Story-Teller
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「篠原隊長と高山副隊長が揉めてたんだよな、この任務のことで」


たった今思い浮かべていた人物の名を出され、相楽は慌てて顔を上げる。その反応に、関は目を丸めていた。


「……なに? 禁句だった?」

「いや、そうじゃないけど……なんで知ってるの?」

「なんでって……あれだけでっけぇ声で言い合ってれば聞こえるだろ? 関わりたくないから喫煙室に逃げたけど」


そう、とだけ返して俯いた。関は構わずに続ける。


「いつも言い合いすれば激しいけど、今回のは輪を掛けて激しかったな」

「……そっか」


相楽は小さく相槌を打って、視線を周囲を覆う木々へと移した。
自分が原因で上司たちが怒鳴り合うというのは、どんな理由でも、良い気持ちにはならない。特に今回は、篠原も高山も、どちらも相楽の今後を真剣に考えた故の口論だった。

暫し黙したまま歩き続けていたが、不意に関が小さく口を開いたことで顔を上げた。


「……なんか嫌な予感がするんだよな」

「嫌な予感……?」


首を傾げて関を見れば、関は眉を寄せて見つめ返してくる。


「隊長と副隊長が言い合ってる時、すっげぇ嫌な予感がするんだ。……まぁ、それが何なのかは解んないんだけど」

「……野生の勘?」


目を細めると、関も困った様に首を傾げた。


「外れてくれれば良いんだけどな、俺の野生の勘」

「……そうだね」


頷いて、重い息を吐いた。

実のところ、相楽自身も関と同じように感じていたからだ。篠原と高山の険悪な空気に敏感に反応し、妙な胸騒ぎを覚えていた。
それは言い合いにかち合ってしまったから、という物ではなく、何か、もっと胸に突っ掛かる感覚。
……関が言う『嫌な予感』というものだろうか。




「っ?!」

不意に、足元の水溜まりに靴底が思い切り滑ったことで我に返った。
ぬかるみに取られた足はずるりと真横に滑り、大きく体勢を崩した。持ち前の反射神経で、近くにあった幹に寄り掛かろうと体を寄せる。

少しの衝撃とともに幹にぶつかるはずだったその体は、自身の意思とは真逆に、幹とは反対方向に引っ張られていった。
右の手首を掴まれて、腰には関の腕が絡み付く。
強い力で手と腰とを引き寄せた関に抱き寄せられる。咄嗟のことで反応が出来なかった相楽は、されるがままに身を委ねた。
体勢を崩したまま引き寄せられたせいで、反動をつけたまま後頭部を関の胸にぶつければ、関は慌てた様に息を飲んだ。


「うわ、ごめん! 大丈夫か?」


左手で後頭部を撫でながら頷けば、関はほっと息を吐いた。その息と合わせて、後頭部に触れる関の胸がゆっくりと上下する。


「ごめんな、咄嗟にに引っ張っちゃったけど」


足元がぬかるんでいるためになかなか安定しない体を、関がより強く抱き締めた。
右の手首を掴んでいた関の手が、背後から胸の前を通って肩を抱き、腰に回る腕はさらに強く引き寄せてくることに、相楽は僅かに動揺してしまう。


「関……痛い……」

「え? 足捻った……? 大丈夫か……?」

「そうじゃなくて……」


心配する様に耳元で関が囁くことに、殊更体に力が入った。ただ支えてもらっているだけなのだが、これはあまりに距離が近すぎるのではないだろうか。

そもそも、何故そんな風に耳元で囁く。
何故さっさと解放しない。

半ば混乱し出した脳内をどうにか平静に戻そうとするが、関の体温に邪魔されて、上手くいかなかった。



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あきゅろす。
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