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74-2 Zephyr 第五話 分かたれた絆(その2)
「ん?」
 「みよし」に戻ってきた結城は、そこに数人の人がいるのが見えた。外見年齢からして、三好の人間ではない。
「何してるんですか?」
 近づいて尋ねてみると、結城の同業者だった。こんなさびれた町の事件にまで駆けつけるとは、感心するべきなのか、それとも単なる紙面の埋め合わせと考えるべきなのか。自分をけなしているような気分になった結城は、淡々と事件の様子を話した。
「それよりも、もう犯人捕まりましたから、警察まで行った方がいいですよ」
 暴力団の覚醒剤取引に関与していることを教えると、記者達はこうしちゃいられないと、各々車に乗って去っていってしまった。職業上結城も行った方がいいのだが、部が違うし、休暇中なのでわざわざ働きたくなかった。
「よお、川本」
 記者連中が行ったのを見届けた結城は、何故かまだ一人残っていた男に話しかけられた。
「……橘。お前まで来てたのか」
 結城は驚いた顔で相手を見る。そこにいたのは、高校時代の友人で、その後雑誌記者になったと聞いてからは全く音沙汰のなかった橘宗慈(たちばなそうじ)だった。
「ああ。たまたま近くにいたんでな。しっかし、まさかここでお前に会うとはなあ」
「全くだ。久しぶりだな」
 結城が拳をあげると橘は笑って自分の拳をぶつけてきた。学生の時によくやった挨拶代わりだ。
「ところで、ヤクに関係あんだろ?お前書かないのか?」
 現場に居合わせたのが新聞記者ということで、橘は疑問を口にした。しかし、結城は首を横に振る。
「俺は休暇中。こんな事件は見てもないし聞いてもない」
「うっわ。職務怠慢だなあ」
 別にいいだろ、と結城は返した。
「あ、川本さん。帰ってたんですね」
「今ここにいるということは、やっぱ犯人じゃなかったんだ」
 二人が話していると、絣と成羽がやってきた。
「……いきなり失礼だな成羽。それにもう犯人は捕まっちまったよ」
 結城は横目で成羽を睨む。成羽は悪びれた様子もなくすいません、と謝った。
「……あの川本さん。そちらの方は?」
 まだ警戒するような目で、絣が尋ねる。
「ん?ああ。橘宗慈っつって、ヒマが実体化したようなフリーターだ」
「待て待て待てい!記者だよ記者!雑誌記者!れっきとした労働者だって!」
結城の適当すぎる紹介に、橘は慌てて訂正を入れる。就職活動時に一八社落ちた橘は、「フリーター」という言葉が嫌いなのだ。
「はあ……えーと、私は秋月絣です」
「……近山成羽です」
 よく分からないといった風に曖昧に答えて絣は名乗る。成羽もそれに続いた。ただ、目を伏せて、いつもの元気がなかったのが結城には気になった。
「どうかしたのか?成羽」
「……何でもないです。絣、あたし先家戻ってるね」
 言うなり、成羽は畑を突っ切って行ってしまった。三人とも、それを見送る。
「……何かあったのか?」
「いえ、別に……私もちょっと行ってきますね」
 心配になったのか、絣も後を追いかけた。二人の姿が小さくなる。
「何だってんだ?」
「……なあ、川本」
「あ?」
 それまで黙っていた橘が、結城に話しかけた。
「あの娘(こ)、茶髪の方な……中丸(なかまる)千早(ちはや)じゃねーか?」
「中丸千早?」
 どこかで聞いた名前だが思い出せず、結城は聞き返した。
「誰だ?それ」
 その問いに、橘はうんざりした顔を見せる。
「お前は……どうしてそう芸能方向に疎いんだ。中丸千早だよ!一昨年急に失踪して行方不明になった、有名歌手の中丸千早だよ!」
 そこまで聞いて、結城はああ、と手を叩いた。
 よくある中学生デビューの一人で、カリスマ的人気を誇っていたアイドルだかタレントだかである。結城は芸能関係には興味がないため、どんなに有名でも名前くらいしか知らないのだ。新聞記者としては致命的である。
 その一人、中丸千早。橘の言う通り、デビュー後一年して、中学二年の時に突然姿を消したのだ。誘拐だの何だのと大騒ぎされたが、未だに本人は見つかっていない。
「そうかあ?顔あんまり覚えてないけど、似てるかあ?」
 腕組みして結城は首をひねる。
「そりゃ髪型も色も違うし、二年経ってるけど、絶対そうだって!」
 橘は断固として主張する。
「なあ。あの娘の写真ないか?」
「え?一応あるが……」
 結城は、持っていたカメラを差し出す。橘はそれを受け取ると、メモリーを取り出した。そして、鞄に入っていたノートパソコンを起動させて、メモリーを差し込む。
「おい、そんな事しなくたってカメラで直接見られるぞ」
「ああ、知ってる……よし、サンキュ、川本」
 手早くキーを打ち込むと、橘はメモリーを結城に返した。
「何してたんだ?」
「ああ、事務所に人に確認してもらう。メールで送って」
「……っておい、待て!勝手なことすんなよ!」
「ん?なんかまずいか?」
 パソコンをしまった橘は、首を傾げた。
「いや、その……」
「別にいいだろ?お前が困る訳じゃあるまい。ネタにもなるしな」
 へへ、と橘は笑う。しかし、結城は既に困惑していた。
 確かに結城が困る訳ではないし、記事になることならば歓迎もできる。だがそれは、そこにある事情を知らない者だけにとっての話だ。
 もしも成羽が中丸千早と同一人物というのなら、成羽がどうなるかは想像に難くない。中丸千早として、連れて行かれるのだ。
 客観的に見れば、それは良いことだ。失踪していた人気タレントの復帰。中丸千早のファンであれば、誰もが願っていることだ。
 しかし、もしもそうなった時。
(絣ちゃんは、どうなるんだよ……)
 成羽がいたおかげで、完全に自分の殻に閉じこもらずに済んだ絣。そして、これからを歩むためにも、きっと必要になるだろう成羽がいなくなったら。
 橘は、例の事件の取材のために、塩原に行ってしまった。理由が理由だけに、結城も強く言うことができず、結局画像は消せなかった。
(どうする?成羽に知らせるか?)
 しかし、それに何の意味があろう。どういう理由で成羽が失踪したかは知らないが、捕まりたくなければ逃げなければならない。どちらにしろ、三好を出ることになるのだ。
 散々迷った挙げ句、結城は黙っていることにした。まだ成羽が中丸千早だと決まった訳ではない。そのわずかな希望にすがることにした。
 結城は、臨時休業となった「みよし」の戸を開けた。


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