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9.



「割ると煙が出てくるの。……普通の人間ならほぼ完璧に眠るはずよ。そこを、無効にする薬を持ってるアタシが助けに行くわ」

 その説明でゆきは納得したらしい。小瓶を慎重な手つきで袂へとしまった。一方の碧衣は未だに疑問の残る表情を浮かべてはいたものの、今はそれを尋ねている時間がないことを理解しているのだろう。ゆきの行動を見た後に、それ以上は何も言わず同じようにしまった。

 それを確認して、千広は薄く笑みを浮かべる。

 その、どこか不敵ともとれる雰囲気を纏ったまま、再び千広は岩のほうへと体を向けた。

「行きましょ。先のことは、まずあの岩に着いてからね」



 しばらく走ったものの、追っ手らしき人の足音はぱったりと止んでいた。気配もなければ音沙汰もない。先程少し止まっていたときからだ。それに安堵するわけでもなく、千広は眉を顰めた。

「……おかしいわね」

 千広の呟きに、碧衣が首を傾げる。

「何がです?」
「追っ手が来ないのよ」

 それに、あぁ、と碧衣が納得したように頷く。

「諦めたんじゃないですかね」

 特に疑問はないらしい。彼はさほど気にした様子もなく、前方に向かってかけていく。納得いかない表情を浮かべたのは千広だ。

「……そんな簡単に、諦めるものかしら……?」

 小さな、ともすれば風に流れて掻き消えそうな声。その呟きを偶然聞き取ったゆきは、肩越しに後ろに千広を返り見る。その呟かれた内容と表情から、千広の考えていることはおおよそ理解できた。恐らくこの状況を疑っているのだろう。

 人数にしても土地にしても、明らかに相手方が有利だ。この状況で、諦める理由があるのだろうか。それとも、さほど気にするような相手ではないと判断されたのだろうか。碧衣のように納得するでもなく、ゆきはそんなことを悶々と考える。

(……何もないと、いいんだけど……)

 はぁ、と小さくゆきは溜息を吐く。

 無事に済めばいい。このまま何事もなく、早く目当ての人物を探し出して。そうして、どうか誰も傷付かずに穏便に全てが解決すればいい。

 そう考えて、ゆきは無意識のうちに袂に入れていた勾玉を握り締める。

 ──……と。

(────ッ!)

 それは唐突に起きた。ゆきの脳に、叩き込まれるかのごとく、映像が流れる。それは意識して描き出したものではなく、またフラッシュバックのように思い出した景色などでもない。そもそも全く見覚えのない光景だった。

 深い森。今現在見ているそれに酷似しているそれに、眼前に立つ大勢の人々。纏う服装は日本古来のそれに似ていて、握られているのは農作業用と見られる道具。しかし彼らの形相に加え、構え方からは敵対心が見て取れる。


 振られる鎌。

 構えられた槍。

 煌く刀。


 そして、見えたのは──……


「……待って!!」

 唐突に叫んだゆきに、残りの二人が驚いて彼女に視線を向ける。そんな二人に構うことなく、ゆきは立ち止まったまま辺りを何度も見回した。身体の震えが止まらない。顔から血の気が引いていくのが、自分でもよくわかった。傍から見れば異常とも見える行動だろう。けれどもそんなことを気にしていられる程、今のゆきに余裕はない。それは怯えた表情を見れば、誰にでもわかることだった。





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あきゅろす。
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