Story-Teller
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雨が強く窓を打つ。

篠原は、項垂れるように俯いてしまった相楽を見下ろしていた。
ぎゅっと両腕で課題を抱き締めたまま動かない彼を見つめながら、わざわざご丁寧に呼ばれた会議室で揃って神妙そうな顔をしていた上層部連中に言われた事を、ふと思い出す。


「このまま相楽天をファースト・フォースに所属させ続けるなら、マスコミを使って軍を潰す、とまで言われたんだが、篠原隊長?」


誰に、なんて聞かなくても解るし、だからどうしろと、なんてことも聞かなくても解る。
上層部たちを脅してまで相楽を精鋭部隊から引き摺り降ろしたいのは、この世の中でたった一人だけだ。


相楽凉子議員。

相楽の母親にして、今もっとも勢いがある国会議員だ。
母子家庭の金銭的援助についての政策や児童の学力向上に努め、UC保護にも賛成する立場にいる。
彼女のはっきりとしたUC保護への姿勢に感化されて、UCに興味を持つ若者も大勢いる程の発言力も持っている。

しかし華々しい姿の一方ではこんな噂があると、同期の風早から聞いたのは、相楽をファースト・フォースに配属させるための準備を始めた直後だった。


「相楽議員は、実の息子しか愛せないんだそうだ」


どういう意味だ、と問えば、風早は眉を寄せた。


「そのまんまの意味。実の息子を、本気で愛してる」


意味が解らなかった。
実子を愛するのは、親としては当然じゃないか、と。

ただ、調べ上げていくうちに、その異常性を理解していった。

なぜ、相楽天は、裕福で何不自由無い家庭から逃げる様に、遥か遠くの全寮制の高校に進学したのか。
なぜ、相楽天は、未成年故に提出しなければならなかった同意書の全てを、離婚した父親の連名で出しているのか。
そもそも、なぜ、UC肯定派の国会議員の子であるのに、キャリア枠で無く、一般隊員として養成所にいるのか。
なぜ、誰も相楽天が相楽凉子の一人息子であることを知らないのか。

全て、母親の手から逃れるためなのか、と。

気付いた瞬間反射的に、調べ上げた調書は鍵が掛けられた引き出しの中へと封印した。本来ならば、副隊長の高山と、補佐を務める吉村にも見せるべき物だったが。
相楽が隠したいものを、無下に教えることに抵抗があったのかもしれない。







「会いに行くつもりは、ありません」

ポツリ、と相楽が呟いた。
俯いたまま発されたその声は、雨の音に消えてしまいそうなほどに小さい。


「あの人の言いなりになるのも、あの人の手の中に戻る気も、ありません」


声は小さいものの、震えるわけでも弱々しいわけでもなく、いつもまっすぐに前を向いている彼らしい、ハッキリとした口調のままだ。
一度深く息を吸い、相楽はゆっくりと顔を上げた。
声の気丈さとはまるで正反対な、どうしようも出来ない、そんな諦めが浮かんだ泣きそうな表情だった。その表情に、思わず息を飲んでしまう。

恐らく、相楽は今まで何度も、こんな表情をしてきた。
逃げようとしても、「彼女」の手は広すぎるのだ。ようやく逃げ込んだこの防衛軍の基地という要塞も、いまや「彼女」の腕の中にある。
諦め、悔しさ、既視感から浮かぶ絶望。
それらの感情が滲んだ表情は、初めて味わったとは思えないほどに、あっさりとその感情を受け入れていた。


「……でも、これ以上あなたに迷惑を掛けるわけにもいきません」


言って、また視線を下げてしまう。長い睫毛が、僅かに震えていた。


「ファースト・フォースは辞めます」


そうはっきりと言ったくせに、まだどこか踏ん切りがついていない様に強く噛み締められた唇に気付いて、小さく舌打ちを漏らした。








問題が有りすぎる国会議員の息子と知っていながら、相楽を配属させたのは何故だ、と風早に問われたことがある。

選りすぐる時間も人材も無い程に人員不足だった。そう答えた。

欠員が出れば、常にギリギリの状態で任務をこなす隊員達に更に負荷が掛かる。
負荷は少しずつ身体に溜まっていく。早く増員して負担を軽減させなければ、隊員たちの命に関わるからだ。

風早は、更に問う。
じゃあ相楽は新しい隊員が見つかるまでの繋ぎで、地方からでも何でも、良さそうなのを探せばいいんじゃないのか、と。

その気は無い、と答えた。

同情だとか、愛着だとか、そういう生温いものではなく、ただ、相楽は真剣だったからだ。
ファースト・フォースに配属された相楽からは、候補生だから、とか、経験不足だから、という甘えは一片も見られなかった。

いつも全力で任務に向かい、全力で闘っていく。そんな相楽の姿に、欠員が出たことで落ちていた部隊の士気も格段に上がっていった。
今では相楽は、ファースト・フォースの面々を精神的に支える大事な存在になっている。

……新しい人材を探さないのは、相楽に代わる者が居ないからだ。
だから、今は……







俯いた相楽の頭に手を置いた。びくりと大きく震えた身体に、目を細める。
触れられることへの恐怖心が、彼にはあるらしい。その恐怖心が実の母親から与えられたものだというのは、あまりにも惨いことだ。
ゆっくりと、出来るだけ優しく頭を撫でてやると、目を丸めて見上げてきた。驚きで開ききったその目を見つめ返す。


「馬鹿か、お前は」


言えば、その大きな目が左右に泳いだ。くしゃりと柔らかい髪を掴んで撫でてから、出来るだけ呆れているように聞こえる大袈裟な溜め息を吐いてみせた。


「人手が足りないって言ってるだろうが。大した理由もないのに簡単に辞められると思うな」

大した理由じゃない? と怪訝そうに眉を寄せている相楽から手を離し、窓の向こうへと視線を移す。大きな粒となって打つ雨で、外の様子は見えなかった。


……随分らしくないな、篠原。そう風早に言われたな、とふと思い出した。
ああ、自分でもそう思う、と自嘲の笑みを漏らす。
効率を最優先に考えて部隊を率いてきたはずなのに、どうしてだろうな。
こんなにも面倒くさい物件を抱えるなんて、まったく「らしくない」とわかってはいるはずなのだが。


「相楽」

呼べば、相楽は唇を噛み締めたまま見上げてきた。不安に揺れている目を、真っ直ぐに見つめ返す。


「守ってやる」


篠原が言えば、大きな瞳が限界まで丸まってから、どうして、と音も無く唇が動いた。


「何度も言わせるな。人員不足なんだ」


相楽の問いに言い切って、背を向ける。まるで言い逃げだな、と思いながらも、靴底を鳴らして大股で歩き出した。
やけに「らしくない」のは、相楽を初めて見たときに見た直感が、まだ薄れもせずにはっきりと脳に残って消えていかないからだろうか。
まるで、電気が走ったようだった。なんとしてでも、部隊に引き入れたいと思った。
その感覚が未だ抜けないからだろう。


背を向けて見えないようにした相楽はきっと、泣きそうな顔をしている。
戸惑いと、どうしようもできないやり場の無い思いで立ち尽くしているんだろう。

それでも、まだ、この手を離すわけにはいかなかった。




>>>To be continued,



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あきゅろす。
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