*落書き置き場*
【日記内SS】創作BL




2012/3/3公開
創作BL



今時、学校に無断でバイトをしていたくらいで反省文を書かせるなんて古いと思う。

机に置かれた三枚の原稿用紙を見つめたまま、藤谷は指でシャーペンをクルクルと器用に回した。

教職員室の隣にある、机と椅子が三つ有るだけの狭い室内には、校庭から響く野球部の威勢の良い声が届いていた。
時折、隣の教職員室から電話の甲高いコールや、教員達の談笑の声がしていた。
もう冬も半ばなのに、藤谷は窓を開けて外からの音を楽しんでいた。

ここは、生徒達には『反省室』等と呼ばれていたが、本当の室名は知らない。
藤谷の素行は中の下。
この『反省室』に閉じ込められたのは、もう八度目だ。

最初は何で呼ばれたっけ。
化学の教諭のスーツにチョークの粉を掛けて怒らせたのは、三度目の時だっただろうか。

渡されたノルマである原稿用紙など存在を忘れていれば、背後の扉がガラリと開かれた音がした。
反射的に振り返れば、扉を開いた張本人が目を丸めている。

「先客がいるって聞いたら…藤谷だったんだ」

後ろ手に扉を閉めて呟いたのは、同じクラスの大槻だった。
大槻は、一番端に座った藤谷と一席間を空けて腰掛ける。
藤谷は、大槻が自分と同じように原稿用紙とシャーペンを持っていたことに眉を寄せていた。

「大槻も反省文?」

「うん」

カチカチとシャーペンの芯を出してから原稿用紙を見下ろした大槻を、まじまじと眺めた。

素行が中の下の藤谷はともかく、大槻と言えば、試験では毎回首位をキープする超優等生だ。

いつもブレザーをきちんと着こなし、シャツの襟は第一ボタンまで閉じてネクタイをピシリと締める。

今も全くそれを崩していない大槻が、『反省室』にいることが、あまりに不可解だった。
その疑問を、藤谷は躊躇無く口にする。

「大槻、何で反省文書かされてんの?」

「…そういう藤谷こそ」

原稿用紙から視線を上げた大槻が、こちらをちらりと見てから苦笑した。
細いフレームの眼鏡や、大槻自身の放つ空気からか、妙に大人びて見えた。
藤谷は一瞬だけ目を奪われてから、シャーペンをクルクルと指で回す作業を再開する。

「裏のカラオケで、無断でバイトしてんの見つかっちゃった。
灯台もと暗し。今までずーっと気付かれなかったのに」

「ずっと?いつからバイトしてたの?」

「一年の夏からだから、今月で一年と三ヶ月目。
昨日の夜さ、生徒指導の野嶋が、たまたまプライベートで来ちゃったの」

「ああ…それは御愁傷様」

眉を僅かに下げて苦笑した大槻に釣られて、藤谷も口が緩んだ。
この『反省室』は、いつも孤独に時間を潰すだけだ。
今日は、あまり話した事も無い大槻というイレギュラーな人物が現れて、なんだか気分が良い。

「で、大槻は?」

「……やっぱり聞くんだ」

誤魔化そうとしていたらしい。
話を元に戻せば、大槻は渋い顔をして原稿用紙に視線を落とした。

「ピアス、開けただけ」

「ピアス?」

言われて、横顔から視線を僅かに移した。
藤谷から見えた右耳には、確かに透明なピアスが一つだけ付けられていた。

「大槻、真面目だと思ってたけど、結構やるなぁ」

呟けば、やはり大槻は苦笑を返す。
暫く無言が続いた。
大槻はただ黙って原稿用紙を見下ろして、藤谷はそんな大槻を見つめていた。

「…反省文、書かないのか?」

藤谷が問えば、顔を上げた大槻は難しげに眉を寄せてから、殊更困った様に微笑んだ。

「反省文なんて書いたことないから、何を書けばいいか解らない」

「おー、一度言ってみたい言葉ッス」

おどけて返せば、再度藤谷の視線が原稿用紙へと落ちていった。
コンコンと指で机を叩いてリズムを刻んでいれば、大槻が静かに口を開く。

「それに、反省なんてしてないから、反省文なんか書けないし」

「………」

驚いた。
優等生の大槻が、そんな事を言うとは思わなかったからだ。

「……大槻、なんでピアス開けたの?」

一気に沸いた好奇心から聞いた。
チラリと一度だけ視線を寄越した大槻は、少しだけ間を空けてから、下らないんだけど、と前置きを呟いた。

「好きな人が、ピアスしてたから」

「へぇ!」

更に驚いた。
恋愛だとかには希薄そうな大槻が、まさかそんな理由で校則を破るとは。
ワクワクと身を乗り出せば、大槻はギュッと眉を寄せる。

「反省文、書かないの」

「大槻の好きな人の話を聞き終わった書く」

「バイト、遅れるんじゃない?」

「今日はバイト休み。なぁ、年上?年下?ピアス開けてるってことは、同じ学校じゃないよな?どんな人?」

矢継ぎ早に問う。
大槻は、今までの穏和な苦笑をしていなかった。
酷く不快そうに寄った眉間や、ギュッと噛まれた唇に、聞いちゃまずかったか、と僅かに不安になる。

「……好きな人は…」

大槻が低く、小さな声で呟いた。
耳を澄まさなければ、野球部の声に掻き消されそうな程に小さな声だった。

「……優しくて、頭が良くて、背が高くて…いつも俺を庇って助けてくれる人だ……」

大槻の声が、どんどん小さくなる。
その声に引き込まれた様に、藤谷は何も言えなかった。


「俺の…たった一人の兄さんだ……」






『反省室』には、藤谷だけが残った。
何も言えずに息を飲んでいた藤谷の目の前で、大槻は原稿用紙にシャーペンを滑らせて、さっさと出ていった。



脳裏に残ったのは、大槻の泣きそうな横顔と、消えてしまいそうな震えた声。


藤谷は、ゆっくりと自分の右耳を撫でた。


原稿用紙が窓から入って来た風で飛んだ。






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