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74-1 Zephyr 第五話 分かたれた絆(その1)
その夜、秋月家で夕食をとった結城は、街灯のほとんどない暗い夜道を「みよし」へと歩いていた。
 絣と約束した後、成羽に散々問いつめられ、予想以上に時間を食ってしまったのだ。ようやく解放された時には、既に九時を回っていた。
「何にも言わなかったからなあ。香子さん怒ってるかな」
 電話もせずに夕食をボイコットしてしまったのだ。笑顔のまま得体の知れない威圧感を出す人なので、後が怖い。
やがて、「みよし」が見えてきた。
「あれ?」
しかし、そこに灯りはついていなかった。
「香子さん、出かけてんのかな?」
 不思議に思いながらも、結城は戸を開けた。電気の場所は知っているので、手探りで探して、点ける。
 何ら変わりない玄関で靴を脱ぎ、結城は部屋へと続く廊下を曲がった。
「え…………」
そこで、見た。
 「みよし」の女将こと、倉吉(くらよし)香子(こうこ)は、血まみれになってそこに倒れていた。

「香子さんっ!?」
 弾かれたように結城は駆け寄る。抱き起こして呼びかけるが、返事はない。ただ、苦しそうに息をしていることだけが救いだった。
「……刺されたのか?」
 腹部に穴が空いているのが見てとれた。結城は急いで外に飛び出した。
「誰か来てくれっ!!香子さんが刺された!!」
 力一杯叫んで、結城はすぐに中に戻る。そして、香子さんの容態を見た。
 止血しようにも、着物の脱がし方が分からず、とにかく傷口の上から自分のシャツで押さえつけた。
 しばらくして、近所の人達がやってきた。救急車と警察を呼び、その間元軍医という人が応急手当をする。
 誰もが心配そうに見ていた。三好という平和を絵に描いたような町で刺傷事件が起きるなど、誰も夢にも思わなかっただろう。
 一〇分後、救急車が到着し、女将は病院へと運ばれて行った。それを見届けてから結城が自分についた血を洗っていると、今度は警察が入ってきた。
「……それで、入ってみたら倒れていたと?」
「はい」
現場検証が行われる中、結城は別の部屋で簡単な事情聴取を受けていた。
「そうですか……ところであなたはここの宿泊客だそうですが、何か盗られた物はありませんか?」
「あ!そうだ、忘れてた。あの、見てきていいですか?」
 許可を貰って、結城は自分の部屋へ走った。
「……荒らされてるよ。ものの見事に」
 物が散乱する部屋の中、肩を落として結城は荷物の確認を始めた。
「えーっと……あれ?財布ある。中身も……」
 てっきり強盗の類かと思っていたのだが、金はそっくり残っていた。
「どうですか?」
 後から警官が入ってきた。
「そうですね。金はあるんですが、カメラがないですね」
「カメラ?」
「はい。デジカメが」
 一応観光目的だったので、持ってきていたのだ。
「そのカメラ、何か写してたんですか?」
「いえ別に。五、六枚撮っただけです。あ、でも」
 ふと思い立って、結城はリュックの奥を探った。そして、カメラ用のメモリーを取り出す。
「三好でちょっと写したらメモリーの残量が切れて、新しいのに替えたんですよね。で、こっちが古いやつなんですが、職業上色々写してはいるんですよ」
 結城は、手にしたメモリーを警官に渡した。
「うーん。まあ何にしても、まずは署に行きましょうか。ちょっと遠いですが」
 三好には交番はあっても、警察という施設はない。隣の塩原まで行かなくてはならないそうだ。
 仕方なく、結城は警官についていった。
「川本さん!」
「あ……」
 外に出ると、人ごみの中に絣と成羽がいた。心底心配そうに絣が近寄ってくる。
「大丈夫なんですか?」
「ああ、俺はな」
 既に話は聞いているのだろう。
「で、どこ行くんですか?」
 パトカーに乗ろうとする結城を見て、成羽が尋ねる。
「警察。事情聴取だよ」
「まさか、川本さんが犯人とか……」
「そんな訳あるかっ!俺だって被害者だよ!」
 時間がないので、簡単に現状を説明する。
「……というわけだ。ま、すぐに戻ってこられるけどな」
 そう言って結城は車に入って扉を閉めた。パトカーは結城を乗せ、隣町へと走っていった。
「……ヤな事件だなあ」
「うん……」
 残された二人は、自分達にも被害が及ばないよう、足早に家へと帰っていった。

 翌日。意外にも事件はあっさり解決してしまった。
 時間が時間だったために、結城は警察署に泊まることを余儀なくされてしまっていた。そして朝、犯人が連行されてくるという言葉に跳ね起きた。
「もう捕まったんですか!?」
 あわただしくなった署内にいる職員を一人つかまえて、結城は話を聞いた。
 逃げ出した犯人は、天宮神社の階段の中程で倒れていたらしい。結城はすぐに納得した。恐らく、途中で力尽きたのだろう。
 犯人はカメラを所持していたとのことなので、返してもらうために結城は待つことにした。
やがて、その犯人を乗せたパトカーがやってきた。

「てめえが余計なことするからだ!このクソガキィ!」
 取調室の犯人は荒れていた。部屋を覗いた結城の顔を見るなり、怒鳴り散らしてきたのだ。
 口の軽くなった犯人の男のおかげで、結城は事件の全貌を知ることができた。
 一ヶ月ほど前、ある暴力団が覚醒剤の取引をしたという。そこに全く偶然に居合わせた結城が写真を撮ったというのだ。そこで暴力団の組員が、その男に証拠を消してくるよう金で雇ったというのが大体の話だった。
 結城自身はそんなことをした覚えは全くなかったのだが、事実メモリーの中に、その現場の決定的な証拠が写っていた。本当に偶然に撮影した物らしい。男はそれを壊しに来たが、その画像の入ったメモリーは既に交換されており、デジカメの仕組みもよく分からないので、カメラごと盗んで逃げようとした。その矢先に香子さんと鉢合わせしたため、ナイフで刺して逃走した。ただ車も使えず、一度身を隠そうと逃げ込んだのが天宮神社だったが、そのあまりに長い階段のせいで、動くことができなくなってしまったのだ。
(……間抜けな話だな)
 刑事事件にはあまり拘わらない結城でも、暴力団がもっと狡猾に事を進めるのは知っていた。相当に頭の悪い者でもない限り、そんな穴だらけの計画はしない。もし、その指示を出したのが幹部クラスの人間ならば、近い将来その暴力団は潰れるだろう。仮にそうでなくても、既に警察が動いているだろうが。
 事は済んだので、カメラを返してもらった結城は、三好に戻ることにした。
 しかし。
 そこにはまだ、「連鎖」が起きていたのだ。


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