「そこまで照れるなんて、もしかして初恋だった?」
「別に。ただの先生です。好きだとか、そういうんじゃなくて」
高山の手を振り払い、相楽はふるふると首を横に振る。
いつも淡々としている相楽が狼狽する姿なんてものを初めて見たのだが、まさかこんな風に照れて顔を赤くすることもあるのか、と高山はニヤリと笑ってしまった。
そんな高山に気付いた相楽が、目を細めて見上げてくる。真っ赤な顔のまま睨まれても可愛いだけなのに、と一層口許が弛んでしまった。
「どんな人だった? 綺麗な人? 可愛い人?」
「高山さん……」
悪戯っぽく微笑んで聞けば、更に目付きが鋭くなった。
照れ隠しの様だが、何の威嚇にもなっていない事には気付いていないらしい。喉から出そうになった「かわいい」は、ごくりと飲み込んでおく。
「少しでいいから教えてくれよ。俺は相楽のことを何も知らないんだし」
「……他の事なら話します。だから、この話題はやめてくれませんか」
「俺はこの話題について聞きたいな」
にっこりと笑んで返せば、グッと相楽が言葉に詰まる。もごもごと不満げに動く唇をにこにこと笑いながら見つめていれば、諦めた様な溜め息を吐かれた。
片手で自分の頬を撫でた相楽は、俯いて口を開く。
「俺が一方的に好きだっただけです。大学出たばっかりの、日本史の先生で、クラスの副担任でした。俺は可愛いと思いました。以上」
「ははは、以上、って」
言い切って、びしりと一文字に口を引き結んでしまった相楽に声を上げて笑う。
まだもう少し聞いてみたかったのだが、もう何も答える気はないのだろう。仕方無く納得して、微笑ましさに弛んでいた口元をどうにか押さえ込んだ。
もう聞いてこないと気付いたのか、相楽は一文字だった口をゆっくりと解いていく。
そんな相楽の横顔を見つめて、高山は小さく呟いてみる。
「相楽に愛されてるなんて、その人は幸せだな」
聞き取ったらしい相楽は、目を細めて見つめてきた。それに曖昧に笑ってみせる。
「すごく、羨ましいよ」
静かにそう言えば、相楽は不思議そうに目を丸めた。
本心だよ、と心の中で呟いてから、空を仰ぐ。
相楽が自分の話をしてくれたことへの嬉しさと興味深さは、いつの間にか、ジリジリと音を立てるような感情へと変化していた。線香花火が小さく燃えているような、燻ぶる感情だ。
それが、相楽が愛した女性に対しての嫉妬だと気付いて、それ以上この話題に触れるのは止めた。何か、意地の悪い事を言ってしまいそうなほどに大きな嫉妬だった。
愛しそうに青空を見上げた相楽の横顔を思い出すと、今すぐに抱き締めてしまいたくなる。
誰かを想って優しげに微笑む彼の姿なんて、初めて見た。その相手が自分でないことが、妙に気持ちを重くさせる。
そんな重い感情を振り払うために、その細い身体を腕の中に納めて、何もかも奪ってしまいたくなった。自分のことだけを考えさせたくなった。
真っ青な絵具を塗った様な、吸い込まれそうな大きな大きな空。
雲一つない、スカイブルー。
こんな作り物みたいな嘘臭い青空を見て、その彼女の事を思い出すのなら、さっさと曇ればいい。
……そこまで考えて、大きな溜め息を吐き出した。
今日の自分は、とことん餓鬼臭い事ばかり考えている。
過保護過ぎたり、青い恋の話を聞きたがったり、それに対して嫉妬してみたり。
それがすべて相楽のせいだと気付いて、チラリと横目で見てみる。ぼんやりとした目でまだ青空を見上げている姿に、小さく唇を噛んだ。