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7.


 ゆきの自宅は神社のすぐ裏にある和風の屋敷だ。
 神社自体がかなり歴史のある大きなものなので、ゆきの自宅もかなり大きく広い。現代ではかなり珍しいような大家族でも難なく住めそうな規模だ。少なくとも十人程度なら余裕だろうとゆきは踏んでいる。昔祖父の息子夫婦が同居していたときも、結構な人数にも関わらず使用していない部屋があったらしい。離れもあるが使用しておらず、これらのことが一応の根拠にはなっている。

 そのうちの一室にゆきは千広を通した。千広にとって見慣れたその部屋は、昔からよく足を運んでいたゆきの自室だ。
 その中央に置かれた丸い小さなテーブル……というよりは卓袱台に近いそれを挟んで、二人は向かい合わせに座り込む。

 ごそごそと白衣の中を漁る千広に、自然とゆきの視線が注がれた。

「……これ、ちょっと見て」

 言いながら千広が見せたものは、小さな白い箱だった。ゆきが彼女に渡したものよりも幾分か大きく無機質なそれは、小箱のようにも見える。

「これ……」

 どうしたの、と、ゆきが目で問う。どこかで見かけたような気もするが、どうにも思い出せない。そんな様子のゆきに、千広は穏やかな笑顔を浮かべて答えた。

「先生がね……遺されたものなの」
「……先生、が……」

 その単語を静かにゆきが復唱すれば、千広は小さく頷いた。

「もう、十年も前になるのよね……」

 愛おしそうにその箱を見つめる千広。その横顔を、ゆきは無言で見つめた。

 先生、と呼ばれるその人物に、ゆきは会ったことがない。ただ、両親が他界した千広を引き取った科学者で、千広を育てたこと、そして自分の研究のほぼ全てを千広に託したことは、千広から聞いて知っている。今では祖父母の家で暮らしている千広がその家に入ったのは、十年前のことだ。

 十年前に近所で起こった謎の大火事のことは、幼いながらにゆきも覚えている。大勢の人々のいた研究所は焼け落ち、研究者が何名も亡くなったのだ。その中に、千広の先生も含まれている。先生は自分の死期を悟っていたかのように、千広にこの機械を託したのだ。
 そう考えて、ゆきは内心納得していた。彼女に見覚えがあったのは、これを当時の千広に見せてもらったことがあったからだ。

 それを思い出す度に、ゆきは千広が今ここにいることを心底有難く感じる。この親友も、下手をすればあのときの火事で亡くなっていたかもしれないのだから。
 ──……最も、大規模な火事のために、先生を含むほとんどの者の遺体は発見されなかったので、未だ行方不明のような扱いの者も多いが。

 そんなことを考えていたゆきの耳に千広の静かな声が聞こえてきて、ゆきは思考を中断した。

「十六になるまで、決して動かしちゃいけない、って言われてたからね……動かすのは、今日が初めてよ」

 言いながら、千広の細い指が器用に機械を開ける。スイッチがいくつもあるそれは、とても常人には理解できるものではなかった。無論ゆきも一般人であるから到底理解できる代物ではない。
 十六歳になるまで動かしてはいけない、と言われていたからには、それ相応の働きをする機械なのだろうか。
 ふと、そんな疑問が浮かんできたゆきは、それを首を傾げつつ口にした。

「……これ、どんな機械なの……?」
「…………さぁ」

 ゆきの問いに、しかし千広は首を振った。予想外なことに驚くゆきに、千広は一つ苦笑する。

「アタシは先生に預けられただけだったし……まぁ、動かす許可は年齢制限付きで出たってことは、今のアタシなら大丈夫だって先生が判断したんだろうし」

 だから大丈夫だと思う。

 そう結論付ける千広は、心底その『先生』を信頼しているのだろう。それがわかったから、ゆきも別段反論することもせずにその機械に視線を注ぐ。

(……それにしても、何の機械なのかな)

 ゆきは首を傾げて、じっとその機械を見つめた。大きさからすればオルゴールなどが浮かんでくるが、中を見る限りそうではないだろう。何か仕掛けがありそうな風でもない。色々と思案していくうちに、ふと目につくものがあった。




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あきゅろす。
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