Story-Teller
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「誰かと思ったら、枕営業が得意な相楽じゃん」

不意に頭上から聞こえてきた声に、名指しされた相楽ではなく、正面にいる南野が思いきり顔を顰めた。
その声に聞き覚えはあるが声の主を特定できずにいた相楽は、南野と湊都が酷く嫌そうに顔を渋めているのを見て、ああ、と漸く悟る。


見上げた階段の踊り場にいたのは、南野や湊都と同じクラスである三条寺だ。つまり、相楽のかつてのクラスメイトでもある。

見るからに育ちが良さそうな、正統派な容姿をした男だ。
しかし、純朴そうな容姿とは裏腹に口元には意地の悪い笑みを浮かべている。相楽に対しては、いつもその笑みを浮かべているのだ。


相楽が養成所にいた頃と変わらず、一ノ宮と四ツ谷という男子候補生と一緒に現れる。
成績が良く、教官たちからの評判も高い三条寺は、クラスのリーダーを気取っていた。一ノ宮と四ツ谷は、まるで子分のように三条寺にいつも寄り添っている。

久しぶりに見る光景だな、と、腰巾着を引き連れて現れた三条寺の姿を目を細めて眺めた。



大御所演歌歌手のようにゆっくりと階段を降りてくる三条寺は、相楽から視線を外さない。
口元の笑みは、徐々に憎々しさを隠しきれないと言ったように歪に歪んでいった。

「精鋭部隊の人達じゃ満足できなくなって、こっちに物色しに来たのかよ」
「……何言ってんだ、お前?」

相楽が呆れたように眉を寄せて返せば、目の前まで来て足を止めた三条寺はくっと喉奥で笑う。

「自分の実力で精鋭部隊に入ったみたいな顔してさぁ、これだから卑しい奴は嫌いなんだよな」

相変わらず、三条寺が相楽に対して何を言いたいのかわからない。
一つ溜め息を吐き出して、相楽は彼から視線を逸らした。



三条寺には嫌われている。それも、かなりだ。

座学も実技も申し分が無いほどの優等生である三条寺だが、段違いの運動能力を持つ相楽には敵わない。

相楽は座学の成績は上の中程度だった。
講義中はだいたい寝ていて内容など聞いてはいないが、記憶力が抜群に良いので、試験結果を重視する成績ランキングは上位に食い込む。
それに加えて候補生内ではずば抜けた実技の優秀さで、実質的に三条寺を押し退けた首位に陣取っていた。


三条寺は、それが気に入らないようだ。
何かと嫌味を言っては馬鹿にするような笑いを投げかけてくる三条寺の扱いは『とにかく放っておく』が最良なのだが、湊都や南野に押し付けて去るのも気が引ける。

それに、今回の三条寺の嫌味は、なんとなく聞き捨てならない。


「相変わらず難解だな、お前の言葉」

ポツリと呟けば、それが皮肉であることに気付いたらしい三条寺が、顔面に怒りをちらつかせる。しかしそれは、すぐに先程までの嫌な笑みへと変えられた。
三条寺の後ろでは、ひょろりと背の高い一ノ宮と、いかにも前線希望というがっしりとした体格の四ツ谷がにやにやと笑っている。
この三人の下卑た笑みは、見るたびに鳥肌が立つ。


「俺達も、出世する方法考えとかなきゃな。教官と寝て、精鋭部隊に推薦してもらった相楽君を見習ってさぁ」

げらげらと笑う声に、眉を寄せた。
一層、難解だ。

「教官と寝た? なにそれ、昼寝ってこと?」

至って真面目に聞き返したが、三条寺は軽蔑するような目で相楽を見下ろしてから、ふんと鼻で笑う。「お前が嫌いです」という気持ちがよくよく感じ取れるほど憎しみが込められた目だ。


「崎田も美濃も、お前のこと可愛がってたもんな。他の教官もお前ばっかり贔屓して。淫乱だよな、相楽君は」

視界の端で、湊都が弾けて三条寺に飛び掛りそうになるのを咄嗟に右腕で押さえ込んだ。
優しい彼らしくない、苛立ちで塗れた目で三条寺を睨む湊都を見上げてから、相楽は息を吐き出す。



なんだかよく解らないが、三条寺はとんでもない妄想をしているらしい。

『勘違い』ではない。『妄想』だ。
この男は、意図的に相楽の悪評を広めるのが好きだった。
候補生時代も、よく根も葉もない下品な噂を吹聴して回られたものだ。
今回も、その類だろう。まったく面倒臭い。



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