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バスケ漫画小説(年齢制限なし)
【腐向け】待ってられない、未来がある(赤司生誕祭2016)攻め受けが決まる前

 タイトルは、時をかける少女のキャッチフレーズです。
 黛さんが時間移動能力者。
 未来の黛さんがウィンターカップ決勝の結果を改変する鍵を持ってきたことから始まる赤司くん(僕)と黛さんの話。
 ウィンターカップ決勝、僕司くん視点だと崩れて自力で挽回出来ずにオレ司くんに交代だからすごく悔いが残っただろうなあと想像してたらこの話を思いつきました。
 タイムトラベルものらしく、攻め受けが決まる分岐点前にいるのでこの先どちらが攻めになるかはご想像にお任せしますので赤黛でも黛赤でもお好きな方で脳内補完お願いします。
 声のみの出演ですが海常の皆さんの声がいっぱい出て来ます。
 黛さんの両親や祖父母を捏造して、しかも祖父母は亡くなってることにしてます。
 筆者は決勝での黛さんがパスを通す道具として扱われた出来事に強い嫌悪感を持った人なのでその点ご承知おき下さい。(道具扱い事件が成立する世界線では僕司くんと黛さんがくっつくのが受け付けない人間です。作中、僕司くんにも否定的な意見を言わせてます)
 これで問題なければどうぞお進みください。
 

[newpage]

 12月20日、ウィンターカップを数日後に控え、監督と話していて遅くなった僕は何故か私服に着替えていた黛千尋が更衣室からやや離れたところで周囲をキョロキョロしているのを見つけて声をかけた。
「何をしているんだ?登下校時は制服に着替える規則なのを知らない訳ないだろうに何故私服なんだ」
「赤司、今日は何日だ?」
 千尋は僕の小言をスルーした。
「話をそらすな。校則違反だぞ」
 僕が叱責した時、ちょうど無冠の五将の三人がぞろぞろと更衣室から出てきた。
「征ちゃんお疲れ様、誰と話してるの?あらやだ、黛さん?いつの間に外に出たのよ?」
「あれ?あんた今ロッカーの前で制服に着替えてたよな?」
「そうだよ、ネクタイ締めてたよね?なのになんでもう私服になってんの?黛サンってTVの怪盗かなんか?」
「・・・・いいから先帰れ」
 千尋は三人の疑問に答えることなく投げやりに返事をした。千尋の塩対応はいつものことなので今更そんなことでは驚かない三人の前を通り越して更衣室のドアを開け、さっさと中に入った千尋に続いて僕も中に入る。
「みんな、お疲れ。今日は特に冷えるから風邪を引かないように気をつけて帰ってくれ」 ドアを閉める前に振り向き、釘を刺すのを忘れずに言うと、みんな口々に分かったと言って寮へ帰っていく。

「さて、どういうことか説明してもらおうか」
 僕は千尋・・・・洛山高校バスケットボール部三年PF、黛千尋を問い詰めた。
 登下校は制服が原則だから、ここに私服でいるのは校則違反だが、それでもこの更衣室で私服の千尋一人と会っただけならそこまで疑問に思わなかったかもしれない。
 だが、小太郎達が言うようにロッカーの前で制服に着替えていたのなら千尋が私服なのも玲央達に気づかれずに更衣室の外に出ているのも明らかに無理がある。千尋のロッカーは一、二年のロッカーより奥なので、いくら彼の影が薄いと言っても出る時に気づかないはずがない。

「それより、今日は何日だ?この時間に京都にいるってことは20日か21日のどっちかなのは分かるが」
 ずいぶん変な聞き方をするなと思った。
 22日はウィンターカップ開会式、23日からはウィンターカップだから22日以降はしばらく東京にいることになるのでたしかに京都にいる訳ないのだが、この聞き方は変だ。
 今日が何日か忘れただけなら普通に日にちを聞けばいいのに。
「20日だが?」
 話が見えない。
「そうか。お前の誕生日か、じゃあちょうどよかった。オレは未来から来た。いきなりこんな話されても信じられないというならそれはそれでかまわない。信じる、信じないはお前の勝手だが、オレの服装が急に変わった事実とこの中の映像が証拠だ」
 千尋は掌の上にチラリと目をやると一方的にペラペラ喋り始めた。
「・・・・ここに保存されているのはお前にとってショックな内容かもしれない。けど未来を変える重要な鍵が含まれてるからつらくてもしっかり見てうまく使え、オレからの餞別っていうか誕生日プレゼントだ。誤解しないように言っておくが、オレは悔しいけど後悔はしてない。ミスしていろいろ言われはしたけど、それでも一世一代の晴れ舞台に立てたしまあ悪くはなかったよ。ただ、お前にとっては悔いが残ったかもしれないからやり直しのチャンスをくれてやるってだけ。この話が信じられない、あるいはこの中身で満足なら、その時はこのUSBをこの世界のオレに渡して全部忘れろ」
 千尋は誕生日プレゼントにしてはどう見ても中古のUSBメモリスティックを僕に渡すと掃除用具入れを無造作に開けた。
 この世界の?
 今いる千尋はこの世界の千尋ではないというのか。 
「お前は・・・?何をするつもりだ?」
 あっけに取られた僕に千尋は答えた。
「超能力は人に見られてると使えないんだよ」
 乱暴に箒やモップや塵取りを出すと千尋は無理やり中に入った。
 いくら細身とはいえ身長182センチの男が掃除用具入れに入るなんて無茶だと思ったが、バタンとドアを閉めた次の瞬間、
「うわ、狭っ、どこだここ」
 自分で入ったくせに文句を言った千尋に呆れながら用具入れを開けてやると中から出てきたのは制服姿の千尋だった。
 こんな狭い掃除用具入れの中で一瞬で着替えることも、ミスディレクションで視線を誘導して例えば双子の兄弟と入れ替わることも不可能だ。千尋が出てすぐ確認したが、掃除用具入れにはどこにも人が通れる穴など空いていなかったから通り抜けも無理となると、私服の千尋が超常現象によって制服姿の千尋と一瞬で入れ替わったとしか思えない。
 玲央達の話によれば、こっちの千尋が先に更衣室にいた方の千尋のはずだ。
「ああ、埃ついた、最悪」
 制服についた埃を叩いて落としている千尋に僕は質問した。
「お前、今までどこにいた」
「実家の自分の部屋。お前、何をどこまで聞いた?」
 僕が先ほど私服姿の千尋に今日の日付を聞かれたことから始めて、彼に聞いたことを一字一句違えずに言うと千尋は黙って考え込んだ。
「さっきの千尋は一方的に言いたいことだけ言っていなくなってしまったが、超能力とはなんだ。お前も使えるのか」
 さっきの千尋は未来から来たと言った。
 それが本当なら千尋はタイムトラベラーということになる。
 この男はどこにでもいる影が薄いだけの高校生にしか見えないが、そんな力があるというのか?
 自分の人を見る目には自信があった僕が内心動揺していると千尋は苦笑した。
「・・・今は使えない。詳しいことを答える前に着替えちゃえよ。そんな簡単にすむ話じゃないからな。お前が着替えてる間にちょっと頭の中、整理させてくれ」
 千尋にそう言われ、着替えて一緒に寮へ戻る間にもう一度同じ話を振ると、今度は答えがあった。

「オレの能力はタイムリープとタイムトラベル、状況によって違うけど要は時間を越える力だ。今回はタイムトラベルだったみたいだが」
 タイムリープとタイムトラベルを分けて考えている千尋にどう違うのか聞くと、千尋が言うには、
「タイムリープ」は「自分自身の意識だけが時空を移動し、過去や未来の自分の身体にその意識が乗り移る」こと。物は運べない。
「タイムトラベル」は「自分自身が意識・身体とも時空を移動すること」。本来の時間の千尋や千尋の持ち物は過去や未来から来た自分やその持ち物と入れ替わる。
 よくあるタイムトラベルものでは、本来の時間の自分と過去や未来の自分が鉢合わせしたりするが、それはエネルギー保存の法則に反するのであり得ないだとかなんとか異常に熱心に解説された。千尋は得意教科が物理だけあってこの手の話が好きなのだろう。
 エントロピー増大の法則がどうとか隙あらばタイムトラベルに関する物理学的命題について話が反れそうになるのをその都度軌道修正させるのはかなり骨が折れた。僕は大雑把に概念を把握出来ればそれでじゅうぶんなので、タイムトラベルの原理について研究したい訳じゃない。

「・・・そんな力を隠し持っていたのか。今まで何故黙っていた」
 タイムトラベルの説明をいいかげん聞きあきた僕が、その気になればいくらでも便利に利用出来そうな力だと悪用、もとい活用法を考えていると千尋は説明を始めた。
 自分の興味のあることだけ饒舌なのは理系男子あるあるだと思う。
「別に隠してた訳じゃねえけど。オレの両親は共働きだったから、オレは実質ばあちゃんに育てられたようなもんなんだけど、小学生の時、そのばあちゃんが死ぬ未来を回避しようとして無茶したせいか、時間移動はその時を最後にもう使えなくなったんだよ。最後に出来たのは何年も前だし、なんの証拠もないのにオレは時間移動能力者だとか言える訳ないだろ。厨二病患者のたわごととしか思われないに決まってる」
 千尋の言い分を聞いて僕は一応納得した。
 僕だって、小太郎達から千尋の服装やいた位置を聞いて疑問に思っていたところ、掃除用具入れに入った千尋が一瞬後に違う服になっていたという不思議な現象を目の当たりにしなかったら、時間移動などという話は戯れ言としか思わなかっただろう。

「日付をやけに限定していたのは何故だと思う?」
「時間移動出来る範囲は前後十日が精一杯だ。20日か21日と断定したってことはたぶん30日から来たんだろう」
 思ったより狭い範囲でしか移動出来ないんだな。バックトゥ○フューチャーではたしか親が結婚する前に行ったせいで消えかかったりした気がするが。
 一世一代の晴れ舞台というのは29日の決勝と考えてほぼ間違いないはずだ。
「あっという間に帰ったことには何か理由があると思うか?」
「それなら分かる。自分がもといたのと違う時間にはせいぜい三分しかいられないんだ。時間切れになるともといた世界の結果で固定されて過去を変えられなくなる。過去を変えるために来て固定させたら来た意味がないから、長居したくないのは当たり前だ」
「三分しかいられないってウルト○マンみたいだな」
「カラータイマーはないけど時間切れが近づくと耳鳴りがするからすぐ分かる。そんなことよりお前、ウル○ラマン知ってたんだな・・・」
「お前は僕をなんだと思ってるんだ」
 そんなに浮世離れして見えるのか。国民的ヒーローくらいは普通に知っているが。
「超能力は人に見られてると使えないというのは?」
「これは超能力者がい○夏っていうラノベの受け売りなんだけど、超能力は観測者が多くなればなるほど成功率が下がると言われている。オレの場合、力が弱いせいか誰かに見られてる間は飛べたことが一度もない。帰るのは時間切れになれば嫌でも強制送還されるが、それだとさっき言ったように過去が固定されてしまう」
「意外に不便なんだな。他に世間の時間旅行ものと違うところはまだあるかい?」
 千尋は少し考え込んだ。
「十日以内にしか行けない、飛んだ先には三分くらいしかいられない、ここまでは言ったよな。他には・・・一日一回しか飛べない、飛ぶ側、飛んで来られる側、どっちも誰も見てない時しか成功しない、質量保存の法則のせいか、物は持って来た物ともとあった物が自動的に交換になる。自分の物ならデータも含めて運べるが、借りたり盗んだり自分の物でない物は運べない。過去や未来の人間に能力や未来のことを教えても、ほとんどの場合、別の情報と置き換えられて伝わってしまう。特徴はこんなもんかな」
 試合でミスったと言った千尋が時間移動能力があるのに修正しに行かないのは誰も見てないところにしか飛べない上に三分くらいしかいられないという制約のせいかもしれない。これはかなり使い勝手の悪い能力だ。
 もちろん、ないよりはいいのだろうが。
「では、僕にも間違った情報が伝わっているのか?」
「いや。時間移動の理由に関わる最重要人物とだけは未来の情報を共有できるし、能力を明かしてもエラーは起きない。やり直しのチャンスをやると言ったのなら今回の時間移動の鍵を握るのはお前なんだろう。オレのばあちゃんのケースで言うと、大人になんとかして欲しくてオレのお袋や親父や病院の人に状況を説明したり携帯で写真を撮っていって見せたりいろいろ試したがばあちゃん本人以外には何を言っても見せてもどうやっても信じてもらえなくてダメだった。ばあちゃんが死ぬ一週間前にじいちゃんが死んだ時や友達が引っ越した時もじいちゃんとか友達本人には伝わったけど、その時一緒にいたばあちゃんとか友達の親には全然違う話に伝わっていた。どういうメカニズムか分からないが、能力を認識出来ない人間には下手に情報を与えても因果関係の不一致を招く事態を回避する方向へ進む力が強く働くみたいだ」
 時間移動の鍵を握るのが僕。
 この中には僕にとってショックかもしれない内容が入っている。ショックな内容とはなんなんだろう。
 ここで寮に着いた僕達は自分の部屋に荷物を置いて着替えた後、食堂で待ち合わせすることを約束していったん解散した。
 千尋にはまだ聞きたいことがたくさんある。







 寮の食堂へ行くと三人が先に来ていて、食べ始めていた。
 僕達も定食メニューをトレーに乗せて同じテーブルにつくと、着替えの間に出てきた疑問を千尋にぶつけてみた。
「ところで、お前は未来のことをどの程度知っているんだ?」
「何、赤司、ラノベの話?」
「黛さん、あんた征ちゃんにあまりおかしなこと吹き込まないでちょうだい」
「ラノベではないよ、千尋が時間移動能力を持っているという話で」
「ああ、そういう設定なんでしょ?高三にもなってまだ厨二病を卒業出来ないなんて残念な人ね」
「設定じゃなくて、本当の話だ、お前達も千尋が制服から私服に変わったところを見たんだろう」
「黛の影が薄すぎるからどうせ見落としたんだろ。それよりメシ食え、今日は肉だぞ肉」
「でも千尋のロッカーは入り口から遠いし、お前達に気づかれずに廊下に出られるはずがないとは思わないのか」
「黛サンの影の薄さならイケるっしょ。赤司が担がれるなんて珍しいね」
 担がれた?この僕が?
 いや、でも千尋が掃除用具入れに入って一瞬で服が変わったのはそれではどうやっても説明がつかない。
 僕にミスディレクションは通用しないし、手品でどうにか出来ることじゃない。
「・・・理屈で説明がつかないことをいくらやってみせても、能力を認識出来ない人間には普通と思われるかせいぜいトリックとしか思われない。説得するだけムダだ」
 千尋は黙って食べていたが死んだ目で言った。どうやらよほど苦労したことがあるらしい。
「で、お前は未来をどの程度知ってるんだ?」
 僕は説得を完全に諦めた訳ではないが自分が食事するためひとまず千尋に喋らせることにした。
 成長期だし部活男子はお腹がすくので食べない訳にいかない。

「エネルギー保存の法則の関係で過去や未来の自分とは直接には会えないから連絡手段はだいたい手紙だ。音声より文字の方が情報量が多いから。未来の自分が残しておいてくれたメモを入れ替わってる間に読んで分かる範囲でしか知らない。未来に関する情報をもとに現在の行動を決めてオレTUEEEするには情報が全然足りないな、戦○自衛隊みたいに分かりやすい火力がある訳でもなし。万馬券当てるとかなら出来そうな気がして試してみたけど、未成年者はそもそも馬券買えないし、親に買わせようにもそういう能力の使い方はアウトみたいでダメだったんだよな」

 最後に能力を使ったのは小学生の時と言っていたから親に買ってもらうしか方法はなかったのだろうが、馬券を買わせようと試したのか、この男は・・・。
 僕が千尋を白い目で見ながら話を戻そうとすると、小太郎が言った。
「馬券って言えば、花宮の中学の先輩、桐皇の今吉サン?競馬が趣味らしいよ」 
「え、いいのかよそれ」
「予想するだけでお金を賭けないならいいんじゃないかしら?」
「へーえ・・・」
 大輝から聞いた話では彼は妖怪サトリと呼ばれるほど人の心を読む主将だそうだが、そんな趣味があったとは。
 無冠の五将の“鉄心”木吉の趣味は花札だとか噂話が盛り上がっている中、僕は千尋に聞いてみる。

「今回もメモがあったなら何が書いてあったんだ?」
「オレ個人へのアドバイスとメッセージだ。鍵になる奴に渡すためUSBメモリを一つ持って行く、もしそいつが信じなかったらUSBを回収しろってさ。それを壊せば未来から来るUSBが存在しなくなって情報のタイムトラベルは起きずに終わるってわけさ」

「なに、まだラノベの話してるの?ほんとに逆行もの好きねえ」
 千尋の死んだ目にハイライトが入った。
 なにか琴線に触れたらしい。 
「逆行は強くてニューゲーム、こっちが今話してるのは時間旅行。行って帰ってくる話だから逆行とは全然別物だ」
 三分しか滞在出来ないのを旅行と呼ぶのはおこがましい気もするが、千尋に勧められて読んだことがある逆行ものは未来の知識と技能を持った自分が過去の自分になり代わる話だったように記憶しているからたしかに別物だ。
 逆行なら私服の千尋がこの世界にずっといて制服の千尋になり代わらないとおかしい。

「別物って言われても、そんなの林檎と輝夜がどうとかよりさらに区別がつかないよ〜」
「おバカ、そんな話振ったら黛さんが食事も取らずに喋り続けちゃうじゃない、何考えてんの」
 玲央が小太郎を叱りつけ、永吉がご飯をおかわりに行っているなか、僕と千尋はまだ半分も食べていない。
「林檎は異星人の機械人形で転校生、輝夜は兎耳敬語キャラで妹、なにもかも違うのに違いが分からないとか、頭ん中、ババロアでも詰まってんじゃないですか?」
 死んだ目で言った千尋におかわりを持って戻って来た永吉がおののいた。

「黛の敬語、初めて見た・・・あんた敬語が使えたんだな・・・」
 千尋の敬語は僕も一度も見たことがなかった。スタメンが千尋にとって全員下級生という事情もあるが、黒子と違い誰にでも敬語を使うような性格ではない上、ミスディレクションの成果で監督やコーチと話す機会もないことからいつでもタメ語を使っている印象があったせいか違和感が凄まじい。
「お前が言うな」
「頭ん中、ババロアってそれ花宮のチームメイトでガム噛んでる奴のセリフ!」
 小太郎は面と向かって悪口を言われたのに何故かうけている。
 そこから始まって知り合いの名セリフをネタにしている彼らの軽口を聞きながら、人にネタにされるような軽率な言動はするまいと自分に戒める。
 黒子っち下さいとか、オレに勝てるのはオレだけだとかキセキの世代の迷言が次々に出てきてキセキの世代の元主将としてはとても恥ずかしかった。あいつら全員処す。
 
 夕食を完食すると僕はスタメン全員でこのUSBの鑑賞会をしようと提案した。
「その中身、何?」
 玲央が食いついてきたので、僕は笑みを浮かべた。
「それは見てからのお楽しみだ」
「えー、先に教えてよー」
 気になっている様子の小太郎に僕は優しく言った。
「僕もまだ見ていないんだよ。だからみんなで見ようと思ってね」
「どこで見るんだ?」
 どうやら永吉も見にきてくれるつもりらしい。
「千尋のところがいいんじゃないかな。パソコンいじりが趣味で性能のいいパソコンを持ってるそうだから」
 千尋はあからさまに嫌な顔をした。
「特殊な作業する訳じゃないならノートPCでじゅうぶんだろ。・・・談話室に持ってってやるからそこで見ればいい。くそ狭い四人部屋にでかいの四人も来たら他の奴らの迷惑だってことくらい察しろ、オレもルームメイトも全員受験生なんだぞ」
 受験生でスポーツ推薦でもないのに冬まで部活をする生徒は洛山では珍しいので教員からは何やら言われているもようだが、千尋は淡々と部活に出ている。
 夜遅くまで自主練もこなして趣味の時間も確保して学業にも支障を出さないのだから、相当時間の使い方がうまいのだろう。

 食べ終わった食器を下げ、談話室に集合することを約束して自室にお菓子を取りにいく道すがら、千尋にそっと聞かれた。
「どういうつもりか知らないが、未来の情報は他の奴には伝わらない。たぶんそれを見てもあいつらには内容を認識出来ないだろう。どうやって未来を変える?」
「その認識出来ないというのがどういうことかをまず確かめようと思っている」   

 談話室に着き、千尋にパソコンを立ち上げさせるとUSBを差しこんだ。
 特に暗号化などはされておらず、画面に映ったのは東京体育館。
 テレビ中継の録画らしいのだが、ウィンターカップ決勝と書いてある字幕を見て永吉が言った。
「お、NBAの動画か。いい筋肉いっぱい映ってて絶対おもしれえよな」
「もうほんと筋肉バカね。でもこの面子で動画鑑賞会なんてしたことないからたまにはいいかも」
「黛サンがこういうのまざると思ってなかったから超意外〜」
 口々に出てくる言葉に僕は声を失った。
 三人が僕をかついでいる様子はない。
 まさか、本気でNBAの映像が始まると思っているのか?
 画面の中では洛山と誠凛のスターティングメンバーの紹介が行われているのに・・・。
 内心動揺した僕に千尋が小声で言った。
「違う情報に置き換わるって言ったろ。こいつらには別のバスケの試合に見えてるんだ。風邪ひくと分かってる奴に風邪引かないように気をつけろ程度の忠告は世間話の範囲内でセーフなんだが、あるラインを越えると脳にブロックされるからその境界線を見極めるのが難しい。未来が分かってても時間の修正力と戦うのは容易じゃない」
 そう言えば千尋は祖母が死ぬ未来を回避するために無茶をしたと言っていた。
 だがたしか千尋の家族構成は両親と本人だけだったはず。
「千尋、お前はおばあさんを助けられたのか?それとも時間の修正力とやらで・・・?」
「助けたと思ったら死んだのはじいちゃんの時な。ばあちゃんは死ぬ未来を受け入れた。何度も失敗してどうしても助けられそうにないと思いつめた死の前日、本人に直接言ったオレに、教えてくれてありがとうと笑って親戚や家族や友達と本人なりの別れをすませて身辺整理して静かに旅立ったよ」
 そんな結末だったのか、しかも祖父も結局亡くなっているとは。
 時間の修正力の強さを聞かされている間に試合が始まった。

 再生してみると中身は単純なテレビの録画という訳ではなく、結果を知っているだろう未来の千尋の声も時々入っていた。
「うちの母親、父母会の席に座らないでいたら第三クォーター辺りで近くにモデルのキセリョがいるのを見つけたけど、会場内のビデオ撮影は禁止だからって声を録音したんだと。雑音が酷いから加工してくれって頼まれて録音があることを知った訳だけど、海常のジャージ着てる奴らと一緒だったっていうからチームで観戦してたんだろうな。オレや旧型のシックスマン君のことが話題になってるところを重ねとく。第三者の目から観戦した生の声はそうそう聞けるもんじゃないから参考にするのは悪くない。結構辛辣なこと言われるのは覚悟しておけ。赤司へ伝言。いつか黄瀬と会ったら年上に呼び捨てはやめろって叱っといてくれ。百歩譲ってお前は主将だから許すが、よその一年にまで呼び捨てされんのはムカつく」

 第一クォーター
 いきなりゾーンに入った誠凛の10番に先制され、一時はリードを許すもテツヤの影の薄さがなくなっていたことから逆転。終了間際に誠凛主将の3Pが出て同点の21-21で終える。

 第二クォーター
 千尋が幻のシックスマンと明かされる。最後に僕のアリウープが出て62-37

 第三クォーター
 始まって三分ほどで千尋の影の薄さが薄れ始める。ここで海常の選手らしき声が入ってきた。
「黒子は今DF面で洛山に大きな重圧を与えている。コート上にさっきまでいた選手が姿を消し、いつどこからスティールを狙ってくるかわからない。差を縮めなきゃならねえ誠凛にとってOF以上にこの効果はでかいぜ」

「そのOF見てて思ったんだが・・・交代直後はともかくとして今も一番の武器であるパスを使う気配がない。しかもさっきはバニシングドライブも使わなかった。黛を目立たせると言ってもそれには時間がかかるはずだ。上書きはまだ終わっていない。そのことを差し引いても腑に落ちない。黛への上書きができたとしてそれだけで洛山の残りの選手が黒子を見失うのか?それになぜ黛までさっき黒子を見失ったのか?」
 バニシングドライブというのがどんなものか知らないが、テツヤはドリブルもするようになったらしい。

「その答えは一緒っスよ。黒子っちはミスディレクションの誘導のパターンを少しだけ変えてる。いつも目線で誘導する状況では身ぶりで、身ぶりで誘導する状況ではポジショニングでみたいにね。洛山の選手が黒子っちを早々に見失わなくなったのは影の薄さがなくなったからだけじゃない。黛が完璧に黒子っちのミスディレクションを再現していたから。完璧すぎて逆に黒子っちがここまで気づくのが遅れたほどに。同じミスディレクションを知っていた。つまり最初からすでに耐性がついてたんスよ」
「だから耐性のないパターンに変えたってのか?」
「マジかよ?」

 千尋の影の薄さがなくなった理由は明白だった。他の者にマークがついていてパスする相手がおらず、自らシュートを撃つことが続いたことで目立ってしまい、影の薄さが消えたのだ。
 そしてテツヤには影の薄さが戻った。
 千尋は途中でテツヤの意図に気づいた様子だったが、彼の後ろががら空きだったことから選手の本能でつい抜いてしまい、とうとう影の薄さを完全に上書きされてしまった。

「影に徹する。口で言うのは簡単スけど実はそれはとてつもなく難しい。必要なのは選手としての本能を抑えこむ鋼のような理性。新型の幻のシックスマン黛千尋には性能では勝っても黒子っちに絶対勝てないものがある。それはシックスマンとしてのキャリアとシックスマンとしてチームのために戦う意志。つまり影である覚悟の重さ」
 千尋にキャリアがないことなど最初から分かっていたことだ。中学時代から全国大会に出場して場数を踏んでいたテツヤと高三まで二軍だったため公式戦の経験がなかった千尋では試合経験に関しては比べるべくもない。千尋の方が年上でバスケの技量では上だが、実戦経験では圧倒的にテツヤの方が勝っている。
 それでも僕が手塩にかけて鍛えた千尋がこのような形で新型の幻のシックスマンとしての特性を失うとは思っていなかった。

 洛山はタイムアウトを取った。
「ここで無冠の三人にクソミソに言われる。ミスしたのは事実だし反論する気はなかったが」
 未来の千尋のコメントが入る。
 僕は千尋の肩に手を置いて、唇の動きから恐らく“期待している”と言ったように見えたが、言うことはこれだけか・・・?
 なんの対策も話し合っていないままタイムアウトが終了し、千尋はそのままコートに出た。
「自分から視線を外すミスディレクションパターンしか修得していない黛にオーバーフローは使えない。一対一で勝てることも黒子っちの影の薄さ継続と天秤にかけたらデメリットの方が大きいはずなのに?」
 海常の選手達は千尋を出し続けていることに疑問を持っている様子だ。
「それでも出したということは何かスキルよりメンタルを取ったのか?赤司は黛にまだ成長の可能性があると信じてチャンスを与えた?」
 千尋のメンタルが強いのはたしかだが、僕がそんな采配をするだろうか。
 疑問に思っていると画面の中の僕は千尋に視線を集めて千尋をパスを通す道具として利用し始めた。いくらメンタルが強いと言ってもさすがの千尋も呆然としている。画面の中の千尋も、今僕の隣にいる千尋も。

「赤司の黛の使い方は非情というほかないな。仕事はただ火神の視界に入る位置に突っ立っているだけ。そんな扱いはこの上なくショックなはずだ。それでも投げやりにならないのはユニフォームを着てコートに立ってるからだろう。かろうじて残っている選手としての義務感だけが無感情に身体を動かしている」
 この作戦は決して誉められたものではないが、千尋があれほどショックを受けていたのは事前通告が何もなかったからだろう。
 タイムアウト中にそれらしいことを言った様子が全くなかった。
 自分が楽しくなければバスケなんてやる意味はないと言った千尋にこんな絶望した顔をさせてコートに立たせた自分が自分で信じられない。もっと他に方法はなかったのか。
 せめてタイムアウト中に意図を説明して、つらいだろうがベストを尽くせ、期待しているよとでも激励していれば違ったのだろうが・・・いや、それでもあれは下策だ。
 あんな方法は使うべきじゃない。

 その後、小太郎のドリブルが攻略され通じなくなり、玲央の虚空が誠凛の六番に見切られたところで第三クォーター終了、88-68

 第四クォーター
 誠凛主将に玲央が止められ、永吉が木吉に止められる苦境の中、僕がゾーンに入った。 この時点で88-78、残り8分50秒。
「・・・オレはいなかった時のことだけど、赤司は決勝の前に実渕達三人と三対一で勝負して勝ち、その時、『自分が己の力のみで戦うと決めた時、みんなに失望し、見限った時にゾーンに入る』的なことを言ったらしい。赤司がゾーンに入っても、うちのスタメンがだれも喜んでないのはそのせいだ」
 そんなことを言ったのか?
 だがそのゾーンは長くは続かなかった。僕が誠凛の10番にエース対決で敗れたことで、ゾーンが解けてしまったのだ。
「今の動き、黒子はお前じゃなく10番、火神の動きだけを見てお前を止めたように見える。お前と同じように未来が見える眼に開眼したのかもな」
 テツヤが僕と同じ眼を手に入れた・・・?
 ショックを受けた僕はズルズルと崩れ、残り五分でタイムアウトを取った時すでに洛山は92-90まで追いつめられていた。

「このタイムアウト中は交代だと言いかけた監督を遮ってほとんどオレが喋ったから再現する。無様だな。慰めたり励ましたりするとでも思ったか?しねーよそんなこと。オレは聖人じゃねぇし、ただ気に入らなかったから文句言いたかっただけだ。あんだけ偉そうなこと言っといてお前、こんなもんか?オレにはそうは思えないんだけどな。屋上で初めて会った時とは別人だ。つーか誰だお前」
 パスを通す道具扱いした僕をそれでも信じて僕の力はこんなものじゃないと言ってくれるのか。簡単に崩れて10点も献上した僕を。胸が熱くなる。千尋の信頼に応えたい。
 しかし。
「この後、赤司が人が違ったみたいになる。オレは赤司征十郎に決まっているだろうとか言った後、無冠の奴らに頭下げるし、実渕を誉めてテンション上げさせたり本当に別人としか言いようがねえ」
 
 この時、人格はオレに交代していた。
 オレはチームメイトを全員ゾーンに入れ、味方をサポートしていたが、誠凛の選手達もどんどん動きがよくなって次第に押され気味になっていく。
「誠凛の10番、火神の真のゾーンは味方全員をゾーンに入れる、ゾーンの最終形態らしい」
 そして、残りわずかの局面で玲央が誠凛の主将に痛恨のファウル。
 誠凛の主将がフリースローをわざと外し、リバウンドを取ったのは鉄心、木吉鉄平。マークを外したテツヤが独特なフォームでシュートの体勢に入り、それを止めに行ったオレに微笑んだテツヤはシュートからパスに変え、10番がアリウープ。
 105-106で誠凛が優勝した。

「勝てなかったのは悔しいけどオレは精一杯やった結果だから受け入れられる。でも赤司はタイムアウトの最中に明らかに人が変わった。オレが誰だお前とか言ったせいかもしれないし、そうじゃないかもしれないが、自分が自分でなくなった後、負けたらショックなんじゃないかと思ったらどうしてもなんとかしてチャンスをやりたくなった。今なら久し振りに時を越えられそうな気がした。過去に戻れたとしても、課題に対策する時間は少ないけど頑張れよ。・・・未来で待ってる」
 ここで映像は終わった。


「なんか飲むか」 
 千尋は気恥ずかしくなったのか立ち上がった。
「おごってくれるのか?サンキュー」
「んな訳ねえだろ、給茶機の茶でじゅうぶんだ」
「それタダじゃん!ケチ!」
「うるさい。嫌なら水道の水でも飲んでろ」
「そんなのもっとやだよ」
「あら、私、自分のは自分で運ぶから大丈夫よ」
「自分のだけかよ」
 わいわい言いながら給茶機に群がる四人を見て、ふと思う。
 千尋は少し言動は冷めていて塩対応気味だが、意外に献身的だ。他の三人もそんな千尋の個性を理解して絡みに行っているし、必要以上に馴れ合いはしないがお互いの仲は決して悪くない。
 それなのに決勝の雰囲気はひどく殺伐としていた。その原因が、三対一で僕が勝ち、己の力のみで戦うと決めた時にゾーンに入ると宣言した結果だとしたら?
 自分の能力を上げるだけの僕のゾーンでは周囲の力を引き上げるオレや火神の真のゾーンには及ばない。
 だが、負けるのは嫌だ。
 負けて消えてしまうのは嫌だ。
 負けたら僕の全てが否定されてしまう。
 未来から千尋が来てくれたことに感謝する。
 試合の動画を見てしまったからにはもはや信じないなどという選択肢はあり得ないし、敗北を受け入れることも真っ平だ。

 千尋を道具扱いなどせず、真っ当な方法でもっと点を取る。
 余計な失点を減らす。

 この二つを達成するには僕だけでなく千尋にも更なる努力が必要だ。
 テツヤのミスディレクションの新しいパターンを再現出来るようにして無冠の三人の練習台になってもらう。
 それから千尋自身も自分が対策された時に対応出来るよう別のミスディレクションを模索する必要もあるし、スティールやスクリーンアウト等で守備でももっと貢献してもらわなければ。
 TV映像という絶好の資料があるのだから癖を見抜くことはそう難しくないはずだ。

「ほら、茶。PCにはこぼすなよ」
 千尋は両手に持っていた紙コップの片方を僕に差し出した。
「・・・ありがとう」
 茶のことだけでなく、未来を変えるきっかけをくれたこと(それは未来の千尋がこれからすることだが)、無冠の三人に千尋なりの方法で歩み寄ってくれたことに礼を言うと千尋はかすかに目元を和ませた。

 僕が持って来た(誕生日プレゼントでもらった)お菓子と給茶機のお茶でささやかな茶話会に移行するとみんな口々に言った。
「プロテインやスポドリとか水ばっかだから普段こういうの飲まねえんだけど、温かい茶も意外とうまいもんだな」
「今日みたいに寒い日は身体が暖まっていいかも」
「だろ?腹冷やさなくてすむし、何より無料だし結構オススメなんだよ」
「みんなで同じものを飲んでるからおいしいんじゃない?征ちゃんには紙コップのお茶なんて安っぽいものは似合わないけど」
「フッ、なら今度、いい紅茶をごちそうしよう。その前に明日から新しいミスディレクションを練習に取り入れるから一週間で慣れてもらう。期待しているよ、お前達」
 千尋の舌打ちは見なかったことにしよう。




 僕が負けて消えてしまう未来を回避するチャンスをくれた千尋に特別な思いを持つのは当然だが、その思いが同じ目標へ向かって同じ情報を共有する仲間というだけにとどまらず、愛し愛されたいという思いに変わったのもあるいは必然かもしれない。
 大会中、思うように練習が出来ない間も、千尋のパソコンで試合の動画を何度でも繰り返し見た。
 未来の動画はこの時間の普通のパソコンでは再生出来ず、再生出来るのは時間移動能力者の千尋のパソコンだけ。
 肩を寄せあってノートパソコンの同じ画面を見つめていると千尋に触れたい、触れられたいという思いが広がっていく。
 パスを通す道具扱いされた未来を見て動揺したものの、数分で立ち直って温かいお茶をくれた千尋と体温を分け合いたい。
 未来で待ってるという千尋の声を最後に、動画が終わると僕達はホッと一息ついた。
 今日の準決勝、秀徳に勝った洛山は明日、いよいよ決勝に、タイムパラドックスとの戦いに臨む。
 
「・・・思ったんだが。このUSBは、洛山が負けた未来のものだ。その情報に基づいて未来を変えたら本来の未来は消滅し、このUSBをくれた千尋とは会えなくなると思うんだが、そのあたりはどうなんだ?」
「未来を鉄道にたとえると、明日の決勝は東京駅だとする。路線も行き先もたくさんあって、どれに乗ってどこにたどり着くかはまだ分からない。それに到着駅が同じでも途中経過はそれぞれ違う。東京から池袋に行くとしたら、丸ノ内線でも山手線でも、中央線で新宿に出てから埼京線でも行けるけど、景色は違うし地下鉄とJRでは料金が違うし、歩く距離も違うみたいなもんだ。たしかにこのままだと会えなくなる可能性は高いけど・・・会いたいか?」
「会いたい。二分くらいしか一緒にはいられなかったが、恩人の千尋に会って一言感謝の気持ちを伝えたい」 
 千尋は唇を少し持ち上げた。
「力が使えなくなってから長いことこの感覚を忘れてたけど、今なら飛べそうだ。連れてってやろうか、そいつのいる未来へ」
「出来るのか、そんなことが?」
「昔、ばあちゃんを連れてったことがあるから、人を連れて別の時間へ行くこと自体は簡単だ。ただし問題がない訳じゃない」
 千尋は言葉を切って僕を見つめると意味ありげに笑みを浮かべた。
「まず、前に言った通り、質量保存の法則があるから、オレと未来のオレは同時に同じ時間には存在出来ない、だからオレはお前を送ったらすぐに帰る。第二に、オレは一日一回しか飛べないから迎えには行けない、帰りは未来のオレに送ってもらうしかない。第三に、オレが運べるのは自分のものだけだ。お前がオレのものになるなら連れて行けるけど、どうする?」
 僕は微笑み返した。 
「お前が僕のものになるのなら、僕も喜んでお前のものになるよ」
 思いが通じあった僕達はどちらからともなく顔を近づけ、口づけをかわした。





 千尋からの手紙とUSBを預かった僕は千尋に連れられて初めてのタイムトラベルを経験した。目撃者がいると飛べないから目は閉じていろと言われたので固く目を閉じていたから時間移動中のことは酔う、ということ以外何も分からない。
 これはたしかに、一日に何度も出来ることではない。ひどい乗り物酔いのようで気持ちが悪い。
「お前、オレと屋上で会った方の赤司か」
 僕の誕生日に部室前で会った時と同じ私服を着た千尋に話しかけられ、僕は頷いた。
「そうだ、先日は僕に未来を変えるチャンスをくれてありがとう。この時間のお前にそれだけどうしても言いたくて同じ時間の千尋に連れて来てもらった。千尋から手紙を預かっている」
 僕が手紙を渡すと未来の千尋は手紙を開いてサッと目を通した。
「いつのオレだろうとオレには違いないから気にしなくてよかったのに。・・・分かった。お前を連れて分岐前の世界に行けばいいんだな」
 もう一度時間移動酔いをしなければ帰れないのかと思うとうんざりだが、明日決勝なのだから帰る以外の選択肢はない。
「頼む。・・・お前には会えなくなってしまうけど、必ず勝ってみせる」
「お前がいなくなる未来を回避するために過去へ行ったんだからお前が消えさえしなければ、会えなくなってもかまわない。・・・オレはそれでいい」
 ウィンターカップ決勝で洛山が誠凛に負けた未来の千尋はそう言って目元を優しく和ませ、かすかに微笑んだ。




 再び目を閉じ、千尋に連れられて行った先は何故か洛山の部室前の廊下だった。僕はキョロキョロと周りを見回してそれを確かめると千尋に聞いた。
「千尋、今日は何日だ?」
 この千尋と初めて会った時、そう言えば彼は20日か21日かという聞き方をしていたが、もしかして遡る日数はコントロール出来ないのだろうか。
 僕が恐ろしい想像と時間移動酔いの吐き気に青ざめていると、ちょうど無冠の五将の三人がぞろぞろと更衣室から出てきた。
「征ちゃんお疲れ様、誰と話してるの?」
「実渕、今日は何日だ?20日か21日なのは分かるんだが」
「あらやだ、黛さん?いつの間に外に出たのよ?」
「あれ?あんた今ロッカーの前で制服に着替えてたよな?」
「そうだよ、ネクタイ締めてたよね?なのになんでもう私服になってんの?黛サンってTVの怪盗かなんか?」
 聞き覚えのある会話に千尋は納得した様子で言った。
「・・・・20日だな、分かった。いいから先帰れ」
 千尋は三人の疑問に答えることなく投げやりに返事をした。千尋の塩対応はいつものことなので今更そんなことでは驚かない三人の前を通り越して更衣室のドアを開け、さっさと中に入った千尋に続いて僕も中に入る。
「みんな、お疲れ。今日は特に冷えるから風邪を引かないように気をつけて帰ってくれ」 ドアを閉める前に振り向き、釘を刺すのを忘れずに言うと、みんな口々に分かったと言って寮へ帰っていく。

「さて、どういうことか説明してもらおうか」
 僕は千尋・・・・洛山高校バスケットボール部三年PF、黛千尋を問い詰めた。 
 当然だ、どうして僕が来た本来の日付の28日でなく20日に戻ったのか問い詰めなくてはならない。
「原因と思われるのは時間の修正力だ。12月30日のオレが12月20日に現れた、その事実を変えるだけの材料がなかったんだろう。まあ記憶はそのままだからいわゆる逆行をしたと思えばいい」
 僕はあっと気がついた。
 そう言えば、玲央達は僕が前に聞いたのと全く同じことを言っていた。
 これが逆行か!
「つまり、強くてニューゲーム・・・?」
「そういうことだ。USBはそのまま使えばいい」
 千尋は掃除用具入れからモップやら何やらを取り出し、無理やり中に入る。
「じゃあな。今度こそ寄り道しないでしっかり戦って、勝てよ」
 僕に目を閉じていろと言えばいいだけなのに何故狭いところに入るのかと疑問に思った瞬間、千尋の声が響いた。

「うわ、狭っ、どこだここ」
 千尋には記憶がないのか、不安に思いながら用具入れを開けてやると中から出てきたのは制服姿の千尋だった。
「ああ、埃ついた、最悪」
 制服についた埃を叩いて落としている千尋に僕は質問した。
「お前、今までどこにいた」
「実家の自分の部屋。お前、何をどこまで聞いた?」
 この千尋に今まで僕と積み重ねた記憶がなかったら、時間移動などということを言えば頭がおかしくなったと思われるかもしれない。僕はドキドキしながら言った。
「僕はウィンターカップ準決勝が終わった28日から来た。30日のお前から預かったUSBでウィンターカップ決勝を勝とうとしている」
「そうか・・・、じゃあ逆行か。こっちは30日にお前を送って行った後タイムリープした。時間の修正力ヤバいな」
 この千尋は僕の恋人になった千尋なのか。しかし、それでは一つ腑に落ちない。
「・・・?20日のお前はどこへ行ったんだ?」
 28日の千尋は30日に僕を送ったらすぐ戻るつもりだった。30日にいたのは一瞬。
 30日の千尋は一瞬どこか別の日にちに押し出された後は、30日にいたはず。そして僕を連れて20日に来た。
「28日じゃねえ?たぶん、20日の赤司も一緒だ。USBを受け取る前のオレ達は事前情報もなにもないし、お前はオレを駒としか思ってないからUSBで見た展開通りに普通に誠凛に負ける。それでお前が消える未来を防ぐために30日のオレがUSBを持って現れたと考えれば筋は通る」
「でもUSBはもうここにあるぞ」
「それで対策して、28日に時間移動せず決勝でお前が消えなければこれ以上逆行しなくてもすむかもしれない。東京から池袋に行く話にたとえると、30分以内にたどり着かないと未来が自動確定するとして東京から池袋なら丸ノ内線の方が早いし、乗り換えもないし、終点だから乗り越す心配もなくて確実だが、何故か中央線に乗っちゃったみたいなもんかな。乗り換えがあって回り道だし時間は余分にかかるけどそんなの新宿で埼京線か湘南新宿ラインか山手線に乗ればまだ間に合うだろ。ガキの頃、埼京線を強い方の最強線だと勘違いして強そうだなあと思ったのを思い出すよ。勝つためにはオレ達が最強になればいいだけだ」
 僕は東京出身だからもちろん分かるけど、休日は知らない駅でふらりと降りてみるのが好きな千尋はずいぶん駅に詳しいらしい。
「そうだね。最強は僕達だ。今度こそ乗り越えよう、未来を」

 僕と千尋はアイコンタクトでお互いの気持ちがある程度通じるようになってきている。だから今も目と目で見つめあっただけで通じあい、ごく自然にキスをかわした。
 これから先、何があろうと二人で乗り越えようと決めた、誓いのキスを。









Fin.



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後書き

 映画第三弾には黛さんがパスを通す道具扱いされるシーンがなかったので、これって未来が改変された世界?と想像するのはとても楽しかったです。
 黛ヒヨコが「言うなよ」と赤司ヒヨコをビシッと叩いてるところは意外に強く叩いていて、親密度が上がるとこんなに遠慮がなくなるんだ、と新鮮に思いました。赤司くんには、叩かれる前に避けたり手を払いのけたりするイメージがあったけど日常では意外と隙が多いのかなあとか、自分が悪いと思ったからズガタカ言わなかったのかなあとかいろいろ妄想がはかどって短いけど楽しい新作映像でした。
 オープニングの楽しそうにストバスする姿は尊いの一言。
 個人的には、パスを通す道具扱いは事前に意図を説明して実行したとか、説明する時間がなかったならまだしも、タイム中に説明する時間はたっぷりあったのにあえて説明なしでやるなんて意味が分からない、あれはないわーと思っていたので削られてよかったと思います。
 黛さんをパスを通す道具扱いした僕司くんはDV彼氏っぽくて原作、TVの世界観の延長だとどうしても黛さんと関係が続く未来が想像出来なかったんですけど、劇場版第三弾が問題の場面を削ってくれたおかげで私の中で僕司くんとの未来にもワンチャンある感じになりました。それでこの話が書けたという。
 赤司くんはコート上の戦略を一人で決めてるみたいなところがあってチームメイトとどういうゲームメイクするか相談して決めるのはほとんどなかったイメージ。
 共通の目的に向かうビジョンを共有し、深くは知らなくても本質に触れる鋭さと、目を見ただけで赤司くんの意図を理解する賢さを持ち、時には自分を叱咤してくれる黛さんに惚れない訳がありません。
 この先、カプ固定へ進むかリバへ進むかも分からないけどどんな二人でも幸せになって欲しいです。
 電車のたとえが東京になっているのは行き先が多様なのは東京駅かなという連想の結果と自分が慣れてる場所の方がイメージしやすいからです。知らない駅でふらりと降りてみるのが好きな黛さんならどこでも知ってるよね、ということで。
 ウィンターカップ会場でビデオ撮影が禁止なのは確認したけど録音がダメとは書いてないようだったので録音したことにしちゃいましたが、もしアウトだったら直すかもです。

 
 ここまでお読み下さりありがとうございました。



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