Story-Teller
XII




薄暗い廊下を歩きながら、腕に嵌めた時計を見た。

節電の為に灯りは足下の非常灯のみになってしまったのは、もう定時を三時間程過ぎている。篠原は、僅かに呆れた溜め息を漏らした。


―なぜ、夕方から大事な会議を始めようとする。

幹部連中は好き放題にスケジュールを立てるが、夜勤の兼ね合いもある篠原としては、なるべく昼のうちに用事は済ませたい。

もう今夜の夜勤組が『UC館』の警備に出て行ってしまった時間だ。
ファースト・フォース隊員達には、一日の勤務終了時にどんな小さな事でも報告させる様にしているが、今日はそれが出来なかった。

高山あたりが代わりに聞いてくれているだろうが、やはり自分で聞いておきたいものだ。

もやもやと苛立った気持ちを押し殺しながら上着を脱ぐ。ネクタイを緩めながらオフィスの扉を開き、思わず立ち止まった。




夜勤組もUC館の警備で出払い、誰もいないはずだったオフィスには、煌々と明かりが点いていた。
オフィスの端にあるソファーに座り、ぼんやりと窓の外を眺めている人影に、目を丸める。


「……帰ってなかったのか……?」


問えば、明らかに肩が跳ねるのが見えた。

オロオロと視線を向けて来たのは、定時には退勤していたはずの相楽だ。脱いだ上着と外したネクタイをデスクに放る篠原を見上げて、ゆっくりと頷く。


「……風早先生に、聞いてきました」


何を、とは聞かずに、そうか、とだけ返す。
黙って立ち上がった相楽は、コーヒーメーカーから湯気を上げるコーヒーをカップに注ぎ、それを無言で押し付けてくる。


「……気が利くな……明日は雪が降るかもしれない」


受け取りながら呟けば、キッと鋭く細められた瞳が見上げてきた。無視してコーヒーを一口流し込み、デスクに寄り掛かる。

わざわざ定時後、何時間も待っていたのだろう、と何とはなしに思った。
それが何故かは、予想がついたが。


「……すみませんでした」


突如聞こえた謝罪の言葉に、思わず咳き込む。
意味が解らずに相楽を見れば、先程の睨みっぷりはどこに行ったのか、しゅんと眉を下げて見上げていた。


「……何が?」

「やっぱり俺は聞いちゃいけなかった様な気がしたので」


言いながら、足元に落ちていく視線を辿った。
まるで叱られたように気落ちしている相楽に、心底意味が解らなかった。


「……なんでお前が落ち込んでるんだ」

「……自分の能天気さを改めて思い知らされたので」

「なんだそれ」


一体、風早に何を言われたらこんなに落ち込めるのか。
落ち込んだのは篠原達であって、その後に入隊した相楽が落ち込む理由がまったく浮かばない。
なんだ、能天気って。今更じゃないのか。


「お前、風早に何言われて来たんだ? 余計なことまでペラペラ喋ったんじゃないのか、あいつ」

「……桔梗組の当主が一人で攻め込んで来たこととか、ファースト・フォースがぼろぼろだったこととかしか」


それか、と内心舌打ちした。

─確かに、あの後のファースト・フォースは、チームの体制的にも精神的にもボロボロだった。
その一部始終を見ていた風早が語れば、それはそれは一層惨めに聞こえるのだろう。

そしてそう聞こえたから、相楽は俯いているらしい。

……やはりまだ言わない方が良かったのか、と視線を外した。





[*前へ][次へ#]

12/16ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!