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雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編 第二話(その1)
 考えてみればそんな期待に満ちた言葉にとることはないと思った。
 七年間も放っておいたのだ。「兄」という存在に甘えたいだけかもしれない。
 なら、それに応えてやるのが自分の務めだろう。槙人は思った。ぽんぽんと自由な方の手で綾華の頭を叩く。
 綾華は驚いた顔をしたが、先程からずっとしているように、再び微笑む。

「本当・・・だよ?」
「・・・」

 聞こえなかったふりをして、槙人はそのまま歩いた。
 綾華の、その言葉の真剣さを、あえて考えない事にした。

 兄妹だから。
 一時的なものだから。
 槙人は自分にそう言い聞かせた。
 屶瀬大橋は長い。なかなか終わらない道に苛立ちながら、槙人は島に向かって行った。

第二話 雪景色

「お兄ちゃーん!起っきろー!」
「ごふぁっ!?」

 日曜日。学校がないのをいいことに、惰眠を貪る事を昨夜のうちから決めていた。
 槙人は、ノックもせずに、部屋に入ってきた綾華に叩き起こされた。

「う・・・げほっ!ごほっ!」

 上半身を起こして、激しく咳き込む。

「もー。早く起きてよ、お兄ちゃん」

 綾華は腰に手を当て、呆れ顔で言った。

「。。。コラ綾華。起こした事についてとやかく言うつもりはないんだがな・・・。普通に起こせ」

 体重の乗った見事なボディーブローだった。痛みはなかなか引いてくれない。

「あ、そうだね。でも骨にダメージが行かないように、ちゃんと肋骨の下を狙った筈だけど?」
「・・・後学のために言っておく。そこは鳩尾っていうんだ。覚えとけ」

 まだ骨を狙われた方がマシなダメージだった。槙人は綾華を睨みつける。綾華に悪びれた様子は全くなかった。
 槙人は溜め息をついて時計を見た。

「まだ九時じゃないか。何の用なんだ?」
「あ、そうそう、そうだった」

 忘れてた、というように綾華は両手をぽん、と合わせる。

「これだよこれ。ほらっ!」

 そして窓のカーテンをジャッと勢いよく開けた。

「あ・・・」

 それを見て、槙人は目を丸くした。
 今は五月。本来ならばそれは絶対ある筈のない物だった。
 雪。
 白い雪が音も無く、しんしんと、天から舞い降りていたのだ。

「・・・そっか。降ったんだな、夏雪」
「うん。今日が初雪だよ」

 「夏雪」。それがこの屶瀬島最大の特徴である。
 太平洋側に位置する屶瀬島は、黒潮の影響もあって、冬でも割と温暖なのだ。
 だというのに、この島では、一年のうちで最も暑いはずの五月から九月にかけて雪が降る。
 夏に降るこの雪は、故に夏雪と呼ばれている。
 これは気候云々という以前に、地球上の自然現象としておかしかった。夏に雪が降るのは、極地でもあまりない。まして四十度にも満たない緯度にある屶瀬島の夏に雪が降る訳がないのだ。
 だが、現にこうして雪は降り積もっている。気温も氷点下を下回る程に落ち込むのだ。ただ気温は雪が降らない日は他と変わらない。本格的に夏になると、雪の日には信じられないくらい下がったりするが、翌日晴れると何事もなかったかのように三十度を超える。日々の気温の上下が世界一激しい場所になるのだ。
 奇妙なのは、そうした一連の現象が屶瀬島にしか起こらない事である。わずか八百メートル離れた本土にはひと欠片も雪は降らない。それどころか、天気も全く違う事が多い。雪を降らせる雲は、屶瀬島の上空だけに発生するのだ。
 これまで何百人という学者がこの謎を解明しようとした。しかし、誰一人として解答できる者はいなかった。地理的にも海流にも、風も気圧も、その他色々な要素も何一つとして関係なかったのだ。ただ、正体不明の雲が突如現れ、雪を降らして消える。その理由は、誰も説明できなかった。
 それでも、屶瀬島には、今なお静かに雪は降り続けている。
 今日は、その夏雪の初雪だったらしい。槙人はベッドから這い出ると、大きく伸びをした。

「生で見るのは久し振りだな」
「そうだね。お兄ちゃんがちょっとだけ家に住んでた時がそうだったよね。」
「ああ・・・そうだな」

 七年前、父親が再婚して屶瀬島に引っ越した時。そして、槙人が島を出て行く時。その時も、夏雪は降っていた。初めは珍しかったが、綾華が原因で悲しくなった時には、見たくもないものだった。
 身を切るような寒さは、少しだけ体に残っている

「・・・で、わざわざ俺を叩き起こして何の用だ?」

 寒いので腕をこすりながら槙人は尋ねた。

「うん。一緒に神社行こ」

 言いながら綾華はカーテンを閉めた。

「神社?」
「うん、屶瀬神社」

 屶瀬神社は、屶瀬島の中央にある大きな神社である。島の三分の一くらいの面積を有しているため、位置的にも島の中枢と言っていい。実際、島の自治は神社の人間がやっているのだ。

「何だってこんなくそ寒い日に・・・」

 だが、どれだけ立派な神社であろうと、睡眠欲の前では無力だった。槙人は文句を言いながら布団にもぐり直そうとした。
 それを綾華が思い切りひっぺがす。

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