2.
「じゃ、夕方には帰ってくるから」
「おう! 行ってこい!!」
「じゃあね、ラウルさん、ノエルくん!」
手を振りあう三人を傍観していれば、ふとセヴランさんが僕を振り返った。
「ノエル、今日も生徒会?」
「あ、はい……」
頷いてみせれば、そうか。とセヴランさんは笑う。こういう表情は、ソフィーさんによく似てる。
「何かあったら気軽に言って。俺、一応そっちでも生徒会だったし」
多分、手伝えるからさ。
そう続けるセヴランさんは、やっぱり兄なんだなぁと思う。気遣いの面では誰よりも上だ。少なくとも、僕の知る限りでは。
「あ……、ありがとうございます」
「いえいえ。じゃあ、また後で」
軽く頭を下げて、セヴランさんはこの場を後にする。それをぼんやりと見送っていれば、不意に隣の兄さんが堪えるように喉で笑い始めて。
「……どうしたんですか」
とうとう頭でも狂ったんですか、あぁすみません元からですよね。なんて言葉が浮かんだけれど、口にはしないでおいた。どうせ「オレは正常そのものだぜ!」なんて主張されるに決まってる。
兄さんは一頻り笑った後、「いやな、」と僕を見下ろした。
「セヴランも大変だなぁってよ」
「……貴方の責任でしょう」
「いや、違うね!」
胸を張って無実を主張された。……早く誰かこの馬鹿をどうにかして下さい、切実に。
と、僕が思っていることを珍しく察したのだろうか。ちっちっち、と指を振ってみせる兄さんに苛立ちを覚えた。何だろう、余裕な面を見ると尊敬より苛立ちが来るのは、兄さんの普段の言動が大きな原因だと思うけど。
「甘いなぁノエル。まぁお前に分かるはずないけど!」
「そうですか。それじゃあ僕は用事がありますので失礼します」
「ええぇぇちょっとここは質問するとこじゃね!? スルー!? ここはスルーするところなんですか! 聞けよ!!」
尋ねてこいと喚く兄さんに、これ以上騒がれるのも鬱陶しかった僕は渋々「どういうことですか」と質問した。正直、どうでもいいと思わなくもない。
「つまりだな!」
自信満々。そんな表現がぴったりな態度で、兄さんが口を開いた。
「サラは一緒に出かけたかったわけなんだな、コレが!」
偉そうに胸を張る兄を張り倒したいです。
「……それくらい僕でも理解できますが」
「いやー、どうせお前はサラがソフィーちゃんと出かけたかったと思っているに違いない!」
え、と固まったのは正常な反応だと思いたい。それじゃあ、まるで、それが勘違いみたいな言い方だ。
「……違うんですか?」
あのサラさんのことだ。自分を差し置いてセヴランさんがソフィーさんと外出するのが嫌だったんじゃないか。そう考えていたのが間違いだったらしい。兄さん曰く。
「いやぁ、サラはソフィーちゃんにばっかり構ってるセヴランに怒ってるわけなんだな!」
「はぁ……」
それは、何だろう。つまりソフィーさんと出かけられるセヴランさんに嫉妬しているわけではなく、自分を置いていくセヴランさんに怒っている、ということなんだろうか。……いや、そんな、まさか。
「つまりだ。サラはセヴランにもうちょっと構って欲しいわけだ! まぁアレでサラもセヴランの妹なわけだし」
……そういうものなのかな、あのサラさんが……。……あんまり想像できないというか、普段が普段なせいでよくわからない。
と、いうか。
「それって大半が兄さんのせいじゃないですか?」
疑問形にする必要もなかっただろう。結局のところ、一番兄さんの面倒を見ているのは(家の中にいる間見ている僕を除けば)サラさんなのは明白だ。それでソフィーさんの面倒を見る時間がなくなって、セヴランさんがソフィーさんにつく時間が長くなったわけで。それはつまり、全ての元凶は兄さんになるんじゃないだろうか。いや、なるんだろう、確実に。
「…………いやいやいや。でもほら、オレって一応サラの彼氏だし!」
しばらく無言になったあたり、流石に少しは自覚していたらしい。
「今日だって兄さんが向こうの家に押しかけなければ」
「さーてさっさと行きますかー待ってろサラー!」
「あからさまに誤魔化さないで下さい」
セリフが棒読みです、兄さん。
でも、そうか。そういえばサラさんはセヴランさんの妹だった。双子な上に性格がああだから、たまに忘れそうになるけれど。
僕は兄さんにもう少し頼れるようになって欲しいとは思う。けれどもそれとはまた違う想いが、サラさんにもあるんだろうか。弟からの兄に対する感情と、妹からのそれとはきっと違うんだろうけれど。
……よくわからない。兄さんの言うことだから、信憑性も微妙なところだ。兄さんのように、ソフィーさんが生まれる前から二人と知り合いだったなら違うんだろうけれど。
けれどもやっぱり、サラさんにとっては、セヴランさんもたった一人の兄なわけで。
「……大変ですね……サラさんも」
不器用な上に、鈍い人が相手なだけに、尚更。
自分のことは棚に上げて、そんなことをぼんやりと思った。
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