Story-Teller
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不意に館内に響いた非常警報のサイレンに、ハッとした。

今の今までゲラゲラと笑い転げていた関と桜井がふっと真剣な顔になったことで、相楽も肩に力が入る。
いつもは大袈裟なまでに賑やかな二人だが、この、任務開始と同時に纏う空気が変わる瞬間だけは、ぞくりと鳥肌が立つほどの迫力がある。

高く鳴る警報の後に、基地内全体に対しての放送に切り替わるブツン、という音が聞こえた。そこから一拍も置かずに、女性隊員の声でアナウンスが始まる。

『全隊員に緊急連絡。全隊員に緊急連絡。
 ―当基地南東のオフィス街にある『日向出版社』にて、反UCグループによる立て籠り事件が発生。反UCグループは出版社の社員を人質に取り、国家のUC独占の中止を求めている模様。
 ファースト・フォース及び、サポートメンバーの出動を要請します。また、基地内にいる全隊員は便乗テロに備え…………』


「関、了解しました! すぐに向かいます!」

アナウンスが終わるのも待たずに、関が耳に着けた無線に叫んだ。同時に、踵を返して一気に駆け出していく。どうやら無線で出動命令が出たらしい。

「桜井、了解しました。相楽もすぐに向かいます」

関と同様に桜井が早口に言い、隣で見上げる相楽を見た。

「相楽、すぐに準備して来い。外で車用意して待ってる」

頷いた相楽は桜井とは逆方向へと駆け出し、階段を飛ばし飛ばしで駆け上がるとオフィスのドアを乱暴に押し開ける。
ロッカーからブルゾンとベスト、シザーバッグを取り出し、デスクの上に置きっぱなしだった武器を詰め込みながらオフィスを飛び出した。




隊員用の通用口から外に飛び出すと、ファースト・フォース専用の公用車が一台エンジンを掛けて待機していた。

迷わずに助手席のドアを開けてから目を丸める。てっきり運転席に居るのは桜井だと思っていたのだが、実際は眉間に深い皺を寄せた篠原だったからだ。
遅くなりました、と一言断わってから乗車すると、すぐにアクセルを踏んで発進した。


「犯人グループは、昼間の暴動と同じ『紫陽花組』の集団らしい」

篠原がポツリと言い、相楽は隣に目を向ける。

「紫陽花組? 例の桔梗組じゃないんですか?」

「紫陽花組ってのは、桔梗組の傘下の弱小グループだ。国のUCの独占的な所有の反対を訴えてはいるが、詳しい動機はまた別にあるだろうな」

「……もしかして、桔梗組の捨て駒ですか……?」

思わず小さく呟くと、篠原が横目で見て、すぐに前方へと視線を戻した。
それから一度間を置いて、溜め息混じりに口を開く。

「口振りからすれば、本人達が望んで駒になっている様だ。 これが終われば捨てられるとは、微塵も思ってない」

「……随分熱狂的な桔梗組の信者なんですね。それ程、桔梗組の当主っていうのは凄い奴なんですか?」

相楽の問いには答えず、篠原は無言でハンドルを切った。

基地から大して離れていない所に、事件現場となってしまった日向出版社はある。

昼間の暴動があったオフィス街とは基地を挟んで反対の方角にあるオフィス街の中心に本社を構え、主にゴシップまがいな週刊紙を発行している会社だ。

ファースト・フォースのメンバーもよくよくそこの記者に付け回され、あわよくばネタにしようと狙われている。
相楽はまだ顔が知られていない様だが、『十九才の新入隊員の秘密を探る』などと狙われている事は、関や桜井から聞いていた。

……そういった記事の内容から、どちらかといえばUC肯定派だった事が、今回見せしめとして人質に取られた要因なのかもしれない。


現場に近付くにつれて野次馬が増え、サイレンが響いた。

「高山さん達は、もう現場に?」

篠原に問うと、横顔が不機嫌そうに歪むのが見えた。

「昼間のテロの後始末中にお偉いさんに捕まって、そのまま飲みに連れて行かれたらしい。酒は飲んでないが、相手の護衛でこっちには来れそうにない」

「……なんすか、それ」

呆れ気味な篠原の声に、意味が解らず相楽は首を傾げる。

「副司令官が有給休暇で基地の周りを飲み歩いていたらしい。テロの騒ぎを聞きつけて野次馬に来たついでに、現場に残っていた隊員が全員拉致されていった」

相楽が思わず吹き出すと、篠原は一層怪訝そうに眉間に皺を寄せて睨んできた。
慌てて笑いを噛み殺し、まだにやけている口許を片手で覆う。

「タイミングが最悪だったんですね」

「副司令官ともあろう人が、何をやっているんだ……」

言っているうちに現場に着いたらしい。警察車両がごちゃごちゃと並んでいるのが見えてくる。
相楽はシザーバッグに詰め込んだままだった無線を耳に装着し、ベストとブルゾンを羽織る。
keep outの文字を抜けて、警察関係者が並ぶ中で車は止まった。

ドアを開けると、思った以上に外はうるさい。
いち早く情報を掴もうと忙しないマスコミの声や、警察が鳴らしっぱなしのサイレンの音、現場で指示を出し合う警察官の声が耳についた。
喧騒の中、ファースト・フォース隊長の到着に気付いた者が、畏怖の目で篠原を見ている。

「隊長!」

そんな中から、一際通る声が篠原を呼ぶ。先に現場に着いていた関と桜井だ。
五月蝿いだけで何も出来ない警察官を押し退けて、こちらに駆けて来る。

「犯人グループは十人で、全員が武装している様です」

一足先に情報を集めていた桜井が早口で報告すれば、篠原は視線を目の前の日向出版社へと向けた。
八階建ての社屋は目隠しのつもりなのか、全ての窓にブラインドが閉まっており、もう日が暮れているというのに明かりも見えてこない。

「詳しい要求は、UC防衛軍の解体だそうっすよ。マスコミにはまだ流してませんけど」

関が声を潜めて言えば、篠原は眉を寄せた。

「やっぱりそれか……」

やっぱり? と一人首を傾げる相楽を無視して、篠原は少ない部下の顔を見渡す。

「要求を飲むわけにはいかないからな。人質が衰弱しないうちに、迅速に制圧する」

「はは、たった四人でですか?」

半ば苦笑気味に桜井が言えば、篠原は目を細めて桜井を見た。

「嫌なら来なくていいぞ」

「冗談でしょ? どこまでもついて行きますよ、隊長」

ニヤリと笑って首を横に振った桜井は、すぐに真剣な顔付きへと戻った。じっと口を引き締めて指示を待つ部下に、篠原は一刻思考を巡らせる。

「人質は何人だ」

「当時社内で会議をしていた八名です。そのほかは逃げ出したみたいですけど。逃げて来た社員の証言だと、最上階の会議室にいるみたいっすね」

最上階、と相楽は建物を見上げた。ほんの僅かに、最上階である八階の一角から明かりが見えた気がしたのは、そこに人質がいるからなのだろう。

「社内に進入してから二手に別れる。俺と相楽は人質の救助に、関と桜井は犯人グループの制圧を迅速に済ませろ」

「了解」

頷いた部下を引き連れ、篠原は一度出版社から離れるために走り出した




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あきゅろす。
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