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相変わらずのその傲然とした態度と険しい表情に、自然とこちらも緊張感に頬が強張る。
男は当然のように傍らにあの魔法使いを従え、更には身なりの良い数人の騎士をも引き連れてきた。

未だ周囲は魔物と戦闘中ではあるが、一区切りが付いたと判断したのか指揮を誰かに任せたのだろう。
先ほどよりも余程数の減った敵に、もう掃討するまで時間の問題だと判断したのかもしれない。

引き結ばれた口元と、硬く寄せられた眉間の縦皺。腕を組んで俺の前で仁王立ちになった姿は、如何にも今から犯罪者を尋問しようとしているあちらの世界のベテラン刑事を連想させる。
俺を取り囲むように立つ彼らのぴりつく空気に、自然と周囲には不自然な空間が開く。今から一体何が始まるのかと、好機と不審の視線が集まるのを痛いほど感じた。

その時だった。


「―――サシュ!!」


見廻りを兼ねた討伐から、ガルドが帰ってきたのは。


周りの事など目に入らない様子で転ばんばかりの勢いで駆けつけ、地面に敷かれた布の上に寝かされたサシュの前に頽れるように跪いて、震える腕でそっとその体を抱きかかえた。まるで脆い宝物を腕に抱くような慎重さで。

今の今まで討伐に出ていたガルド自身も、少なくない傷を負っている。それでもそんな事微塵も感じさせず、自分の痛みなど無いもののように眠る娘を抱きかかえる姿に、そこかしこから鼻を啜る音が聞こえる。
痛いほどに鬼気迫るその姿には、先ほどまでの切羽詰まったような息苦しい空気すらも心なしか緩んだような気がした。

思わず労おうとガルドに伸ばした腕が、虚しく宙を掻く。

俺がこの二人に触れる事を、拒まれたような気がしてしまったからだ。
こちらに背を向けサシュを抱きしめるガルドの背中に何とはなしに疎外感を感じて、行き場を無くした腕をそっと下した。

あの父娘の間に、俺が入れる場所は無い。誰に言われるでもなく、漠然とそう察してしまった。

やがて健やかに眠るサシュの様子に落ち着いたのか、周囲に気を配る余裕が出来たガルドが近くに居た俺に気付いて、恥ずかし気に頬を拭って見せた。
あの、普段はどちらかというと寡黙な男が、娘の無事に涙を流していたのだ。


「ああ、レイ。ありがとう、本当に、本当にありがとう……!」


この恩は一生忘れない。

そう言って地に減り込まんばかりに頭を下げたガルドに、ただ一つこくりと頷く。
何か言葉を掛けるべきだろうかと開きかけた唇も、結局は何も紡ぐことが出来ず、徒にまた閉じるに終わってしまった。所詮余所者である自分が今は何を言ったとしても、陳腐なものにしかならないような気がしてしまったから。

そうして沈黙が下りると、事の次第を眺めていた隊長の男がいい加減に限界だとばかりに苛立たし気な声を発した。その足先は苛立ちを体現するかのように、落ち着きなく頻りと泥を掻いている。

「……それで、結局そこのあんたは一体何者なんだ?」

いつの間にか周囲の剣戟の音も拾えなくなっており、恐らく戦闘も収束したのであろうとふと思う。
そうして耳に届くのは人々の呼吸の音と、ただ地を打つ雨音だけとなった。そんな中で目の前の男の、地を這うような低音の声は不思議なほど周囲によく響いた。

「……何者とは、どういう……」
「あんた、聞くところによればある日突然この村に現れたそうじゃないか。」
「……森で、フォレストウルフに襲われているサシュとガルドを助けた縁で、少しの間この村に置いてもらっていただけです。それ以前のことはちょっと記憶が曖昧で、」

全てを言い終わる前に、男の表情があからさまに嘲笑の形を取った。

「可笑しいだろうが、ええ?」

その相好からは、獲物を嬲る強者特有の残虐さが滲み出ている。
自分が強者足りえると疑わないその傲慢な表情。

男はいっそどこか芝居がかったほどの大げさな仕草で、身振り手振りで村人の視線を集めてみせた。

「どうしてこれみよがしに回復魔法を使って見せるお前が、一人でフォレストウルフなんて魔獣を倒せる。そもそも普通の回復魔法使いは、まず一人で魔獣に向かって行ったりなんかしない。せいぜいが杖や短剣扱える程度じゃあ死んじまうと身の程をわかってるからな。しかも信じられないことに、聞けば魔法使い様が剣で魔物を倒したとか言うじゃないか! 剣でだと? ハッ、魔法使いのあんたが、剣で魔物を倒しただと?」
「……」
「何から何まで可笑しいだろうが!!」

腹の底から出したような怒号が、ビリビリと空気を威圧する。
戦闘の時のそれとは違った緊張感が、一瞬でその場に満ちた。




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あきゅろす。
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