Story-Teller
V





「……篠原さん」

「なんだ」


意を決して口を開けば、作業の手を止めたままの篠原が目を細める。

聞いても、いいのだろうか。
それとも、知られてはいけない話なのだろうか。
口を開いたものの、喉元で詰まった問いはなかなか吐き出すことが出来なかった。



相楽がファイルに視線を落としたまま黙り込んでいると、篠原がカタリと席を立つ音が聞こえてきた。顔を上げると、椅子の背に掛けていたベストを羽織る篠原が見える。


「お前が何を聞きたいのかは大体解ってるが、すまんな、箝口令が敷かれているんだ」

「箝口令……? 上層部からの、ですか?」


問えば、篠原は手元に散らばっていた資料を掻き集めてから、パソコンの電源を落とす。踵を返して相楽に背を向ける篠原に、慌てて口を開いた。


「つまり、聞いちゃいけないってことなんですか? それなら聞きません。でも、気になったんです」


素直にそう告げれば、半身振り返った篠原はそのまま口を閉ざし、伸ばした手で静かに扉を開いた。

夕方から会議があるとは聞かされていた。その会議で使うための資料を、朝から黙々と作っていたのだろう。
開いた扉の向こうに見えた廊下も、夕暮れに染まっている。そろそろ会議が始まるようだ。
このまま誤魔化されるのか、と半ば諦めた溜め息を吐き出して俯いた。





―好奇心でもある。

どうしてファースト・フォース程の戦闘部隊がこれ程に被害を受けたのか知りたかった。
何が襲ってきたのか。
どんな手で攻めてきたのか。
経験が少ない自分には、彼らの不意を突くことだって出来やしない。だから、知りたかった。


ただ、それを知る権利は自分には無いらしい。

まだ入隊して半年も経たない新人で、攻防戦が繰り広げられたのは自分が配属される前の事だから。

それに、もう一つ。
いざというとき、篠原や高山、吉村が相楽を『安全な場所』に匿える様に振る舞っていることにも気付いている。

例えば二ヶ月ほど前の話だが、反UC派の捕縛の際に突出し過ぎたファースト・フォースが、上層部からこっぴどく叱られた事がある。上層部のとある幹部のプライドを、酷く傷つけてしまったかららしい。

その時、相楽以外の全メンバーが謹慎処分を受けた。
自分だけが謹慎を免除されたのは、自分が『国会議員の息子』だからなのかと眉を潜めていたが、真相を知った時はそれ以上にショックだった。

謹慎を受けることが決まった際、上層部に喰って掛かった篠原と高山は相楽を庇ったらしい。
まだ新人で未成年の相楽には何の責任も無い、などと随分と勝手な言い分で。

まだ功績も少ない相楽の経歴に、謹慎という傷がつくのを避けるためだったのか、それとも何かの意味があるのかは解らない。
ただ、相楽を守ろうとする言動に、守られている本人がどれだけジレンマを抱えているかなんて、きっと篠原達は気付かないんだろう。



今も、箝口令が敷かれる程の内容を、篠原が教えてくれるとは思わない。知れば、相楽も巻き込まれた事になるのだから。


それでも、知りたい理由があるのに。








「相楽」

不意に聞こえた声に、ゆっくりと顔を上げた。篠原は扉に片手を掛けたまま、こちらを見下ろしている。
半ば自棄になって見つめ返せば、篠原の方が先に目をそらした。


「消毒薬が少なくなってる。医療班に行って補充してこい」

「……はい」


静かな口調で下された『指示』に、相楽は小さく返事を返す。知らずに肩が落ち、視線が足元に下がってしまう。
やっぱり自分には知る権利が無いのだろう、と気持ちが沈んでいくのがわかった。
ファースト・フォースの一員のはずなのに、融け込めない領域があるのは、どこか息が詰まるような思いにさせる。


こつりと革靴を鳴らして廊下へと一歩踏み出した篠原が、そのまま足を止めた。いつまでも去っていかない篠原の気配にゆるゆると顔を上げると、篠原は、何もぐっと唇を噛み締めて相楽を見つめている。
戸惑う様に見つめ返すと、篠原の薄い唇がゆっくりと動いた。


「……昔からの決まりで、医療班には、上層部の箝口令が効かない」


たったそれだけだった。呟いて、篠原は扉を閉めた。

呆然としていた相楽は、はっと我に返って視線を動かす。
オフィスの隅に置いてある救急セットの中にある消毒薬のボトルには、まだ半分ほど液が満ちている。補充をしなくても、暫くは持つだろう。


慌てて扉を開いて廊下を見渡しても、篠原の姿はもう見えなかった。ゴクン、と唾を飲み込んでから廊下へと踏み出し、後ろ手にオフィスの扉を閉める。



医療班に行けば、自分が知りたい事を教えてもらえる。



一気に、医療班のオフィスがある階下へと駆け出した。





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あきゅろす。
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