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「クソ、クソがあ! このデカブツ、はようどかんか!」

罵詈雑言を浴びせられ、あらゆる場所を叩かれたり蹴られたりしているにも拘らず、オーガはゴブリンシャーマンの「どけ」という命令に従う様子は見せなかった。先ほどまでの命令に従順だった姿が嘘のようだ。
あれほど激しく暴れていたのがまるで幻だったかのように、動くどころか指一本微動だにすらしない。

果たしてゴブリンシャーマンはそれに気づいて居ただろうか。
いや、きっと気づけはしなかっただろう。オーガの巨躯が、既に俺の行使した魔法の糸でがっちりと捕縛されていたことに。
オーガが地面に倒れる前に、声に出さずに発動したその魔法は、きちんと効果を発揮しているようだった。

【バインド】――魔力による不可視の糸で、対象を拘束する魔法だ。不可視とはいえ術者だからか俺の目にはそれがうっすらと光って見えていたのだが、他の者にも同じように見えていたのかまでは知らない。

オーガ種は物理攻撃に強い耐性を有する代わりに、魔法攻撃への耐性が総じて高くない。魔法耐性が高いだろうゴブリンシャーマンならば防がれてしまったかもしれないこんな低度な魔法でも、耐性が低いが故に殊に掛かりやすいのだ。

【呪文詠唱破棄】スキルは本当に便利だ。特にこうして、相手へこちらの意図を悟らせずに魔法を行使できるところが。


―――こんな風に。


(【サイレンス】――ゴブリンシャーマンに行使)――失敗。失敗。失敗。成功。



  ゴブリンシャーマン Lv64


ゴブリン種の上位。ゴブリン種が長い年月を経て進化した個体。魔法攻撃に特化したゴブリンメイジ・ゴブリンウィザードに比べ精神干渉系の魔法を得意とする。稀に他種族を隷属させて使役する事もある。ステータス異常【沈黙】状態。



4度目にしてやっと成功した【サイレンス】――魔法行使を封じる沈黙魔法の成功を目にして、つい片眉を跳ね上げた。やはりアナザーの時と同じようにゴブリンシャーマンの魔防・魔法耐性はそれなりに高いらしい。
【サイレンス】は基本的に元々それほど成功率が高くなく、なおかつ術者と対象のレベル差が離れていればいるほど掛かり易くなるような魔法なのだが、対象の魔法防御が高ければいくらレベル差があろうとも成功率は低くなる。

俺とゴブリンシャーマンの隔絶したレベル差を鑑みても、今回のそれは特にかかり難いように感じた。
逆に言えば魔防・魔法耐性がずば抜けて高い代わりに、きっと肉体能力がレベルの割に絶望的に脆弱なのだろうけど。

口汚くオーガを罵るゴブリンシャーマンにそっと足音を忍ばせて近寄れば、相も変わらず重力に潰された蛙のような格好でじたばたともがいている。
【バインド】によって拘束されているオーガは吹き飛ばされ倒れた状態から微動だにせず、その効果時間が切れる数分間までずっとそのままだろう。
つまり、そこから自力で抜け出せなければゴブリンもずっとそのままだ。

「クソ、くそお! 人間め! 人間めええ!」

ゴブリンが何事かぶつぶつと早口で唱え、体の下敷きにしていた杖を無理矢理引きずりだして出して掲げる。

「死ねい! 【アースクエイク】!」

恐らく、ゴブリンシャーマンの持つ所謂切り札とか奥の手的な魔法か何かだったのではないだろうか。
己の勝利を確信して自信満々にそう唱えられた呪文が発動しなかった時の、ゴブリンのその醜悪な顔ときたら。

本来ならば【アースクエイク】は小規模の地割れを起こし、複数人にダメージを負わせられる範囲魔法である。
殺傷能力はそれほど高くないかもしれないが、それでも人間程度には十分脅威になり得る。足止めにはまず間違いなく有用で、人間達が怪我をした仲間を介抱している隙に、オーガを囮にして自分は逃走する、とかそんな目論見といったところだろうか。
残念ながらそれは上手くいかなかったわけだけど。

「……ふえ?」

きょとん、とした魔物の顔なんてのはここに来てから初めて見た。

「あ、【アースクエイク】【アースクエイク】【アースクエイク】、【アースクエイク】!!」

何度呪文を唱えても発動しないのに、魔力だけは間違いなく減っていくのだろう。焦って何度も何度も繰り返すたびに無駄にMPを消費してしまうと、混乱した頭では理解出来ていないのかもしれない。
その前に、あの様子じゃあ自分に沈黙魔法を掛けられている事にすらも気づいていいなんじゃないだろうか。

「な、なぜじゃあ! なぜ魔法が使えないんじゃあ! おのれええ、人間貴様何をしたああああ」
「……さあ?」
「クソお! くそがあ! 下等な虫けら風情が調子に乗りおって、許さん、許さんぞおお!!」

一歩一歩近付く度に、恐怖を感じているのだろうか。ゴブリンシャーマンは一層激しくじたばたともがき、さながらその姿は罠にかかった地球のゴキブリを連想させた。




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あきゅろす。
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