*落書き置き場*
オーバータイムワーク
*上司×部下*
※BL風味が好きなんですが、もはやBでもLでもないです。風味すらないです。
ずしりと背中に負荷した重みに、デスクに向かって座っていた七瀬は、うっ、と呻いた。
パソコンのキーを叩いていた手を止めて、そのまま視線を上げる。
自分の肩にのし掛かる様にしてパソコンの画面を見ている茶のウルフヘアの男に、目を細めた。
「…重いっす」
「ああ、ごめんごめん」
謝りながらも離れる気配の無い男に、わざとらしく大きな溜め息を吐いて作業を再開した。
「まだ終わりそうにない?
終わったら飯食いに行こうよ。早く終われ」
聞いてくる男に、七瀬は心底イラつきながらも律儀にはいはい、と返す。
ていうか、あんたがこのデータ整頓しておいて、って押し付けたんだろ。
内心ぶつぶつ言いながら、背中の重みに耐えてキーを打ち続ける。
今、背中にのし掛かっている男は七瀬の上司だ。
やたらとチャラチャラしたヘアスタイルに、学生時代に空手をやっていたとかで引き締まったスタイル。
それにシルエットが綺麗なスーツを着こなして、至って自由奔放に発言する。
その割には部下の面倒見が良くて仕事も出来る、社内で憧れの上司トップ3に入る男。
それが、この伊月課長だった。
去年入社した七瀬に仕事を教えてくれたのも伊月で、見た目のわりに随分出来る人だな、と尊敬はしてる。
でもな。
「なーなーせー、早くー、俺、腹減って力が出なーい」
……だからあんたがやれって言った仕事をだな……!
「どうしたって今日中には終わりませんよ。
そんなに腹減ってんなら、もう帰ったらいいじゃないすか」
苛立ち混じりに言って、横目でオフィス内を見渡した。
終業から二時間経っていて、電気も半分消されている。
さっきまでは伊月課長と七瀬の他にも一人残業していたが、もう帰ってしまったらしい。
……週末なのに残業かよ。
苛立ちが態度に出て、キーを叩くのが荒っぽくなってしまう。
そうこうしているうちに背中から離れていた伊月課長に、ハッとした。
さすがに上司にこの態度はまずいだろ!
慌てて振り返ると、それと同時にふわりと頭を撫でられた。
…へっ?
ポカンと見上げると、伊月課長は満面の笑みで七瀬の頭を撫でている。
ふわふわふわふわ、とまるで子供にするかの様に頭を撫でる伊月課長を、訳が解らず見つめた。
すると、伊月課長は笑みを少しだけ弱めてから手を止める。
「ごめんね、七瀬。
そんな怒んないで?」
言ってから、ぷにっと頬を摘ままれた。
そのまま暫しぷにぷにぷにと七瀬の頬の柔らかさを楽しんでから、伊月課長は少しだけ口端を上げて眉を下げる。
今まで見たことの無いような、まるで自分の子供を見るような慈愛溢れる笑みで…
―または、恋人に向けるような、そんな表情だ。
な、なんで、そんな表情するんだよ?!
真意が掴めず、目を逸らせない七瀬に、伊月課長は静かに口を開いた。
「七瀬も腹減ってんだな?
ごめんごめん。腹減ると短気になるよなー」
……………ん?
「今日は肉奢ってやるから、機嫌治せよー」
…………違ぇっ!!!
違うだろ?!
あんたが仕事押し付けてダラダラしてるからだろ?!
俺の大事な週末への入口を開けてくれないからだろ?!
「―伊月課長、あのっ」
「ほーら、お仕事終ー了ー」
もう我慢ならん、一発言ってやる!
と、大きく口を開いた七瀬の横を、伊月課長の腕が通り過ぎていく。
その結果、急激に伊月課長との距離が近くなって慌てている後ろで、カチッと軽い音が一度鳴る。
カチッ……?
その後、ウィィン…と妙に物悲しげにパソコンが起動を止める音が続く。
嫌な予感が、ざわりざわりと背中を這い上がっていく。
恐る恐る振り返ると、今の今まで頑張って働いていた七瀬のパソコンは真っ暗になり、のんびりとお休みになられているではないか。
「…………………」
「ほら、七瀬、飯行くぞっ!」
暢気で楽しげな伊月課長の声で、フリーズしていた七瀬の脳が再稼働した。
「うわあああああ!データ!!保存してないのに!!うわああああああああ!!」
「ん?」
一度両手で頭を抱え、それから脳内フル回転で考えた結果、再度起動させようと腕を伸ばした。
しかし起動スイッチを押す前に、伊月課長の手が七瀬の手をデスクに押さえつける。
「ちょ…課長!」
「何しようとしてんの?
早く飯行くぞー?」
半ば混乱している七瀬は、そのまま伊月課長に強引に腕を引かれ、椅子から立ち上がった。
空いている手を伸ばすも、伊月課長に引き摺られる体はどんどんデスクから離れていく。
「ああああ、俺の三時間の努力がああ」
「七瀬、俺今日タン塩の気分なんだけど、七瀬は何の気分?
やっぱ若いからカルビ?」
「ああああああああ」
パチン、とオフィスの電気を消されると、七瀬のパソコンも闇の中に隠れてしまう。
呆然としていた七瀬に、伊月課長が足を止め、くるりと振り返った。
半分泣きそうな七瀬をジッと見つめ、人差し指を立てて口を尖らせる。
「もうっ、仕事は終わったんだから、俺のこと以外考えないでっ」
言ってわざとらしいウィンクまで付けた伊月課長は、またずんずんと七瀬を引き摺って歩き出した。
…………………俺、転職しようかな………………
伊月課長の楽しげな鼻歌を聞いて、七瀬は本気でそう考えていた。
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