5.
「お兄ちゃん」
あと少しで家ということろで、不意にソフィーが立ち止まった。
「ん? どうした?」
屈み込んで顔を見れば、あのね、と少しだけ俯く。そうしてポシェットを開くと、中から小さな包みを取り出して。
「はいっ! 今日連れてってくれたお礼!」
「あ……え、いいの……?」
半額とはいえ、サラに買った手鏡だけでも結構な出費だ。その上俺になんか買って大丈夫なのだろうかとか、貰っていいのかと心配になる。
けれどもソフィーは
「いいの! だってお兄ちゃんに買ったんだもん!」
と大きく首肯したから、有り難く受け取ることにした。
「開けてみて!」
きっと反応が知りたいんだろう。興奮気味に急かすソフィーに笑いながら、俺は袋を丁寧に剥がした。そうして出てきたのは、深い紅の石がついた指輪だ。
「これ……」
金色の太いリングの中央に、割合大きな宝石がはめ込められた、それ。俺の記憶が間違ってなければ、あの手鏡でソフィーが出した金額と同等の値段がするはずだ。
「お兄ちゃん、その色好きでしょう? それ、魔除けの指輪なんだって! 右手の薬指にしてね!」
「……うん」
予想外だ。しばらくそれを眺めていた俺は、我に返ってソフィーに視線を移した。
「……ありがとう、ソフィー」
「えへへー……うん! どういたしまして!」
早く帰ろう!
そう言って手を引くソフィーは、多分照れているんだろう。けれども上機嫌に鼻歌を歌っているから、俺が気に入ったことは十分に伝わったみたいだ。
さっそく指輪を嵌めた手を翳してみる。どこまでも深い、紅の宝石。俺はこの色が好きだ。
「……ありがとう」
小さく言った二度目のお礼は、穏やかな風に乗って流れて行った。
「ソフィー、何処まで行ってたんデスかあああぁぁぁぁ!!」
帰るなりソフィーに泣きつくサラ。それを見て、ソフィーが俺に視線を向けてきた。言わんとしていることを理解して俺が頷けば、未だ抱きついたままのサラにソフィーが笑顔を向ける。
「お姉ちゃん、はい、プレゼントっ!」
「え……」
ソフィーから離れたサラに、ソフィーが持っていた紙袋が差し出される。目をぱちくりさせてそれを眺めていたサラに、さっきと同じようにソフィーが「開けて開けてっ!」と急かし始める。
「私に、デスか……?」
受け取ってからもぼんやりとそれを見つめていたサラは、やがてソフィーの要望通りにゆっくりと中身を取り出して行く。詰められていた箱を開け、包んでいた紙を外せば、出てきたのはあの手鏡だ。
「これ……」
呆然としたままそれを眺めるサラに、ソフィーが笑顔のままに口を開く。
「あのね、お兄ちゃんが昨日、隣の村で宝石の市があるって教えてくれてね。一緒にお祝いのプレゼント買いに行こうね、って約束したのっ!」
「お祝い……?」
オウム返しに尋ねつつ首を傾げるサラ。当然だ。サラの誕生日はまだ先だし、この夏休みにお祝いごとは特にない。思い当たることがないのも不思議はないだろう。
けれども、ソフィーは依然嬉しそうに笑ったまま、サラとラウルを交互に見て。
「お姉ちゃんと、ラウルさんが、恋人になったお祝いっ!」
ソフィーの言葉に、サラが瞬きをすること数回。やがて俺へと向けられた視線に、俺も思わず笑顔を浮かべた。
「ウチにある鏡、結構古いだろ? これから頻繁に使うだろうし、せっかくだから買いに行こうって。な?」
「うんっ! お兄ちゃんと私で半分こだよっ!」
サラは何か言おうとして、けれども結局鏡に視線を落としたまま黙り込んだ。それを見ていて、俺はポケットの中にあるものを思い出す。
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