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”また”ってなんだ?

キコ村は大して住民の数が多くない。それに比例して、子供の数もそう大して多くは無いのだ。
村に住む女の子の数なんて、俺の知る限りではサシュを含めて片手で数えられるほどしか存在しない。

ああ、嫌な予感がする。とてもよくない予感が。

見てはいけない。気づいてもいけない。あれがそうなのだと認めてしまったら、認めてしまったら、俺は。

オーガの右手に握られていた、小柄な肢体。
亜麻色した髪がだらりと垂れ下がり、所々破れて血に塗れた服は元は綺麗なピンク色をしていたのだろう。上半身部分の、汚れのない部分から辛うじて元の色が判別できる。

もしガルドが見たら、なんと言っただろうか。

この村の防衛の指揮を執っているあの髭面の隊長然とした男の使いに呼び戻されて、確認したいことがあるからと譲らない相手に渋々広場へ向かったガルド。
今この場にガルドがいなかったのは、幸いだったのかそれとも。

「……おい、あっちの手に握られてるのって」
「ああ、そうかもしれねぇ。……ガルドには見せねぇほうがいいな」

こそこそと囁く、村人達の囁き声が聞こえる。
こんな時ばかり聞きたくもない声を、この体になってから強化された聴覚が勝手に拾ってしまうことに苛立つ。


―――やめろ。やめろよ、違うに決まってる。ダメなのだ、あれがそうなのだと認めてしまったら、俺は、きっと駄目になる。


オーガの動きに合わせて、ぶらりと力なく揺らされる小さな体。
お気に入りの玩具の様にして強く握りしめられているのが遠目でもわかるほど、その胴体は不自然な方向に折れ、首もどうにかなっているのかかくり、と力無く揺れていた。

血に塗れた真っ赤なその胸元。無残に切り裂かれたピンクの可愛らしいワンピース。
あの服はサシュのお気に入りのそれと、とてもよく似ていた。

確かめるのはとても恐ろしいことだ。
質量保存の法則を知っているだろうか、或いはシュレディンガーの猫。人はそれをそれと認識するまでは、あくまでそれは数多存在するそれの予測推測の一つでしかないという事。
”そう”なのだと認識されてしまった時点で、真実となってしまう。

それでも確かめなければならない。あれが、サシュなのかどうか。

「おい、誰か隊長達呼んで来い! あのオーガは亜種かもしれんぞ!」
「まさかこんな所にゴブリンシャーマンがいるなんてなあ、ついてねえぜ。見た処あのゴブリンシャーマンがオーガを隷属させてる可能性も考えられる……どっちにしろ俺達の手には余る。」
「早く魔法使い殿を呼んで来い!」

怒号を浴びせられた若い冒険者の一人が、慌てて広場の方へ向かい走り去っていく。あの髭面の隊長然とした男と、件の魔法使いを呼びに行ったのだろう。
魔法を行使するものには魔法使いを充てる、確かにそれが一番正しい判断だ。

「お、おい、どうすんだよお。死にたくねえぞ俺は……」
「あんな化け物に勝てっこねえだろうが」
「村人共は下がってろ!!」
「死にたくねえ奴はすっこんでな!」

ベテランの冒険者達や騎士が一網打尽にされないよう散開して、オーガから距離をとって態勢を整える。

「おい、そこのあんたも下がってろ! 俺達が盾になる間、後ろから援護してくれ!」

どうやら彼等は俺を回復役として温存する気のようだった。
フォレストウルフなどの雑魚相手ならともかく、あのオーガを相手にするなら多少腕が立つ近接戦闘要員としてではなく、回復に専念させて継戦能力の底上げを、という事らしい。

確かに回復魔法を使える者が一人いるということは、それだけで戦闘が安定する。
ここに着いてからは攻撃魔法を使用していなかったために、どうやら俺は攻撃型の魔法使いとは認識されていないようでもあった。
まあもし彼等に知られていたとしても、ゴブリンシャーマンを相手させられたかはわからないが。

―――後ろに下がれと言われて、納得できるわけがなかった。何故なら俺は、この場にいる誰よりも強いだろう自信があったから。
それだけじゃない。それよりも重要なのは、あれがサシュなのかどうなのか、他ならぬ自分の目で確かめなければならないから。
そのために、オーガからあれを手放させる必要がある。


「あんた達こそ、後ろに下がってろ」


魔物の血で滑る掌を乱雑にローブに擦り付けて、ソウルイーターをしっかりと握りなおす。
そうして目の前のオーガに【鑑定】をかけた。


  ハイオーガ Lv57

オーガ種の上位。頑強な表皮は武器攻撃が通り辛く、余程の実力者でなければ傷をつけることは適わない。自己治癒能力が高く、脅威の生命力と腕力を誇る。鋭い爪や牙、角や頑強な表皮は素材として有用。ステータス異常【飢餓】【隷属】


【鑑定】結果を目にして、躊躇わずに魔法を発動する。
行使するのは火炎魔法だ。掲げたソウルイーターの刀身にそっと指を這わせ、魔力を浸透させる。その刀身の先まで満遍なく赤く踊る炎に包まれたのを確認して、風を切るように刀身をくるりと一振り。
消えない炎の灼熱の剣が出来上がり、未だ雨脚を強くするこの中でも何ら問題なく轟轟と燃えているそれを、オーガを挑発するかのようにその顔面へ向けて剣先を掲げた。

オーガの右目は潰されている。何者かと交戦したのだろう、右目にはその戦闘でついたのだろう傷の中心に短剣が深々と柄まで刺さり込み、そのまま傷が治癒したのか引き攣れたような跡が残っていた。

幾ら武器に耐性があり強靭な肉体を持つオーガ種とはいえ、弱点は存在する。それが目や口中などだ。
実際に狙ってなせるかどうかは別問題だが、そういった弱点を敢えて狙っていくのは賢い手といえた。

「馬鹿野郎、死ぬ気か!」
「おい、魔法使い殿が来るまで待て!!」
「レイさん早まるんじゃねえ!」

「げぎゃぎゃぎゃ! ええのお、ええのおお。自ら死にに来るとはいい心がけじゃあ。のう下僕、あれが一番美味そうじゃぞ?」

オーガの残った左目が、こちらをぎらぎらと見据えている。
だらりと涎を滴らせて垂れ下がっていた舌がぞろりと口を舐め、耳元まで裂けそうな深さでにいいっと笑うかのように歯を剥き出しにして見せた。
それは果たして獲物を嘲笑う笑みだったのか威嚇だったのか。

その左手に握っていた緑髪の男の子を放り捨て、獣のように吠えたのが合図となった。




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あきゅろす。
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