*落書き置き場*
30分
*生徒×先生*
※傾向的に年下×年上が好きです。
禁断の愛とか大好きです。
「先生は、好きな人いないの?」
自分の受け持つ美術部の部室、──つまり美術室の片隅で、数少ない部員の一人である永井君が聞いてきた。
今日はもう活動も終わって、あとは鍵を掛けて帰るだけだったけれど、永井君はまだ机に寄り掛かって帰る気は無さそうだ。
──部活終わりの永井君と三十分間だけする世間話が、僕は好きだった。
「この間のテストは難しかった」とか、「学校の近くに上手いラーメン屋が出来た」とか、「授業のサッカーで点数を決めた」とか。
本当に只の世間話を、たまにちょっとした悩みを、永井君は三十分だけ話してから帰る。
それが妙に楽しくて、その三十分だけは、教師と生徒という関係も忘れて、まるで友人みたいに気兼ね無く話してしまう。
だから永井君が聞いてきた時も、僕はいつも通り『友人』として答えた。
「いないなぁ。忙しいし、出会いもないしね」
「生徒とか、可愛いなとか思ったことはない?」
「無い、って言ったら嘘になるけど…でも、生徒は好きにならないよ?」
当然でしょ?と笑って永井君を見れば、予想に反して永井君はジッと口を閉ざして僕を見つめていた。
「…永井君?」
逸れない視線がなんだか怖くて、名前を呼んでみる。
いつも、この三十分の間は永井君はずっと笑っている。
すごく楽しそうに、ちらりと見える八重歯が少し幼く見える程に満面の笑みだ。
なのに、今は冷たく感じる程の無表情で僕を見つめていた。
「……永井君…?」
静かな教室に僕の小さな声が響いてから消える。
永井君は、腰を預けていた机から離れて真正面から僕を見つめた。
「先生は、生徒は恋愛対象外なんだ?」
ようやく話してくれたけど、その声が妙に低くて、一層不安になってしまう。
「…永井君、なんか怒ってる…?」
「先生は、生徒を好きになることはないんだ?」
問えば、逆に問い返された。
やっぱり永井君は怒っているのかもしれない。
思えば、永井君は友人達と一緒の時は聞き役に徹していた気がする。
黙って相槌を打って、ぼんやりとしているところをよく見掛けていたから。
だから、永井君が僕に話し掛けてくれた時は凄く嬉しかった。
僕を信頼してくれたのかな、とか、僕でも永井君の相談相手になれてるのかな、とか。
いつも、いつも、永井君は楽しそうに話していたから…
なんで怒らせちゃったんだろう?
なんて謝れば許してくれる?
なんて言えば、いつもみたいに笑ってくれる?
解らなくて、情けないけど泣きそうになってしまった。
「………先生」
不意に俯いていた僕の肩に、永井君が触れた。
その声が『いつもの永井君』だったから、恐る恐る顔を上げる。
目の前に、少し背を屈めて僕を覗き込む永井君の心配そうな顔があった。
なんだか辛そうに眉を寄せた永井君の目がジッと僕を見つめる。
「ごめん、先生。
俺、怒ってないよ…?」
言って、いつもの笑顔で微笑んだ永井君に、僕はようやくホッとした。
「よかった。怒らせちゃったのかと思って不安になったよ」
「うん、ごめんな」
非難混じりに言えば、永井君は片眉を下げて微笑してくる。
その、困ったな、っていう笑顔が、僕は好きだ。
ああ、よかった。いつもの永井君だ。
そうして僕は、笑顔で永井君を見上げた。
「で、何の話だったっけ?」
「あ?あぁ…」
頷いた永井君が、一度チラリと携帯電話で時間を確認した。
その動作に、僕は内心ガッカリする。
この、部活終わりの三十分間が終わる時、必ず永井君は携帯電話で時間を確認するからだ。
今日はここまでか、と僕は机の上に置いてあった教室の鍵を手にした。
永井君は黒のスポーツバッグを背負ってから、小さく息を吐く。
いつもなら、ここで永井君が「じゃあまた明日」って、先に教室を出る。
僕はそれを見送る。
でも、今日は違った。
永井君の細くて長い指が、僕の手首を掴んで強い力で引き寄せる。
バランスを崩した僕は、永井君の両腕の中でぎゅっと抱き締められるのを感じた。
最初は優しく壊れ物を扱うみたいに、でも次の瞬間にはギュッと強く抱き締められ、僕の思考はピタリと停止した。
永井君の胸に密着した僕の耳には、永井君の鼓動が聞こえてくる。
速くて、忙しない鼓動だった。
「先生、生徒は対象外でもいいから、ちょっと考えて。
先生には、俺はどう見える?
先生には、俺は…やっぱり対象外?
ねぇ、先生」
耳元で囁かれる優しいアルトの声は、少し掠れていた。
「ねぇ、先生。
好きだよ」
「―な…」
途端にサッと離れた体温に、僕は慌てて教室の入口を見る。
さっきまで僕を抱き締めていた永井君が、教室の扉に手を掛けて振り返っていた。
「―じゃあね、先生。
また明日」
言って楽しそうに目を細めて笑った永井君は、そのまま教室を出て行ってしまう。
僕は、永井君を見送らないで、その場にズルズルと座り込んだ。
腰が抜けた、とも言う。
顔が、耳が、目が、身体中が熱くて、今僕は真っ赤になっているのかもしれない。
僕は、気付いてしまった。
永井君が僕に話し掛けてくれた時、どうしてあんなに嬉しかったのか。
永井君が怒った時、どうしてあんなに不安になったのか。
──永井君に抱き締められた時、どうしてあんなに、ドキドキしたのか。
また、明日。
明日の三十分間、僕は、彼に、なんて言えばいいんだろう。
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