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7.





「次は、私を連れてって下さいよ!」


 それは、余りにも予想外なセリフだった。何度か瞬きをした後、俺は五回目でようやくその意味を理解する。

「……あぁ、わかった」

 頷いてみせれば、サラは再び視線をあらぬ方向に向けて。

「……まぁ、有難うございます、デスよ」

 小さな声で言うものだから、思わず笑いそうになって慌ててそれを噛み殺す。ここで笑ったら可哀想だ。

「……って、オレと出かけるときに付けてくれよ! つーか何で兄貴なのにセヴランがサラにネックレスなんてあげてんの!? お前は兄だろ! 何なの? お前がどうしてサラと出かけるの!? つーかオレにもお土産は──げふぉあっ!」

「空気ぐらい読んで下さい」

 唐突に割り込んできたラウルが転倒する形で再び視界から消えた。理由は読んでいたらしい本を丁度ラウルの後頭部の位置に掲げているノエルの姿を見れば理解してもらえるだろう。……あの本、厚いから痛いだろうな……

「アンタは何を言ってんデスか! 全く!!」

 そう言いつつもラウルに視線を送るサラは、多分一応仮にも彼氏なラウルを心配してるんだろう。きっとそうだ。……と思う。それに復活したラウルがデートがどうだの休日が何だの言い始めて、また二人で論争になってる。まぁ、どうせサラが折れるんだろうけど。

 それをぼんやりと眺めていれば、隣のノエルが深々と溜め息を吐いた。

「大変だな、お前も」

 俺が苦笑すれば、えぇまぁと返される。けれどもノエルは俺を見上げると、微笑のような苦笑のような、どっちともつかない笑顔を浮かべて。

「まぁ……サラさんも、大変みたいですけど」

「うーん……まぁ、ラウルはいつもあんなんだからなぁ……」

 もう慣れているんじゃないだろうか。そんな意味を込めて笑えば、違いますよとノエルが苦笑する。

「……鈍い人が相手だと、ってことです」

 ノエルの言葉に、俺は一人首を傾げる。鈍いって、何がだろう。確かにラウルは空気を読めないっていう点に関してはものすごく鈍いけど。

「どういう意味だ?」

 結局分からないのでノエルに尋ねてみれば、「秘密です」と小さく笑った後、「ですが」と続けて。

「ヒントを言うのであれば……『も』じゃなくて『を』……ですかね」

「んー……?」

 どういう意味だ? さっぱり分からない。

 もう一度質問しようとしたけれど、結局それは叶わなかった。サラとラウルの様子を眺めていたソフィーが、俺の元へと来たからだ。

「お兄ちゃんっ!」

 一度飛びついた後に、ソフィーは満面の笑顔で俺を見上げる。

「今度、お姉ちゃんと出かけるの?」

「あぁ……うん、そうだなぁ……」

 出かけるって約束はしたけど、今年は予算を一度立て直さなきゃいけないとか言われてるからなぁ……時間がなかなか取れない。というか、どこに連れていけばいいんだろう? 色々と迷うなぁ……

 一人思考を巡らせていると、不意にソフィーが俺の服を引っ張った。自然と再びソフィーに視線を向ければ、小さく手で招くものだから腰を屈めて耳を寄せる。

「私は、お留守番してるねっ!」

「へ……?」

 それじゃあ意味がないんじゃないだろうか。だってサラはソフィーと出かけたいんだろうし。なのにソフィーが留守番をしてちゃあ、出かける理由がなくなるんじゃあ……

 けれどもソフィーは「だってね」と嬉しそうに笑うから、俺は一先ず続きを聞くことにした。

「私ばっかり、独り占めしてるから、たまには譲らないと!」

 いや、譲るって言われても……

 サラがソフィーにベタ惚れなのは最近だけの話じゃあないし、第一俺と二人で出かけるよりはラウルと出かけた方が楽しいんじゃあないだろうか。一応恋人同士なわけだし。うーん、どうなんだろうなぁ……

 再び考え込む俺に、「でも、」とソフィーは更に話を続けて。


「私も、また二人でお出かけしたいなっ!」


 それに一旦思考を止め、俺はソフィーを見る。その胸元にはさっき俺が渡したネックレスが光っていて、それが何だかこそばゆい。

 ──まぁいいか。今度暇な日がわかるまでに、色々考えておけばいいだろう。

 そう結論付けて、俺はソフィーの頭を撫でた。水みたいに指通りが良い。さらりと落ちる金色の触り心地が良くて、俺は何度かそれを繰り返す。そうすればくすぐったそうにソフィーは目を細めた。

「……うん。考えとくよ」

 嬉しそうに笑ってくれる。それだけでこっちも嬉しいから、少しくらい悩んだって構わないだろう。夏休みはまだあるし、一日くらいは予定のない日ができるかもしれない。それには生徒会の仕事を片付けなくちゃいけないんだけど、目標があれば人間頑張れるものだ。

 うん、明日から仕事頑張ろう。

 早速頭はこれから片付ける仕事の内容を整理し始めたせいで、周囲の音が僅かに遠くなる。

 だから、

「……一番大変なのは、セヴランさんかもしれませんね」

 人気者ですから、と。

 後ろでノエルが笑っていたことに、俺は最後まで気づかなかった。



 

(さぁ頑張ろう)(まだ夏休みは、始まったばかり)



 タイトル:お題サイト「逃避行」様より





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