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1.

「死が、恐ろしいか」

 断頭台を眼前に見つめ、口元に歪な笑みを浮かべた男が少年に問う。男の隣に立つ少年の姿は、平生と何ら変わらないままだ。

 ──ただ一つ、後ろ手に縛られ、拘束されていることを除けば。

 少年は男の問いに対し、唇を開くことをしなかった。揺らぐことのないその双眸は前方にある全てを超えて、何処か遠くを見据えている。それはまるで目の前に存在している断頭台が見えていないかのように、一切の興味を失った瞳で。

 冷静とも、無関心とも形容できる少年の態度に、男は表情を険しくした。

「……弁明をするならば、今この場所でしてみるが良い」

 普段であれば玉座の上から全ての者を見下ろしている男は、自らの隣に立つ少年を今は正面から見つめている。既にこの一年余りの間、幾度となく繰り返してきた問いだ。それを、今再び感情を抑えた声音で尋ねる。彼が堪えているのが憤りだということは、誤魔化すことのできない空気の震えが何よりも雄弁に語っていた。

 多くの部下を従えた男の瞳は、一向に口を開こうとしない少年を真っ直ぐに射抜いている。水を打ったように、吹き抜ける風以外何の音もしない空間。不自然なまでのその沈黙の中、全ての者の視線はただ一人の少年へと向けられた。

 真っ向から憤怒の念が溢れる双眸に睥睨された少年は、けれども決して怯えを含まない瞳で真っ直ぐに男を見つめ返す。

「いいえ」

 毅然としたその態度も、返答も。何度尋ねたところで決して変化を見せない少年に、男は苛立ちを隠しきれずに眉根を寄せる。その様子を見て、少年は僅かに目を細めた。
 それはまるで憐憫の情が込められているかのようで、その僅かな変化に気づいた男が更に怒りを募らせる。

「……無いのか、何も」

 上品な装飾の施された杖へと置かれた手が、強い力でそれを握る。微かに、しかし確かに震えている金色の杖に、少年は表情を変えない。ただただ引き結んでいた唇を開くと、はい、と静かに趣向した。

「貴様は、この儘では確実に死罪となろう。それでも、何も言わぬと、そう言うのか」
「此の場で陛下に申し上げるべき事等、何一つとして御座いませぬ故」

 はっきりと紡がれる言葉は、水面に落とされた雫のように周囲の耳へと伝えられる。その声から、少年の感情は読めない。ただ口程に雄弁である瞳だけが、哀れむように揺れている。
 杖を握り締めていた拳を放し、男は少年の胸倉を掴み上げた。

「貴様は!」

 一瞬遅れて周囲の者が宥めるが、それでも彼の怒りは収まる様子を見せない。

「私の、妻も、子供も! 私から全てを奪っておきながら、最期の時までその理由すら言わぬ心算か!!」

 些か強引な形で手を放された男は、尚も少年を暗い瞳で睨めつける。既に冷静さを欠いたその姿を無表情に見つめる少年は、それでも憐憫の含まれた視線を男へと向けた。

「……私は陛下から、何も奪ってなどおりません」

 ただ。そう続けられた言葉は、誰の耳にも入ることなくかき消される。何故なら紡ぎきる前に、別の者が声を張り上げながら男に駆け寄ってきたからだ。

「陛下!」

 色を無くした声音に、男は少年から一度目を離すと、駆け寄ってきた男へと視線を向ける。息を切らしながら、その男は切羽詰まった様子で言葉を探した。

「け……刑を執行する旨を伝える為、あの方の御部屋をお訪ねしたのですが……!」
「……まさか、」

 最後まで告げられなかった内容に、しかし男は後方の少年を振り返る。険しい表情はそのままに、相変わらず表情を変えない少年を睨みつけた。

「何処へ行った!」
「何がです」

 激しい口調に何ら反応することなく、少年は静かに尋ね返す。その瞳からは既に憐憫の情は消えており、何処か無機質な光が宿っている。

「決まっているだろう!」

 声を荒げる男は、少年に向かって獣のように吼えた。

「今此の場に居るべき男だ!」

 詰問とも言えるそれに、しかし少年は何の答えも返さない。ただぼんやりと目の前の男を見据えていた彼は、不意に口端を小さく上げた。……笑ったのだ。

「何が可笑しい!」

 今にも掴みかかろうとする男に、少年は未だ口元に笑みを浮かべている。それは苦笑とも嘲笑ともつかない、曖昧なもので。




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あきゅろす。
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