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男と箱と青いタマ
 

 果てが無いような広い長方形の部屋に、等間隔に蝋燭が揺らめいている。光源はそれしかなく、辺りは薄暗い。

 部屋には延々と机が並べてあり、その一つの席に男はいた。血が通っていなさそうな蒼い肌に、白いシャツに、黒いズボンという簡潔な服装だ。

飴色の、凹凸が激しい木の机の上には、白い紙が置いてある。手触りはざらり、としていて堅く、頑丈な紙だ。そして、一目見ただけでは分からないだろうが、表面には微かな線の窪みがある。

 男はまず、窪みに沿って銀の鋏で紙を切る。その手つきは慎重に、ゆっくりと動き、時間をかけて窪みから寸分の差も無く紙を切り終える。そして紙で切れた傷跡が数え切れぬほどある太い指で丁寧に紙をおる。その手つきもまた緩やかだが正確で、折られて辺が合わされた紙同士には、すこしも隙間が無かった。

 折り終わったら、男は左端にあった破璃の、簡素な瓶の蓋を開け、木の匙で中のものを掬い取る。それは透明なとろりとした液体で、等間隔に壁に掛かっている蝋燭の光を受けて、銀に輝く。男は匙から液体が零れぬよう気をつけながら、切り口につける。そして紙同士をあわせる。その液体を塗った後には、合わせた紙は離れず、継ぎ目も薄らとしか分からない。

 そうして、男は箱を作り終えた。片手で持つには大きいが、両腕で持つにも小さいその箱を、男は大切そうに両腕でしっかりと抱え、席を立ち上がる。少し離れた隣には、男と同じ黒い服装で箱を作っている青年がいたが、男が立ち上がった事に気にも留めず、黙々と箱を作っている。この部屋での音は、箱を作っている際に出る音と、時々誰かが立ち上がる音、それだけで構成されている。無音ではないが、その音しか聞こえない故に、静かだ。




 最後に蓋を閉め、男は机と同じ色をした木製の椅子から立ち上がり、歩き出す。黒い大理石に裸足は冷たいと感じるが、ただそれだけだ。男は緩慢な動作で足を動かし、ゆらり、と蝋燭と同じように身体を揺らしながら歩く。幾分か、決して近いとは言えない距離を歩き、やっと部屋の端が見えた。そこには、六人の人間が立っている。黒く深めの帽子に、黒い外套、黒い革長靴と全員同じ格好をし、見える目から下の肌はやはり蒼く、見分けが付かない。しかし目のまえの人たちから見れば、男も、隣に座っていた青年も同じに見えるに違いない。男が箱を六人のうち一人に渡すと、一人が持ち、一人が銀製の物差をあてがう。一人がその目盛を見て首を振ると、箱を持っている一人は隣にある木製の、腰の高さまである蓋が無い箱にそれを捨てた。

 男はその動作をぼんやりと見つめる。箱が捨てられた場所には箱がうず高く山積みになっている。全て男が作った箱で。どうやら男が作る箱は規定より大きく作られるらしい。どんなに正確に作ってもそうなるので、六人も男に注意するのを諦めている。

 男がその動作を見届けてから、自分の席に帰ろうとしたとき、別の男が箱を抱えてやってくる。六人はさっきと同じように物差で計り、今度は一人が首を縦に振ると、一人が蓋を開け、一人がその箱を六人の背後の棚に置いた。

 その棚のような物は、部屋の端の、更に向こうから来ている。箱が置かれた瞬間、歯車が動く音が棚の内部からし、箱が左から右へ勝手に動く。同じく上方から歯車の音と共に鉄製の道具が降りてきて、箱の中に青白く揺らめく丸い発光体を入れる。それは綺麗に箱に収まり、そのまま端の、更に向こうの何処かへと運ばれてゆく。

 

 箱に何を入れるのか、前に六人がぼそり、ぼそりと話しているが聞こえた時、青白く光っているものは、たましい、というらしい。しかし、その事はさして意味が無い。男はただ箱を作るだけだ。箱を作り、捨てられる。その繰り返し。

 男が席に戻るとき、すでに新しい紙が用意されている。その事についても、男は不思議とも、何も思わない。

 眠る、と言うことを知ってはいるが、したいとは思わない。食べる、という行為も同じだ。

 男は、ここにいる人たちは、何も思わずにただ箱を作る。時が流れるものだということを忘れるほどに。

 

 あれから、何十と捨てられた箱が積まれ、男がまた新しく箱を作り終え六人の下へ向かった時、先に箱を渡している人がいる。六人の所へ行くときは、必ず誰もいないか、丁度検分が終わった時だ。いつもと同じように歯車が回り、箱が動くと同時に青白い発光体が箱の中へ入れられる。

 しかし、発光体は箱から出、上空を漂う。ゆらり、と青白く揺らめくそれに照らされ、空の箱が遠ざかる。六人は、微かにしか聞き取れない、細々とした声で何かを話し合う。その間も青白いそれはゆっくりと落下しながらも漂い、

 男が持っている箱の中へと、蓋をすり抜けて入っていった。男は、呼吸さえ止まるほど固まった。何かを拒否するかのように、感覚が指の先から無くなる。

 六人はその様子を見、男から箱をとりあげ、蓋を開けていつもより右の方へと箱を乗せる。そのまま箱は動き出し、暗闇の奥へと消えていく。

 途端に、男の頬が引きつるかの様に動いた。一瞬だけだったが、頬が上へと引っ張られるようなその動きは、今まで一度も無かったことだが、男が認識する前に顔の表情は元に戻る。

 六人は男を元の席へ戻るように手で促す。男はその指示通りに六人に背を向けて歩き出す。

 そして男はまた箱を作る。また幾千の一つが必要とされるまで。


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あきゅろす。
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