※即興小説トレーニングにて書いた話です。
<<お題:正しいクリスマス 制限時間:15分>>
もうすぐクリスマスだなぁ、と呟いてから、ちょっといやな予感がした。
ちゃぶ台を挟んで向かい側に座っている同居人の目がきらきらと輝き出したのを見て、その予感が当たってしまったことに気付いた俺は、重たい溜め息を吐き出す。
「ケーキを買うんですか」
「買わねぇよ。そんな余裕ねぇっつの」
この同居人が上がりこんできたせいで、ここ何ヶ月も家計は火の車だというのに、こいつは何を言う。
そもそも、食費も何も払わない、俺が養ってやっている状態のくせに、こいつはとにかく美味い物を要求してくる。
とはいえ、味覚がおかしいのか何を食わせても「美味しいです」というから、その辺りは誤魔化せるので実はどうでもよくて。
最近は、スーパーの安売りで買った小麦粉でどうにか生活してるようなもんなのに、クリスマスを祝う余裕なんて、あるわけない。
そう言っても、同居人はシュンと眉を下げて不貞腐れたように口を尖らせただけだった。その反抗的な態度が腹立つ。
「そもそもさ、クリスマスをどんちゃんしながら過ごすのなんて、日本人だけなんだろ?
粛々とキリストの生誕を祝うのが正しいクリスマスなの。だからケーキなんて必要ないない。そもそもキリスト教じゃないし」
「でも、ハロウィンの時は、きなこ餅を作ってくれましたよね」
言い返されて、今度はこっちが口を尖らせる。
あれは、ちょっと食費に余裕があったから、たまには甘いものでもと思って自分の好物を作っただけだ。
「パーティはいらないです。せめてケーキを食べましょう」
「パーティはいらない、じゃねぇって。やる予定も無かったっつうの。せめてケーキって、そのケーキを買う余裕すら無いって言ってんじゃん」
「でも」
同居人が口ごもる。
暫く言いよどんだ同居人は、もう一度「でも」と繰り返した。
「何も無ければ、クリスマスの思い出も作れないでしょう」
泣きそうな顔で言う同居人に、口があんぐりと開いたまま閉じない。
なんだこいつは。
俺と想い出を作りたくて過ごしてるのか?
ちょっと待てよ。
なにそれ。怖い。
恋人でもなく、ただの同居人(またはそれ以下)なのに、なんなんだ、それ。
「だから、ケーキ買いましょう」
言って、サッと音を立てて腰を上げた同居人を見上げた。
近くに放っていたコートを羽織って、さっさと玄関を出て行ってしまう。
いつもは緩慢なくせに、妙に機敏に動いた奴を、俺は呆然とその背中を見送るしか出来なかった。
結局、同居人の少ない所持金で買ったコンビニの安いケーキで過ごす、粛々とした地味なクリスマス。
確かに俺が言った、地味なクリスマスだったんだけれど。
けれど、胸に浮かんだざわつきだけが、妙に際立っていた。