3. 言語は通じない。だが、千広が空いている手を白衣の裏へ差し込んだことと、その様子から言葉の意味を察したのだろう。少年は動きを止めると、その金色の目を細めた。 そこにあるのは唯一つ。──確かな敵意だ。 (やられた……!) 後悔の念が、千広の胸を締める。 (アタシ達がこの場所の人間じゃないって元から知ってるのは、レインとあの男くらい……) 自分達がこの場所へと連れて来られたとき、あの場にいたレイン。そして渦を開いたあの男も、自分達のことを知っていると思って間違いはない。 (『アレ』ってことは人数は多分一人……それに対して、今までの男達も誰かが一枚噛んでるとすれば、相手はあの男一人とは限らない……) やけに自分達の発見が早かったこと。そして執拗なまでの追走のことを踏まえれば、そう仮説を立てることは難しくない。 (しかも、シロちゃんがやられて分が悪くなった途端現れて、こっちに手を貸す様子も何もないなんてヤツ……) 唇を噛み締めて、千広は少年を睨み付けた。 (向こう側に決まってるじゃない!!) 少年の元には、やはり武器のようなものは見当たらない。服もかなりの軽装なので、千広のように何かを隠し持つことも困難だろう。少なくとも、大きな武器は見当たらない。 (どうやって逃げる……? 走って振り切れるかしら……?) 碧衣がいくら小柄だと言っても、人一人抱えてはやはり速度は落ちてしまう。相手方がどういう理由でこの少年を送ったのかはわからない。が。 (単なる様子見か……もしくはそれ相応の実力があるか……) 後者の場合、走って逃げるのは不可能だろう。 (……やっぱり、やるしか……) 白衣に入れた指先で、千広は試験管にそっと触れる。冷たく冷えた無機物であるそれを確かめると、彼女は少年の隙を窺った。 ……と。 それまでただ二人を見ているだけだった少年の手から、何かが二人目掛けて放り投げられる。 「何……!?」 警戒心からそれに視線を当てれば、すぐに何であるかは確認ができた。 「石……?」 真紅に輝くそれは、最早見慣れたも同然の宝石。 何故それを投げる必要があるのか。突然のことに戸惑った千広は、その意図に気付くのが遅れた。 一直線に向かってくる足音。それに気付いたのは、既に少年が十分間合いに入り込んできた後だった。 (しまっ……) 試験管に触れていた腕が掴まれた瞬間、焼けるような痛みが少年の手から伝わってくる。咄嗟に手を払おうと白衣から腕を出した千広の左肩付近に、空いた少年の掌が当てられた。 ──刹那。 どくん。 「……──っ!?」 心臓が大きく脈打ち、原因がよくわからないまま、千広の意識は沈んでいく。 最後に近くに落ちた宝石の色が、幼馴染の少女の髪飾りを彷彿とさせて。 (……ゆき、ちゃん……) 声にならない声で呟いたが最後、彼女の意識は途切れた。 前へ次へ [戻る] |