Zephyr プロローグ&第一話(その4) 「……?あ、ううん、何でもない。知り合いにそういう人がいたから、ちょっと」 翳りを隠すように、成羽は笑顔を作った。動揺しているのが怪しいが、結城は追求するのはやめた。 「と、ところで川本さん。三好にはどのくらいいるつもりなんですか?」 成羽が話題を変える。結城は頭に手を当てた。 「うーん……予定はないんだよな。このままここでダラダラするのも有りだし、他の所に行くのも面倒だしなあ」 「ふーん。それなら、一週間くらいここにいません?来週、ここで春祭りやりますから」 「春祭り?」 「はい。町内会で飲んだり食べたり。屋台なんて無いですけど、楽しいですよ。ね、絣」 「うん」 「……そうなのか。じゃあそうするかな」 その後のことはその時考えることにして、結城は頷いた。 「丁度桜が咲く時期に重なってるので、夜桜見物にもなりますよ」 微笑んで絣が言う。成羽は、むしろそっちが主体だけどね、と笑った。 結城はそうなのか、と呟いた。そういえば、所々桜があった気がする。昨日は夕陽のせいでその色が分からなかったのだろう。 「……でも一ヶ月休みって、普通そんなに貰えるものなんですか?」 会話が一段落したところで、絣が口を開いた。 「うん、確かに。春休みにしては長いよね」 成羽も力強く頷く。 「今までが今までだったからな。平日は残業有り、土曜は普通出勤、日曜も隔週で夕方出勤だ。それを約二年。一ヶ月でも短いくらいだ」 結城は苦笑いして説明した。成羽はうわ、と声を漏らした。絣は眉をひそめている。 「だからやっぱり学生ってのはいいよ。暇があるからな。二人は、高校生か?」 「はい、私はそうです」 「高二、今年高三だよね」 絣の返答に、成羽が付け加えた。 「成羽は?」 「あたしはフリーター。学生以上に暇ですよ」 親指を立てて、成羽は笑う。 「じゃあ絣ちゃんは今春休みか。で、受験生……」 「あ、いえ。就職です。うち両親いないので」 「え……」 しまった、と結城は思った。成り行きで、知らなかったとはいえ。 「悪い!」 結城は勢いよく頭を下げた。しかし絣は困ったような笑顔を作るだけだった。 「いえ、いいですよ。五年も前のことですし。それに、今は成羽がいてくれますから」 絣は胸の前ではたはたと手を振る。それでも申し訳なく、結城はすまなさそうに顔を上げた。 そこで、ふと疑問に思う。 「今は、って?」 外から来るのが珍しい三好なら、全員が三好の生まれであって、そういった言葉を聞くことはないはずだ。絣か成羽のどちらかが外から来たということだろうか。 「二年前に成羽がここに来て、一緒に住むことになったんです」 「そ。ここが気に入っちゃって。今は絣の家に居候してまーす」 「……そうなのか」 結城は、成羽が夕食時にどうのと言っていたのを思い出した。二人が一緒に暮らしているのなら、そういうことも当然あるだろう。 「じゃあ、成羽って前はどこに住んでたんだ?」 三好の外から来て、現在絣の家に居候中ならば、それまで住んでいた家があるはずだ。 それだけでなく、肉親やその他の人間関係も。二年間も三好にいるということは、それらを全て絶っているということではないだろうか。 「ヒ・ミ・ツ。へへー」 しかし成羽は、人差し指を口に当てて悪戯っぽく笑っただけだった。結城は潔く諦めて、溜め息をついた。 「そういえばさ、絣。あたしと絣が会ったのも、天宮(てんぐう)神社じゃなかった?」 突然思い出したように、成羽は絣の方を向く。 「あ……うん、そうだね」 絣も、意外と言った表情で頷く。 「なーんか、すっごい偶然ね。よし!それじゃあ今度はあたし達三人が出会った記念ということで、いっちょ神社まで行ってみよっか!」 ぱん、と手を叩いて、成羽が提案する。神社に行く、ということで、絣も快く承諾した。 「さ、行きましょ、川本さん」 二人は石段に向かって歩き出した。しかし、何が何だか分からないまま話が進んでしまい、取り残された結城は、慌てて二人を呼び止める。 「ち、ちょっと待ってくれ!俺は今脚がすごい筋肉痛で……!」 「登れば治ります!!」 振り返ると同時に、絣と成羽は声を揃えて断言した。全く根拠のない理論に結城は硬直する。しかしその背中を、回り込んだ成羽が有無を言わさず押していく。 脚と口から悲鳴をあげて、結城はその段数過多な、神様への道を登らされていった。 [*前へ][次へ#] |