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雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第二話(その3)
「あ、ねえお兄ちゃん」
「うん?」

 途中、横を歩く綾華が話しかけてきた。

「さっき滑って転んでって言ってたけど・・・。またって、何?」
「は?またはまただろ。あったじゃないか。お前が雪の中で転んで泣いた事。」
「ええ?そんなのなかったよ?確かに昔は、私結構転んでたけど、それでも雪には慣れているんだから、お兄ちゃんがいた時に転んだ事なんかなかったよ」

 口をとがらせて綾華は反論する。槙人も負けじと言い返した。

「いや、確かにあったぞ。二ヶ月間ほとんど雪は降りっ放しだったんだから、それくらい・・・」
「ない。絶対ないよ。泣くのはあっても雪の中で転んだ事はない」
「え?ちょっと待て・・・」

 微かな違和感。綾華が頑として主張する前に、槙人はそれに気づいた。本当にあった筈なのだ。頭にも肩にも、体中に雪を乗せ、うずくまって泣く女の子。槙人はそれを見ていた。そしてなだめて家の中に連れ帰った筈なのだ。
 だが、本当にそうだっただろうか。何か、違っている気がした。
 なぜ、どうして。
 綾華は、
「・・・前。お兄ちゃん、前!」」
「へ?」

 槙人が綾華の声で我に返るのと、そのつま先が階段にぶつかったのは、完全に同時だった。
気づいた時には、濡れた階段の角が目の前に迫っていた。

「っ!?」

 目を閉じる事しかできなかった。手はコートのポケットに入ったままだ。
 ほんの一瞬、小学校時代、転ぶと対応できないからポケットから手を出せと言われた事を思い出した。

「・・・!・・・?」

 しかし、前につんのめった槙人の顔に、硬い石段が当たる事はなかった。

(あれ・・・?)

 恐る恐る、槙人は目を開ける。
 目前に迫った痛そうな階段は、そこで止まっていた。

「大丈夫?」

 その声に反応して、槙人はそちらに首だけ向いた。
 そこには、銀髪の女性。
 それしか分からなかった。今度は、その美しい顔が槙人の目の前にあったからだった。

「あ・・・!」

 しばらくそれを眺めてから槙人は自分がその女性に抱き止められている事に気づいた。
 慌てて体を起こし、体勢を整える。

「お兄ちゃん、大丈夫!?」
「あ、ああ」

 後ろから綾華が声をかける。反射的に返事をしてから槙人は改めて目の前の女性を見てみた。
 どちらかというと少女に近い顔立ちの女性は、全身黒ずくめだった。黒のベレー帽に黒いワンピース型のオーバーコート。微かに積もった雪が肩や頭に斑模様を作っている。

「大丈夫だった?」

 目の前の、もしかしたら年上かもしれない少女が微笑みかける。

「あ、ああ・・・。ありがとう。助かったよ。」

 綾華にも負けない威力を持った笑顔につられ、槙人も笑って返した。

「ありがとうございますぅ」

 隣の綾華も深々とお辞儀する。

「うん、気をつけてね」
「あ・・・」

 にこっと笑うと、少女はその場を後にした。やがて、通りを歩く他の人間に紛れて見えなくなる。二人共、それを呆然と見つめていた。

「綺麗な人だったね・・・」
「そうだな・・・」
「・・・ていうか、お兄ちゃん気をつけてよ?」
「そうする」
「・・・お兄ちゃん?」
「何だよ」

 会話中も少女が去った後を見ていた槙人は、急に刺々しくなった綾華の声に振り向いた。

「何デレデレしてんの?」
「誰がデレデレしてるんだ」
「だってー・・・」

 綾華は、ぷくって頬を膨らませる。槙人は頭を掻いた。

「まあ、見とれてたってのは認めるよ。美人だからな」
「・・・まあね。お兄ちゃん、変な所触ったりしなかった?」
「そんな余裕なかったよ」

 溜め息をついて、槙人は肩を回した。
 ちょっと触って見たい気もしたが、今更どうしようもないので、槙人は諦めた。

「でも、ちょっと変わった格好だったね」
「まあな」
「あっち行っちゃったけど、お祭りに来たんじゃないのかなあ」
「さあなあ。帰りだったんじゃないか?」
「今始まったばかりなのに?」
「うーん・・・。ま、いいや、行こうぜ。安心したらなんか腹減ったわ」
「ん」

 声に出して言うと余計に空腹を覚えた。考えてみれば朝食を摂っていないのだ。
 早急に胃を満たす必要があった。
 槙人と綾華は滑らないように、神社の神田院を昇って行った。


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