Story-Teller
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手招きしてみれば、相楽は遠慮がちに近寄ってくる。
そろそろとゆっくりと歩み寄りながら上目遣いに見上げてくる視線に、まるで猫みたいだなぁ、と微笑ましく笑んでいれば、相楽はようやく肩を降ろした。

フェンスに背中を預ける高山の隣に立った相楽も、同様にゆっくりと背をフェンスにもたれかけた。頑丈なフェンスは、きい、と僅かに鳴いただけで、揺れることも無い。


「ごめんな。吃驚しただろ」

「いえ……上に立つ者として、意見の交換は必要だと思います」

「あれが意見の交換に聞こえた? ただの喧嘩だよ。俺が、意地になっただけだ」


自嘲めいて言えば、相楽は高山の横顔を見上げる。それから暫く沈黙した相楽は、視線を足下に落としてから、小さく呟いた。


「俺のことで、喧嘩したんですよね」


その言葉にぎょっとして思わず相楽を見下ろすと、相楽はしょんぼりと肩を落とし、眼鏡の奥の大きな瞳を伏せがちにしている。
どうやら、自分の事で高山と篠原が口論していたことに気落ちしてしまったようだ。。

それに気付いて、慌てて手を伸ばした。ふわりと相楽の髪を掬ってやると、目を丸めて見上げてくる。


「相楽のせいじゃない。俺が篠原に無駄に突っ掛かっただけだよ」

「……」


高山の言葉に、相楽はじっと目を細めてから視線を落とす。その唇が固く噛み締められていることに、「やっぱり誤魔化せなかったか」と苦笑してしまった。
妙に勘が鋭い彼は、高山がどんな風に言い訳しても悟ってしまう。むしろ高山が誤魔化そうとしたことで、余計に不安を与えてしまったらしい。

相楽はじっと黙り込んでいる。
いつもは篠原に怒鳴られてもさして気にしないマイペースな性格なわりに、やけに真面目でもある彼のことだ。言い争いの原因が自分であることに申し訳なく思っているのだろう。


深呼吸をしてから青空を見上げて、再度、相楽へと視線を落とした。
下手な言い訳をするのは辞めようか。多分、その方がこの子も納得できる。
覚悟を決めるようにふっと短く息を吐き出してから、手を伸ばして相楽の腕をそっと掴んだ。そのまま近くにあったベンチに相楽を座らせると、きょとんと目を丸めて不思議そうに見上げてくる。


「相楽、少しだけ話を聞いてもらってもいいか?」


なるべく安心させる様に微笑んだまま問えば、暫し戸惑ったように眉を下げていた相楽は、こくりと大きく縦に首を振った。
相楽の了承を確認してから、彼の隣に腰を下ろす。陽気に照らされたベンチはほどよく温かかった。

さて、どう話すか。と僅かに言葉を選んで吐き出した息は、憂鬱に重みを帯びていた。



………───────




「篠原のことは、指揮官として尊敬してる。初めて会った時から、篠原の能力の高さは凄いと思ってた」


そう呟けば、相楽は膝の上で指を組み、黙って頷いた。彼も、いつもは篠原に怒鳴られてばかりではあるが、篠原の潜在的な素質が群を抜いていることを認めているのだろう。


「俺より年下だけど実戦経験は充分豊富だし、隊員達の特長に合わせて指示が出来る。柔軟で、頭の回転がずば抜けて速いし。ファースト・フォースの隊長に篠原が選ばれた時は、純粋に適役だと思ったし、篠原以外には考えられなかった」


精鋭部隊ファースト・フォースという部隊が結成されると公表された頃、高山と篠原はそれぞれ別々の部隊に所属していた。
前線部隊の第一班に所属していた高山と五班に所属していた篠原は接点こそ無かったが、篠原紀彰という若い隊員が酷く優秀だという噂は何度も何度も聞いていた。
だからこそファースト・フォースの隊長に篠原が選ばれた時は、やっぱりか、と納得したのだ。
……体力面からも技術面からも、また今後の体制の安定性から考えても、ファースト・フォースは年齢が若い者を中心に選抜される事が決まっていたし、その中から指揮官の素質を持つ者を選ぶと言えば、大体は予想がついていた。

ただ、自分がその補佐である副隊長に選ばれたのは、まったくの予想外だったが。





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あきゅろす。
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