Story-Teller
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「たった、一人……」


風早の話を黙って聞いていた相楽が、小さく反復した。
頷いた風早に、そんなわけない、とでも言いたげに首を横に振る。


「高山さんや、桜井さん……関も、吉村さんも、篠原さんも居たのに、たった一人を抑えられなかったんですか……?」

「抑えられなかったどころか、危うく死人が出るところだった」


静かに言う風早に相楽は視線をさ迷わせた後、膝の上できつく握り締めた両手へと落とした。そんな相楽に構わず、風早は話を続ける。


「そんな不様な話、知られるわけにはいかないだろう。だから、永久に箝口令が敷かれることになった」

「……桔梗組の当主、って……」


ポツリと呟いて眉を潜めた。

『桔梗組の当主』。
つい先日聞いたばかりの名詞だった。


『左翼派で反UC団体の『桔梗組』の当主が、イタリアから帰国したらしいです。当主はイタリアでも過激な反対運動をしていた人物で、それが影響しているのでは……って、吉村さんが言ってました』


他でもない、相楽が風早に説明した話だ。

―最近、反UC派の動きが活発なのは、『桔梗組の当主』が帰国したからだ。

―どうやら『桔梗組の当主』は、各地に散らばる数多の反UC勢力のほとんどを掌握するほどのカリスマ性を持つらしい。

―『桔梗組の当主』に目を掛けられたいが為に、派手な反UCテロを起こす弱小団体があるほどだ。


耳に入ってきた情報はおおよそ信じられない様な話ばかりで、聞き流していた。だが、その情報は、全て偽りでは無かったのかもしれない。



「桔梗組の当主、たった一人に……ファースト・フォースは壊滅状態になった……?」

無意識に口から出た言葉に、体が震えた。

精鋭部隊を、一人で瀕死に陥らせる人物。
そんなもの、化け物じゃないか……



「……相楽」

呼ばれて顔を上げれば、風早は心配そうに眉を下げている。
慌てて「はい」と返事を返せば、風早は相楽の目に掛かっていた髪を指で掬った。
それを見上げていれば、風早の視線は徐々に床へと落ちていく。


「あの事件の後のファースト・フォースは、酷いもんだったよ」


そうして再開された話は、その後のファースト・フォースの様子だった。










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重傷を負った高山達が目を覚ますと、篠原がファースト・フォースの全隊員を集めた。

まだ動けない高山、吉村、佐藤、桜井、関のベッドの周りに、後方支援を担当する隊員達がまだ些か蒼い顔のまま座った。
その場に同席した風早は、今でも彼らの悲壮な表情を思い出すことが出来る。

皆、いつも勝気だった表情を曇らせ、口を固く閉ざしていた。




篠原は語る。

―まず、昨夜の事件には永久に箝口令が敷かれること。

例え家族でも、『何が』来て、『何を』したのか、『何のために』したのかは語ってはいけない、と。

次に、破壊された『UC館』は早急に整備され、今ではそこで抗争があったとは思えない程に元通りになっているということ。

ファースト・フォースには、一週間の暇が与えられたこと。

処分ではない。『忙しい精鋭部隊への休暇』という名目だ。





そして、最後に、前線で戦った佐藤の右手が、怪我で完全に動かなくなったことを告げた。
ナイフが貫通した右手は、骨や神経すら破壊して、もうリハビリも意味が無いだろう。

それは、風早が事前に篠原と佐藤に告げていたことだった。
佐藤は絶望した様に押し黙り、それから声も出さずに泣いた。

その小さな嗚咽に、室内が一気に重い沈黙に包まれる。



最強だ、優秀だ、国の誇りだと称賛されていた精鋭部隊が、完璧に墜落した瞬間だった。






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あきゅろす。
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