『UC館』に近付くにつれ、強くなる火薬と血の臭いに背筋が冷えていく。
既に反UC派は撤退したらしく、抗争の音はしない。
いくら風早が徹夜続きでぐっすりと眠り込んでいたとはいえ、爆撃があればその音で起きていたはずだ。しかし、そんな轟音は無かった。
この火薬の臭いは、ファースト・フォースの発砲によるものだったのだろう。
明かりの点いていない館内に裏口から飛び込めば、綺麗にディスプレイされていた『UC』は粉々に砕け散り、館内の至る所が巨体なノコギリでも振り回したかの様に抉れていた。
そこは、最早風早の知っている『UC館』では無かった。
『UC』の形は無く、展示も滅茶苦茶に破壊され、ぐちゃぐちゃの館内には、点々と鮮血が散っている。
それがファースト・フォースの流したものだと気付いてゾッとした。
慌ただしく後処理を始めているのは、上層部から指示されて来た幹部格の隊員ばかりだった。
本来ならば、現場には出てこないような、お偉いやつらが必死に作業を進めている。一般隊員の姿は一人も見えない。
それを見た瞬間、「ああ、これは揉み消されるのか」と冷静に悟った。
幹部のみが始末に訪れているということは、外部に漏れない様にするためなのだろう、と。
呆然と眺めていた風早は、慌ただしい幹部隊員達の向こうに見えた姿に、サッと血の気が失せるのを感じた。
ボロボロになった館内の隅で、ぐったりと座り込んでいるのは、間違いなく篠原だった。
血で汚れた白衣を脱ぎながら駆け寄れば、篠原はゆっくりと顔を上げる。
いつも飄々とした篠原とは思えぬ程に疲れきった顔や、切り裂かれた隊員服から止め処なく流れる鮮血に、歯を食いしばる。
その場で治療をしようとキットを広げれば、僅かに上げた片手で制された。
「いい。オフィスに戻る」
「良いわけないだろ! いいから黙って治療させろ!」
自分でも驚く程に狼狽しながら叫べば、篠原は首をゆっくりと振ってから、ぼんやりと館内を見つめる。
「……酷い、有り様だ」
呟いた篠原に怪訝な顔を返せば、篠原は自嘲の様な乾いた笑いを吐き出してから俯いた。
「……悔しいな……」
絞り出す様な声に、篠原の傷にガーゼを宛がっていた手が止まってしまった。
出会ってから数年目。
初めて聞く、篠原の震える弱気な声だった。