Story-Teller
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医療班のオフィスから出ると、視界の端に淡い桃色が映った。窓の外には、日当たりが悪く発育の良くない寂しい桜の木がひっそりと立っている。もうすぐ地に落ちる桃色の花弁がちらほらと居座っている幹は、どこか寒そうだった。
窓に近付いて花びらを見上げると、桜の背後には蒼い月が見える。朝から任務に出ていたが、もう夕方らしい。

もう桜が散る頃か。
思い返せば、自分がファースト・フォースに配属されてから、もう三ヶ月が経つ。



──突如、総司令室に呼び出されたのは三ヶ月前の朝のことだった。

その頃はまだ、一班隊員でもなんでもない、ただの候補生だった。
短い正月休みを終えて賑わう隊員寮から養成所の講義を受けに来た早々、血相を変えて講義室へ飛び込んできた担当教官に、吃りながら告げられた。「ふぁ、ふぁっ、ふぁ、ファースト・フォースの、ししし、篠原隊長が、直々にお前を呼び出してきたぞ?!」と。
それを一緒に聞いた友人は、「いつの間に精鋭部隊の隊長まで怒らせたの、相楽?」と首を傾げていたのだが。

いつ怒らせたっけ? などと首を傾げながらも総司令室まで行ってみると、UC防衛軍総司令が厳格そうに座っていて、その横には篠原と高山、吉村が立っていた。

どこかぴりぴりとした室内の空気を敏感に感じ取って、あれ、本当にお説教コース? と顔を強張らせた矢先に、吉村がにっこりと笑って言ったのだ。

「今日から君は、Unknown Crystal Defense Army・FirstForceの一員です」と。

………はい?
あんのうん、 くりすたる 、でぃふぇんす、 あーみー、 ふぁーすと、 ふぉーす、 の、 いちいん、 です……?
ああ、そうか。
UC防衛軍の精鋭部隊ファースト・フォースに配属されたのかー………………


「はっ?!」



【UC防衛軍精鋭部隊ファースト・フォース】。

十二人の隊員で構成され、最前線で戦うエリート中のエリートである戦闘集団。UCの保護から、反UC派の制圧、UC館の守備、時には潜入捜査までする。
防衛軍に所属する隊員達の先頭を切って任務をこなし、隊員達の憧れでもある。……らしい。
正直に言ってしまえば、そんな花形部隊には大して興味も無かったから、後からそれを知って「随分人気なんだなー」と思った程度だ。

……そんなところから、いきなりスカウトされてしまった。それも、二年制の養成所に入って一年も経っていない、ただの候補生の自分が。

何でも、過酷極まりない職務のお陰でリタイアする者がいたらしく、自分が配属されたのは数週間前に一人欠員が出たからだそうだ。

とは言っても、まだ養成所を卒業してもいないド新人を、いきなり精鋭部隊に配属するなんていう無茶苦茶なことは、防衛軍内外で随分問題になったらしいが。
―訂正。
現在進行形で、問題になっているらしい。度々呼び出されてはしかめっ面で返ってくる篠原を見る限り、まだ解決はしていない。

そこまでして、なんで俺を。とは思うものの、任務は遣り甲斐がある。
多少生死のぎりぎりのラインに立たされているとはいえど、配属されて嫌だと思ったことはない。


────────……


「さーがーらーくーんっ」


不意に鬱陶しい声が耳に入り、我に返った。
声が聞こえてきた方を見ると、ファースト・フォースの隊服である漆黒のブルゾンとベストを身につけた二人組が廊下の向こうから手を振っている。

「どうしたどうした、花見でもしたいのか? ん? ん? 花見したいのか、相楽? ん? ん?」

やたらとテンションが高い。
マシンガンのようにぺらぺらと話しながら、馴れ馴れしく相楽の肩に無遠慮に腕を回してきた体格の良い男を、目を細めて睨んだ。

「関、うるさい」

心底そう思いながら言い放つと、体格の良い男……関 大輔(せき だいすけ)は、何故か嬉しそうにニカッと白い歯を見せた。
そんな関に対して、肩までの長さの金髪に赤いメッシュを入れた、おおよそ軍人とは思えぬ風貌の男はケタケタと楽しげに笑っている。

「うるせぇって言われて喜ぶなよ! ドMかよ、お前!」

「だってー、相楽が反応してくれるのが珍しいんですもーん。いっつも無視するか睨んで終わるかだもーん」

関を指差しながら腹を抱えて笑っている、金髪赤メッシュの男……桜井 昇(さくらい のぼる)に、調子に乗った関はわざとらしくプクッと頬を膨らませた。
マッチョの域に入る男が、「だもーん」口調で、さらに頬を膨らませる。
なんて気持ちの悪い図なんだ、と思い切り顔をしかめると、桜井が殊更笑い声を高くした。最早、あはは、ではない、きゃきゃきゃ、だ。

「ほら、関! 相楽がめっちゃくちゃ嫌そうにしてる! 嬉しいんだろ!」

「嬉しい! 相楽の冷たい視線が嬉しい! もっと蔑んで!」


うぜぇ。
関を横目で見ながら溜め息を吐く。

こんなに鬱陶しくて、知能レベルが極端に低そうな奴だが、一応ファースト・フォースの先輩だ。

桜井は尊敬するところが多々あって先輩として敬っているが、関は口が裂けても『先輩』なんて呼ぶ気はない。
呼んだところで茶化されるのも目に見えているのだが。

半ば叩く勢いで関の腕を払い、相楽はもう一度、わざとらしいまでに大きな溜め息を吐いた。



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