Story-Teller
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「……相楽って、そら、って名前なんだよな」


今にも噴き出そうになる醜い感情を抑えてどうにか絞り出した言葉に、相楽が視線を下げて高山を見る。
ようやく相楽がこちらを見たことにほっとした。膨らんでいた胸のうちの暗さが、ふっと霧散する。


「相楽のご両親も、空が好きだったのかな」


微笑んで問えば、相楽は僅かに眉を寄せてから首を横に振った。


「いえ……確か、天上天下唯我独尊の方だったと思います」

「……それはまた、なんというか、壮大な」


言葉に困っていると、相楽も困った様に眉を下げて苦笑した。


「自分でも自惚れた名前だと思います。自分が一番だって言ってみるみたいで。それに、初めて会った人に名前を"そら"って読んでもらった試しがありませんし」

「ああ、俺も"てん"だと思ってた」

「昔はそれが嫌で」


苦笑しながら膝の上で指を組む相楽に、釣られて苦笑した。名前を間違えて呼ばれて、不満そうにする彼の姿が鮮明に思い浮かんだからだ。


「独特な感性の人なんだな、相楽のご両親は。是非一度会ってみたいな」


何気無く呟いてから、相楽に微笑んでみた。しかし、返ってきたのは、やけにぎこちのない笑顔だ。
眉間には深い皺が寄り、視線は僅かに斜め下に落ちている。口元は笑みの形に緩めてはいるものの、無理に笑っているのだと直ぐに解るほどに硬い。
何か相楽にとっての禁句を言ってしまったのかと咄嗟に口を閉じると、視線を足元に移した相楽が口を開いた。

「俺も高山さんのご両親に会ってみたいです。きっと高山さんみたいに背が高いんじゃないかー…とか」


そう言ってこちらを見上げた相楽は、自然に微笑んでいた。先程の笑みなど、無かったような笑顔だった。
そんな笑顔に高山は密かに眉を寄せる。
先程の会話のどこに、相楽が不自然な笑みを見せた言葉があったのだろうか。

……『相楽の両親』?
もしかして、相楽の両親は亡くなっていただろうか。
そうだとしたら、「会ってみたい」などと無神経な事を言ってしまったのだが……

いや、オフィスにある調書にはそんな事は書いていなかった。
……それ以前に、あの調書には、相楽のプライベートなことについては、ほとんど記載されていなかった。


「前に、寮で関のお母さんに会ったんですよ。明るくて面白い人でした。関にそっくりで」


楽しげに語る相楽に微笑を返しながら、脳内では、相楽の調書を必死に思い出す。


あの調書には、何が書いてあった?

相楽の名前。
相楽の身長。体重。血液型。利き手。
相楽の出身校。
養成所での成績や、戦闘訓練の際の細かい癖。

そんなことが書いてあったはずだ。

だが、足りない。
書くべきことが、書かれていない。

家族構成は?
親の名前は?
親の職業は?
出身校を選んだ理由は?


何かがおかしいと気付いた時には、相楽が首を傾げて高山の顔を覗き込んでいた。


「高山さん……?」

「あ、ああ、すまん。俺の両親は背が低いよ。でかいのは俺と弟だけなんだ」


弟さんがいるんですか、と相楽は微笑む。
その笑みを見ながらも、しっかりと引っ掛かったまま抜けないトゲにばかり気を取られてしまう。





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