宝珠遊戯
17
当たり前だけどカーテンを開ける気にはならない――けど、確認しない方が、無駄な恐怖を募らせるから。
俺は思ったより震えない指に何処かで感心しながら、分厚いカーテンを引き開けた―――
―――― 紅……
―― 紅イ髪……
軋む音から確かな『声』へと変わる。
それでも引き開けた窓の向こうは、微かな月光に照らされた街並みだけ。
「………誰、だ…?」
随分かすれた声に、応える者は…居ない―――
―――紅 アカいぞ その髪
――疎ましいぞ その光
「……――っうわ…!!」
突然、ベタリと、窓に何かが張り付いた。
大人の掌大の…黒い其れ。
―――歪に伸びた8本の脚が、キチキチと硝子を掻く。
―――黒 ノ 仔 か …
―――黒の 仔 ぞ …
―――開 かヌ な
1匹じゃない…蜘蛛に似た其れの、夜闇に浮かび上がる8つの眼が、確かに俺を捕えてた。
――― ガン …ッ!!
鋭く尖った脚が窓に打ち付けられる。
「…――ぁ…」
叫んでしまえたら、まだ楽だったかもしれない。
凍り付いた喉は、情けないくらいかすれた声しか紡ぎ出せない。
―― ガン …ッ!
「――っ、………!」
――怜斗…
頭に浮かび上がるのは双子の兄の名前。
怜斗の所にもコレが居るのか?
もしそうだとしたら……助けに、行かないと…!
無意識に後退っていたのか、トン、と背中に何かが当たる。
―― ガン …ッ!!
其れが扉だと頭が認識する前に、俺の躯は開いてく扉に寄り掛かるように後ろに傾く。
「―――去れ、禍の者。其れは御前には破れん」
耳障りの良い低い声と共に、躯に腕が回って引き寄せられる。
後ろから抱き竦められて初めて、俺は自分の震えを自覚した。
―― 黒 ノ 仔 …!
―― 忌々シ きよ …
――― 退ケ…
―― 今宵ハ 退ケ…
―― キキキ …ッ !
尖った脚が硝子を掻いて、蜘蛛が視界から姿を消す。
―――とうに割れても良い筈の硝子が耐えているのは、きっと結界のお陰なんだろう。
「……ア……ゼル…さん……?」
震える腕を抱えて、何とか押さえながら首を動かすと、いつもの微笑を消し去った端正な貌が俺を見下ろしてて―――
「―――こういう時は、呼べ。御前1人の手に負えるような相手ではない」
……不機嫌なんだろうか。
でも、抱き締めてくる腕が、安堵感を運んで来るのは確かで……
あぁ……俺、怖かったのか……
気付かなかった。
「――す…ぃ…ません。声、が……出なくて」
まだ少し、かすれる声と、躯の震えを振り払うように、俺はゆっくり深呼吸を繰り返す―――
「……怜斗、は…」
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