Story-Teller
side invader






オフィスのキャビネットに乱雑に並べられている資料ファイルの一つを手に取ってみると、その間に挟められていた一枚の資料が、ひらひらと左右に揺れながら相楽の足元に落ちてきた。
綴じられていなかったらしい資料だ。一枚だけ綴り忘れていたのだろうか。
そっと拾い上げて、眺めてみる。

相楽の手の上で一枚だけ迷子になっていたそれは、相楽は面識がない男性の調書だった。

佐藤渉。
年齢は、相楽より七つ上。都内の高校を卒業した後、防衛軍の養成学校に入校。首席で課程終了後、五年間防衛軍の本部に務めた……
調書の一番下には、篠原の整った筆跡でたった一言『採用』の文字が添えられている。

それを見つめていると、相楽に背を向けてパソコンを睨んでいた篠原が振り返った。
また面倒なことを上層部から押し付けられたのだろう。朝からずっと怪訝そうに寄っていた眉は、そのまま固まってしまったように険しい形のままだ。
集中してパソコンを睨み始めれば、相楽がコーヒーのお代わりを淹れてやろうが、後ろで派手に書類を引っくり返そうが、篠原が悶絶しそうなほどに甘ったるい匂いのプリンを食べていようが振り返りはしないというのに、くるりと椅子を回してこちらを向いたのは、不意に静かになった相楽が気になったのかもしれない。

どれほど集中して仕事に取り掛かっていても、篠原は異変にすぐに気付く。
それだけ至るところに神経を張り巡らせているということだが、そういう勘の鋭さや状況判断の素早さは素直に尊敬してしまう。
……口が裂けても「すごいですね」なんて言わないが。


「どうかしたか」

「……篠原さん、この人……」


腕を伸ばして調書を渡せば、篠原は僅かに目を細めた。ほんの一瞬だけ、伏し目がちになる。
小さな溜め息を吐き出した篠原は、デスクの中から出したファイルの中に調書を入れてしまう。丁寧にしまい込むあたり、まだ活用する調書なのだろう。
ファイルをデスクに戻してパソコンへと視線を帰そうとした篠原は、相楽が目を丸めながら見つめていることに気付いて眉を下げた。
そのまま口を噤んで相楽を見つめ返していた篠原が、片肘をデスクについてから口を開く。


「お前の前任だ」

「……前任……ですか」


言われて、ふと思い出す。
相楽は、今年の年始早々にファースト・フォースに配属された。何の前触れもなく、突然に、だ。
そもそも、そういう事態になったのは、一ヶ月前の十一月末に欠員が出たからだと聞いていたのだが、この調書の人物が、その欠員だったらしい。


「……なんで、辞めちゃったんですか?」


問えば、篠原は肘をついたまま見上げてきた。


「気になるのか」

「……多少は」


そう返しながらも、相楽は早々に視線をキャビネットへと戻す。篠原からの返事は、期待していないからだ。

いつも整頓を怠る隊員達のせいで、専ら下っ端の相楽が資料の整頓を押し付けられるのだが、今日も酷い散らかり様だ。

並び順は滅茶苦茶。所々ファイルから資料が飛び出ている物もある。
折り跡がついてしまっている資料を手の平で擦って伸ばしてやる。
作業を始めてから数時間経つというのに、終わりは見えそうにない。

無意識に漏れてしまった溜め息を飲み込んでから、手近なファイルを手に取った相楽の背後で、篠原が立ち上がった。
振り返ると、篠原は黒いダブルクリップで留められた分厚い資料をデスクから引っ張り出している。案の定、その資料はこちらへと差し出される。


「……あの……」

「佐藤は右手が動かなくなったから辞めた。今は軍を辞めて、春から故郷の地方公務員になったらしい。だから、お前を引き抜いた」


これで気は済んだか。と一言付け足してから、篠原は相楽の手の上にに分厚い資料を乗せる。
そのまま席を立った彼はオフィスの簡易キッチンに置いてあるコーヒーメーカーからカップにコーヒーを注いでから、また席に着いてパソコンと睨み合いを再開した。


……これも片付けろってことですか。
押し付けられた資料に再度溜め息を漏らし、キャビネットへと視線を戻した。



…………右手が、動かなくなったから、って……

随分サラリと言われたが、大変なことじゃないのか?
一体何をすれば手が動かなくなるのだろう?

病気……?
……怪我?

任務の性質を考えれば、病気よりも怪我の方が圧倒的に納得できる。怪我と隣り合わせの職務だからだ。


……まぁ、いいか。

顔も見たことがない前任者のことが気になるなんて、自分も意外に年相応な好奇心を持ち合わせていたようだ。
興味津々に篠原に問う姿を思い浮かべれば、妙に恥かしくなってしまった。

気恥ずかしさを誤魔化す様に豪快にキャビネットの最上段を開いた。そこには普段は見ることがない、ファースト・フォースのメンバー達のカルテの控えがある。
カルテといえば、本来なら医療班が厳重に保管している物だが、医療班副班長の風早曰く、「篠原が勝手にコピーして持って行く」らしい。止めるべく立場の風早が止めないおかげで、カルテのコピーはどんどん増えている。
それでいいのか、おい。と突っ込みたくなる杜撰な管理に見えるが、精鋭部隊の隊長として隊員を管理する為にも必要なことらしい。

いくつか入っているファイルを一冊ずつ取り出して捲ってみる。


さすがに、篠原本人が管理しているだけあって、ここは綺麗に整頓されていた。治療した日付が新しい順に綴じられ、皺一つないカルテの控えが並んでいる様子は、篠原の几帳面さが滲み出ている。

難しい言葉が並ぶカルテを一枚ずつ捲っていて気付いたのは、一ヶ月に最低四回は、相楽が治療を受けていることだ。
自分でも気付かないうちに、頻繁に怪我をしているらしい。
篠原が毎度毎度言う、「落ち着いて行動しろ! 猿か、お前は!」は、こういった統計からも来る言葉だったのだろうか。

気恥ずかしさがまた戻ってきてしまった。
一度ちらりと篠原を横目で確認する。相楽が赤面していることには気付いていないようだ。

ホッと息を吐き出してから、更にファイルを捲っていく。

数か月分を遡っていけば、不意に、相楽以外のメンバー達の名が頻繁に現れるようになった。
ほらな、俺だけじゃないじゃん。皆怪我してるんじゃん。と口端を弛めて、自分以外の名が幾度も出てくることに満足し、ファイルを閉じかけ、その手を止めた。





隊員達のカルテは、ある時を境に急激に増えていた。

それも、カルテの内容をよく見てみれば、重傷とも言える怪我を負って治療を受けている。
長期の治療を伴う、後遺症が残っていてもおかしくはない程の怪我だ。


関は、背中を八針縫う裂傷。

吉村さんは、右まぶたを切って。

桜井さんは、左足が折れて。

高山さんは、一時意識不明の重体。

篠原でさえ、腹部を縫う治療を受けている。

普段は後衛でサポートに徹している他のメンバーも、前衛の篠原達には及ばぬものの、全治数週間程度の怪我を負っていた。




カルテが急激に増えたのは、十一月二十五日……








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あきゅろす。
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