※即興小説トレーニングにて書いた話です。
<<お題:安いうどん 制限時間:15分>>
うん、そうだよな、と内心で納得。
取っ手付きの安くさい銀色の鍋を見下ろして、その中でどっしりと構えている濃い茶色の液体をぴちゃぴちゃと揺らしてみる。
近くのスーパーで買った、三食入り一袋八十八円の生うどん。
安いわりには特製の汁までついていたから、今月はカツカツで暮らすことが決まっていた俺には、それを籠に入れる以外の選択肢は無かった。
ついでに同じく安売りだった長ネギと蒲鉾を買って、それで一食作れる。
いつもより少し贅沢なぐらいの夕飯が出来るじゃないか。
足取り軽くアパートに帰って来た俺に、同居人が「お腹空きました」と纏わりついてくる。
俺が金欠の生活をせざるを得なくなった張本人だ。
渋々自分の分と同居人の分、二食を茹で始めた俺は、開始一分と経たずに異変に気付く。
汁が、何やら怪しい色だ。
透き通るような、美しい深いブラウンの鰹出汁を期待していた俺の前には、どんよりと濁った茶色の泥水みたいな液体。
それでも、茹でる。
これが今日の夕飯になるしかないのだから、とにかく茹でてみる。
できた。
色が既にまずそうだ。
まさか、安売りだった理由は……
思い浮かんだ言葉を必死に飲み込んで、スプーンで一口啜ってみる。
うん、そうだよな。
安くて美味い、なんて、そうそう出会えないもんだった。
そもそもこのメーカーの名前すら初めて聞いた。
低コストで作り上げようとしたのか知らないが、なんの飾り気も無い外装の透明の袋だったし。
かと思えば、メーカー名と一緒に可愛くもないキャラクターが描かれていて胡散臭さは倍増だったし。
よく考えれば、アタリっぽさは微塵もないじゃないか。
つまり、とてつもなくまずい。
なんだ、この味は。
腐った魚を無理矢理食わされたみたいな後味で吐きそうだ。
捨てるかどうか悩んでいると、空腹に耐えかねてぬっと現れた同居人が、遠慮なしに鍋の中身を箸でつまみ上げる。
止める間もなくつるつると滑らかに口に消えていったうどんに、俺はごくりと唾を飲み込む。
「……美味いか?」
「美味しいですよ。食べないの?」
「……俺は、いいや。インスタントで」
鍋ごと渡せば、嬉しそうな笑顔が返ってくる。
それ、食いもんじゃねぇよ……
吐き出しかけた言葉は、もう一度飲み込んだ。
ずるずると音を立てて唇の奥へ消えていく真っ白なうどん。
それを嬉しそうに頬張る同居人。
こいつがとんでもなく安上がりな味覚でよかった。
俺は渋々、非常食用のカップめんのフタをあけた。
2013/2/19