
 見える聞こえる祓えるが、祓う力が強すぎて霊は黛が近づく前に勝手にいなくなる。
 千里眼で見た悪霊を祓いに行ったら何もいないので首をかしげていたら土地神が感謝しながらその事実を教えてくれたのだが、傍目には何もしていないようにしか見えないので霊能力を持たない一般人に証明する手段がない。

 超能力は他にもあるがどれもこれもこんな感じなので人に超能力者ですなどと明かしたがらないのは当然だろう。もし能力が他人に知れたらどこぞの研究機関に実験材料にされたり超能力者狩りの対象にされたりしかねないのに危ない橋は渡りたくない。
 超能力者狩りから逃れるためにうっかり手加減を間違って近畿地方一帯を瞬時に焼き尽くした発火能力者だの、ひっきりなしに敵の超能力者集団と戦闘を繰り広げている念動力者だのの話を聞くと平凡な日常は尊いと思える。
 そんな訳で、洛山高校三年生、バスケットボール部に所属する黛千尋は自分の能力をひた隠しにして生活している。

と言っても黛は、斉木楠雄のように尋常でない身体能力や九教科満点取れるような頭脳を秘めている訳ではなく、超能力と霊能力以外はごく普通の目立たない高校生である。
 ラノベ好きなどこにでもいる一般人に擬態するのは慣れている、とたかをくくっていた彼はまもなく非日常的な毎日を送ることになるのだが、そのことはまだ誰も知らない。




Side:R
 
 うららかな気候の四月。
 屋外では大量の花粉が舞うシーズンだが室内競技にはあまり関係ない。
 京都にある洛山高校の体育館ではバスケ部の練習が行われていた。
 そのバスケ部に入部したての一年生ーーーー十年に一人の逸材、キセキの世代の一人でポイントガードの赤司征十郎は部員達を一通り見回して首をかしげた。ちなみに彼の髪の色は真っ赤である。地毛だが、斉木楠雄によって改変されたこの世界ではカラフルな髪は普通なので、綺麗な色だな程度にしか人目を引くことはない。
「どうしたの、征ちゃん?」
 無冠の五将の一人、実渕玲央が不思議そうに赤司に聞いた。実渕は黒髪のシューティングガード。言葉遣いから明らかなようにオネエである。
「黛千尋は休みか」
 赤司はつぶやいた。
「誰?アンタ達、知ってる?」
 誰のことか分からなかった実渕は周りにいた同学年の一軍選手に聞いたが、周りの連中の中でも心当たりがあるのはほんの一握りだけだった。
「黛?そんな奴うちにいたっけ」
「いただろ、たしか。先輩で・・・どんなプレーする人かは覚えてないけど」
 プレーが記憶に残らないってそれってダメなやつじゃないの、と実渕は思った。
 それから間もなく、赤司が一年生でありながら異例の対応で主将に就任し、赤司の最初の仕事として実渕が副主将に選ばれた。
 同じ無冠の五将というカテゴリーでくくられることが多い同学年でスモールフォワードの葉山小太郎や、同じく同学年でセンターの根武谷永吉でなく実渕を赤司が選んだ理由は無冠の中では思慮深い性格を買ってのことだろう。
 だが実渕が思慮深いと言ってもそれは無冠の中では、とか、普通の人間の中では、という但し書きがつく。
 一年生ながら新主将におさまった赤司と自分では次元が違うと実渕は思っていたし、かなり早い段階から赤司の判断力を認めてもいた。
 だが。
 だからといって無条件に信じていた訳ではない。
 すでに退部した三年生、それも今まで一度も一軍に上がったことがない男、黛千尋を呼び戻して一軍に推薦すると赤司が言い出した時にはひそかに疑問視さえした。
 実渕は赤司に面と向かって反対はしなかったが、人数の少ない弱小校ならともかく、全国区の強豪が一度脱落して退部した人間をわざわざ呼び戻すことは普通ならあり得ないし、積極的に賛成する気にはならなかった。
 そこで赤司がどうするのかそっと見守ることにした。
 赤司はまず、バスケ部の連絡網を見て黛のクラスを確認した。
 本来なら退部者がいればさっさと削除されるのが常であり、黛の名前もとっくに消えているはずだったが何故かまだ消されていなかったらしい。
 迅速果断に行動する赤司が黛のクラスにまっすぐ向かう。
 黛らしき男は教室に見当たらないと思えば、昼休みは北棟の屋上にいることが多いと彼のクラスメートに教えられ、その足で北棟屋上へ移動する。
 赤司は屋上のドアを開けるとフェンスの方へ近づいて行った。人っ子一人いないのに?といぶかしむ実渕は、
「黛さん、ですよね。どうも」
 という声で、赤司の視線の先を見つめて思わずぎょっとした。
 誰もいなかったはずの屋上には、男子生徒が一人フェンスに寄りかかって座っていたのだ。本を開いて読書している様子だ。
 座っていたのに見落としたのはきっとこの人の色素が薄く、目立たないからだわと実渕は責任転嫁した。黛さん、と呼びかけられたのはずいぶん影が薄い、いや薄すぎる男だった。一度目を離したら見失いそうに影が薄い。輪郭に沿った灰色の髪に灰色の目。派手さは全くないが顔立ちそのものは整っていて意外に悪くない。私の好みじゃないけど、美形ではあるわね、と実渕は判定した。どうもじゃなくてはじめましてだろ、と返す声はぶっきらぼうで淡々としている。
 話しかけられてもまだ文庫本を読んでいるその男のマイペースさに実渕はいらっとしたが、赤司が気にしている様子がないので我慢した。
「黛千尋。あなたに新しい幻のシックスマンになってほしい」
 赤司が何を考えて黛を呼び戻そうとしているか、ヒントはこの言葉にあるのだろう。
 帝光中の幻のシックスマンの噂は実渕も聞いたことはあるが、それを思い起こそうとした実渕の耳に飛び込んできたのは、黛の「断る」というにべもない拒絶だった。
 洛山のレギュラーになれるかもしれないチャンスをあっさり蹴るなんてどうかしてるわ、と実渕は思う。一度も一軍に上がったことがない身でせっかくチャンスをもらったのにそれを生かさないなんて間抜けとしか言いようがないわね。
「オレは自分が大好きなんだ、パス回しに特化した選手なんてつまらない。そこまでして試合に出たいとも思わない。自分が気持ちよくなければバスケなんてやる意味はない」
 実渕にはワガママと思える黛の断りを聞いた途端、赤司の雰囲気がガラリと変わった。
「面白い、なおさら気に入った。お前ならテツヤを超える幻の選手になれる」
 どうしてそこで気に入るの?
 言うことをきかない犬は嫌いなんじゃなかったのという実渕のツッコミは二人には聞こえなかったらしい。


Side:C

 屋上での赤司との邂逅があった数日後、黛はバスケ部に復帰していた。
 嫌な予感がするので本音では戻りたくはなかったのだが、十年に一人のキセキの世代で強豪バスケ部の一年生主将で名家の御曹司で勉学も優秀、しかも美少年というハイスペックな赤司は有名人であり、そんな赤司に毎日勧誘に来られては目立ってしまうし、何故か好感度もどんどん上がってしまう(黛はテレパシーの応用で他人から自分への好感度を見ることが出来る。ただしこれは見えるだけだし、好感度なんて証明出来るものではないから超能力者であることを他人に証明する材料にはならない)から泣く泣く承諾したのだ。
 ちなみに赤司の好感度は屋上で気に入られた時からずっと70の大台を超えっぱなしであり、あの手この手で苦労して下げようとしているのになかなか下がらないという黛にとって厳しい状況が続いている。

「黛、お前部活やめろよ。退部してたって聞いたけどなんでわざわざ戻って来んの?迷惑なんだよ」
 部に復帰して数日後に好感度27のチームメイトに呼び出され、因縁をつけられた黛はげんなりした。
 面倒ごとの予感しかしないので無視したかったが今日応じないともっと面倒なことになるという虫の知らせに従い、部員五人に取り囲まれて連行されるままについて行ったその先は、放課後はほとんど人が来ない校舎の一角で、黛は渋い顔になった。
 退部してたって聞いたということは、この男は黛が退部したことにさえ気づいてなかったのだろう。
 赤司にかまわれるまで、黛が部員だったことさえ知らなかっただろう。一ヶ月ぶんの小遣いを賭けてもいい、間違いないと黛は思う。

「苦情なら赤司に言え。オレから復帰させてくれと頼んだ訳じゃない」
 超能力を隠している黛はとにかく目立ちたくないので基本的にことなかれ主義である。流されやすいように見えるかもしれない。自分が大好きだし生来正直だし毒舌なのでついつい不満をぶちまけてしまうことは多々あるが、これでもなるべくおとなしく見せようと思っているのだ、本人的には。
「三年生のくせに一年生に守ってもらう気満々かよ」
「プライドないのかよ、主将に取り入って。そこまでするとかないわー」
「赤司のお気に入りだからっていい気になるなよ」

 自分を取り囲む部員達が一人残らず好感度が29以下なのを知って黛は舌打ちした。
 黛はマインドコントロールの初歩である“エンジェルウィスパー”を持っている。エンジェルウィスパーとはその名の通り天使のささやき、相手の良心に訴えて良いことをさせ、悪いことをさせないように誘導することが出来る能力だが、嫌っている相手の正論に聞く耳を持つ者はいないため好感度30未満だと効果が発揮されない。
 つまり全員、やめろと言っても効果を期待出来ない好感度ということだ。
 一瞬だけ千里眼を使って確認したがすぐ助けに来られるような距離には誰も人がいない。かなり離れたところになら人がいないこともないが、ここから叫んで声が届くかは微妙だ。
 黛の持つもう一つのマインドコントロール、バグニュース(虫の知らせ)を一番近い人・・・赤司だが・・・に使って助けを呼ぼうにも距離が遠すぎる。
 黛はテレパシーが得意ではない。
 受信は半径200メートル以内の心の声が聞こえて煩いから切りっぱなしだし、発信は超能力を秘密にしているのだから使う訳がないしで、幼い頃はともかく最近は滅多に使ってない。
 テレパシーにバグニュースを乗せて果たして届くのか、やってみないと分からない。
 身体能力が並の人間の黛に通常の手段で包囲網を突破する力はない。
 こういう時、黛は自分の超能力を面倒くさいと思ってしまう。超能力がなければなりふり構わず助けを求められるだろうが、騒ぎを起こしたくない黛は大声を出して目立つのは嫌だ。

「なんとか言ったらどうだ?赤司の犬が」
「赤司って言うことをきかない犬は嫌いらしいぜ。その赤司に気に入られてるってことは赤司の言うことならなんでも聞くんじゃね?」
「赤司の靴舐めたりとかな」
「靴じゃなくてチンコじゃね?さっき一瞬だったけどすげえエロい顔したぜ。よく見ると綺麗なツラしてるし赤司の女なんだろ」
「ああ、それなら分かる。ホモダチだから同じ一軍に置いときたいんだろうな、こんな平凡な奴でも」
 とんだ風評被害である。
 黛は顔をしかめた。
 これだから人前で超能力を使うのは嫌いなのだ。面倒くさい状況に追い込まれてしまったがどの能力で切り抜けようか検討する。

 テレポートはダメだ。
 あれは疲れるし連続使用出来ないから最後の切り札にしないと。
 
 サイコキネシス?
 人体が耐えられる程度に威力を抑えて使えるかどうかが心配だ。うっかり挽き肉にでもしてしまったらしばらく餃子やハンバーグが食べられなくなってしまうではないか。運動部でしごかれてたくさん食べなくてはいけないのに食欲をなくすような事態は極力避けたい。

 あとは石化かルカナンかアストロンか・・・・
 ちなみにルカナンやアストロンはドラクエの魔法だが当てはまるピッタリな超能力名が思いつかないのでドラクエに準拠して勝手にそう呼んでいる。
 ルカナンは防御力を紙にする超能力、敵に使う。
 アストロンは攻撃を無効化する超能力、自分に使う。アストロンが効いている間は殴られても痛くないが超能力も無効になってしまうので他の手段に出られた時に対策出来ないのが難点だ。
 例えば縛られた時に脱出出来ないのは困る。
 と思っているそばから数人に腕を掴まれ、ネクタイで縛られそうになって黛は目を剥いた。

「おい、何する気だ、やめろよ」
 エンジェルウィスパーが効かないと分かっていても制止する声が思わず口をついて出た。
「その気になればよりどりみどりのはずの赤司が執着するくらいだからよっぽどイイんだろ。ケツ貸せよ」
 最低な台詞を吐きながら息を荒くしている同級生から黛は不快そうに顔をそむけた。
「冗談だろ、そんなに男とやりたかったらオレにハアハアしてるお前らだけで勝手に掘り合ってろ。オレ、男となんか経験ねえしする予定もないから」
 今こいつの顔を見たら絶対石化させる自信がある。
 石化は一体石化させると目撃者をどんどん石化させるので被害が雪だるま式に拡大していくのが難点なので黛はまだ躊躇っていた。
 しかしとうとう腕を縛られ、床に突き飛ばされて横倒しになるといよいよ選択肢が限られてきて唇をキツく噛んだ。
 石化かサイコキネシスかはたまたアポート(取り寄せ)か。
 アポートで重いもの、例えばベンチとかトレーニングルームに備え付けの機材をこいつらの頭上に落とせば大打撃を受けて怯むのは間違いない。
 ただ、その場合自分が巻き添えを食う恐れがあるのが不安だ。
 床に傷がつくのもまずい。

「・・・・なんでこんなことになってんの?こんな奴らさっさとバラバラにすればいいのにわざとやられてるとかお前そういう趣味じゃないよね」
 声変わり前の黛と同じ声がしたと思うと黛の服を脱がせようとしていた男がガクンガクンと痙攣を起こし始めた。
「お前・・・・!」
 黛は自分そっくりの女の子が自分の隣にしゃがみこんでいるのを見た。
 同じ京都に所在する堀河高校の制服を着た女子のスカートの中からハーフパンツが見えてしまい、思わずげんなりする。
 自分そっくりの女のパンツを見て喜ぶ趣味はないがスカートの下にハーパンを穿くのは普通なんだろうか、オシャレじゃないと思うけど。しかし黛の母いわく、黛の母の学校では中学高校ともに冬は女子はジャージの長ズボンを制服スカートの下に穿くのが当然だったらしいので土地柄や学校によって常識は変わるのだろう。
「黛そっくり?妹か?」
「どっから入ったんだ、ドア開いた音しなかったぞ」
 モブ達が不思議がっているがこんな奴らに答えてやる義理はない。
 黛にそっくりなのはパラレルワールドの黛千尋だった。私立の洛山ではなく、偏差値が洛山とほぼ同等の公立校、堀河高校に通う女子高校生の黛千尋。
「妹か。あながち間違ってはいないな」
 堀河高校の黛千尋は高二だ。
 洛山の黛は黛の母が臨月になってすぐ生まれ、堀河の黛は出産予定日を過ぎてから生まれたので一ヶ月と少し誕生日がずれたので学年もずれている。
「こんな恐ろしい妹はいやだ」
 ラノベに出てくるかわいい妹は好きだが、自分にそっくりの妹なんて欲しくない。ましてや、人間をさらっとバラバラにすればいいのにとか言い放つ性格は全然かわいくない。

「荒井、なにやってんだ?」
 ガクガクと痙攣を繰り返す男を見て怪訝そうにしている奴らは感電した人間を見たことがないのだろう。
「スタンガンでも使ったんじゃねえの、こいつ」
「あめえよ。スタンガンならこっちだって持ってんだぜ」
「女一人で助けに来るとか頭いい学校行ってるくせして実はバカだろ」
 スイッチを入れてバチバチと火花を散らして見せた奴が、ずい、と前へ出る。
 この場に洛山の黛しかいなければ、石化させるかサイコキネシスでどうにかするしかないだろうが、堀河の黛は表情を変えない。
「バカはテメエだ。私そっくりの顔にセクハラとか暴行とかふざけんなよ。氏ね」
 堀河の黛が吐き捨てた途端にこの場のチームメイトが一人残らず声もなく固まって動けなくなったのを見た黛は不安になった。
「おい、殺すなよ・・・?」 
 目の前で死体が出来たら困る、と困惑する黛とは対照的に女体の黛は無表情のままだ。
 女体の黛が使用中の能力は電磁波である。
 脳に直接電磁波で電気ショックを与えているので結果的に感電したのと同じような効果が出ている。
 スタンガンと違い、相手にスタンガンを当てる必要もなく、皮膚を伝わって脳にたどり着くのではなく直接脳にダメージを与える性質上、常人には彼女相手に攻撃も防御もしようがない。
「電流5〜10ミリアンペア程度に抑えておいたから死なないさ、こいつら運がいいね。電流の加減ってすごく難しくてうっかり100ミリアンペア超えたらすぐ死ぬし、死なしちゃうと後始末がめんどいから嫌なんだけど今日は私が絶好調の日でよかったね」
 10ミリアンペアと100ミリアンペアの違いをうっかりで済ませる大雑把さは力の加減がろくに出来ない黛のサイコキネシスと似たり寄ったりに見える。
 一人称を“私”と呼ぶこの黛千尋に限らず、パラレルワールドの黛千尋はたいてい調子に乗りやすく力の制御に問題があることが多い。うっかり近畿地方全域を灰にした発火能力者しかり、この娘しかり、体育館を全壊させた黛しかり。
 とはいえ、この♀黛の能力には一つ大きなアドバンテージがある。
「お前ら、もう二度とバカな気起こすなよ?痛い思いを繰り返したいっていうなら止めないけど。私の能力のことは黙って墓場まで持って行ってもらう。私やこいつに危害を加えようとか、エロいことをしようとか、今のことを誰かに伝えようとか考えると何度でも感電するように設定しといたからそのつもりでいろ」
 思考は電気信号なので電磁波を操る彼女は、〜を考えたら電気ショックを受けたように脳が感じるというように設定することが可能なのだ。
 脅しで言っているのか、本当なのか無表情なので他の人間には判別出来ないだろうが、黛には嘘ではないことが分かる。
「・・・お前、何しに来たんだ?」
 縛られている黛を♀の方の黛がほどこうとしているのを見て、今なら攻撃出来ると思ったらしいバカが早速感電の餌食になっている。
 考えただけでアウトという究極の地雷を設置出来るのが電磁波を操る黛千尋のもっともチートな特性である。
「変な悪霊が憑いて来たから落としてもらいに来たんだ。偶然ヤバいところに出くわしたから、助けてやれてよかったよ。そんなことよりこんなにキツく縛ったバカは誰だ、ほどけねえだろ・・・!」
 電磁波使いの黛が毒づいた。
 最悪、ネクタイを置き去りにしてテレポートすれば簡単に外せるのだが、テレポートはキツいのでなるべくやりたくない。
 それでほどいてくれるのを辛抱強く待っていた黛だったが、ドアが突然開いた。
「千尋・・・?」
 黛を下の名前で呼ぶのは赤司だけだ。
 ドアを開けて入って来た赤司に黛はギクッとした。
 硬く結ばれているネクタイがまだほどけず、縛られたままの黛を見下ろす赤司の視線が痛い。
「ああ、助かった。これほどけなくて困ってたんだ、解いてやってくれ」
 ♀の黛が赤司に場所を譲った。
 電磁波を操る黛は超能力こそチートだが身体能力自体は普通の女子高校生なので力は男の赤司と比べるべくもない。
「赤司征十郎だ。キミは?」
 ポケットから鋏を出して結び目を切った赤司の急な問いかけを受け、一瞬だけ黛に問いかけるような視線を送った電磁波使いの黛は簡潔に答えた。
「黛千陽(ちあき)だ」
 よその世界で本名を名乗ったら混乱を招くという認識はパラレルワールドへ行く者全ての基本常識だ。とっさに自分と同い年のいとこの名を名乗った。こういう時、全く関係ない偽名は出てこないものである。
「間柄は?たしか千尋は一人っ子で妹はいないはずだが」
「いとこだ。初対面なのにぶしつけな奴だな」 
「フッ、それはすまなかったね。他校生がこんな時間にこんな場所で何をしていたんだい?」
「千尋に用があって来たんだけど」
「悪霊がどうのと言っていたな。千尋には悪霊をどうにかする力があるのか?」
「近くにいるだけで自動的に除霊してくれる。霊能力は私が知ってる中では誰よりも強くて頼りになるよ」
 超能力は頼りにならないという副音声が聞こえて来た気がして面白くない。
 勝手に秘密をばらす♀黛千尋・・・に黛はハラハラしていた。秘密を誰かに伝えようとしたら感電するという地雷を赤司にも使うつもりなのか。それなら秘密は守られるが、特に恨みがある訳ではない赤司が感電で苦痛を味わうのはかわいそうに思える。
「そうか。ではキミの力は?感電とか言っていたようだが」
 それも聞こえていたのか。
 黛は息を飲んだ。
「お前は、これを使ったとは思わないのか?その方がずっと普通だろ」
 床に落ちていたスタンガンを拾い上げ、バチバチと放電させた♀黛に赤司が言った。
「思わないな。何かを考えると何度でも感電するように設定しといたと言ったのが聞こえた。そんなことは特殊な能力でもなければ不可能だろう。言っておくが、千尋を跡がつくほどキツく縛った部員達は制裁を加えられて当然だし、100パーセントうちの部員に非があると思っているから僕はキミの能力を誰かに漏らすつもりはない。ただ、うちの部員に何をしたか事実だけは知っておきたい」
「知らなくていい。除霊ありがとう。余計なこと言おうとしたらどうなるか分かるな?」
 除霊が目的ならば黛と一瞬会うだけで用は足りる。
 それを黛が襲われたところに出くわしたせいで時間をロスしたのだから当然だが、女黛は赤司の質問には答えず、黛に礼を言い、部員達を一睨みするとスッと立ち上がった。
 身長は160センチちょっとだろうか、小柄な彼女に部員達は威圧され、怯えたように後ずさった。
「待て、まだ話が・・・!」
 肩をつかんで引き留めようとした赤司はたちまち感電させられた。思考の後に行動がある以上、考えただけで発動する地雷を回避するのは未来が見える天帝の眼でも不可能だ。
「門限守らないと怒られるから帰るわ。遅くなるとまた悪霊が寄ってくるし。じゃ」
 回避不能の電磁波攻撃が可能な娘に危害を加えられる人間などこの世にいるはずがないと思えば、敵はあの世の住人らしい。
 黛をリンチしようとした部員達にとっては♀の黛は魔女のような存在であるから悪霊に祟られろ、と思った瞬間、脳が痺れる感覚に気が遠くなった。
 具体的に危害を加える計画を立てたり行動に移すだけでなく不幸を願うだけでもアウトではどうすることも出来ない。
 何かを思っただけでそれを叩き折られる感覚は絶望と無力感を生む。自分を無力だと思う人間に強豪校の一軍は務まらない。
 後日、五人全員が退部届を提出したことを悪霊退散のついでに世間話として語った黛に♀黛は古くから伝わる言葉を言った。
「人を呪わば穴二つって名言だな」
 どっちかというとお前が穴に突き落としたんだろと思った黛が聞いたのは別のことだった。
「あいつらは自業自得だからまあいい。それより、練習中は大丈夫だけど更衣室でよく赤司が痙攣起こしてるんだが、お前何かした?」
「赤司って赤い髪の奴か?あの日しか会ってないけど、たぶん地雷かけた時に一緒にはまってたのかもな。地雷の範囲は普段は10メートル前後だが調子がいいと倍以上の日もあるし」
 どう考えても原因はそれです、本当にありがとうございました。
「解除って出来ないのか」
「なんで?危害加えるのとエロいことと能力をばらすことの三つ考えるのを禁止してるんだから解除したら何されるか分からないだろ。何かされる前にサイコキネシスでバラバラに出来るような性格ならいいんだけどお前優しいから人間をミンチなんかにはしないだろうし。本当に解除したいのかよ」
 人をミンチにした後でミートソーススパゲティーを平らげるようなサイコパスもパラレルワールドにはいるが、この黛千尋はきわめて真っ当な普通人に近い性格だ。
 ましてや相手はどうでもいい相手ならまだしも、自分をバスケ部に呼び戻して特訓の相手までしてくれている天才なのだ。
 赤司が痛い目に遭うのはかわいそうだと思うくらいの優しさは当然ある。
「赤司に好きだって告白された。オレもあいつのことはまあ悪くないと思ってるし、OKしたんだけど二人きりになるたびに感電してるからいつ解けるのかなあと待ってたんだが自然には解けないみたいだから聞いてみようかなと思ってな」
「自然には解けないな。最低一年経てば解除を受け付けるようになるけど私の電磁波は地球の電磁波の影響を当然受けるから、解除は電磁波の状態が同じ時じゃないと出来ないんだ。まあ気長に待てば・・・?」
 一年に一度とかインデックスかよ。
 黛はアニメ化もされた有名すぎるラノベを連想してため息をついた。
 今後この電磁波使いの世話になるのはやめた方がよさそうだ。
 強いけど、いかんせん強すぎて能力の使い勝手が悪すぎる。
 自分が大好きな性格は黛と同じなので自分が酷い目に遭うのは許せないらしく、危ない目に遭わないよう助けてくれるのはありがたいのだが。
 何度感電させられてもエロいことを想像してしまう赤司は意外と学習能力がないというべきか、よく言えば折れない強さを持っているというべきか。
 感電プレイにはまってるんじゃなければいいけどと思う黛はとりあえず赤司を興奮させないため別の部屋で着替えようかなと思案するのだった。


終わり


 

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あきゅろす。
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